168.衝撃
夏になり、クラブ活動の引継ぎも終わった。あとは学園祭の準備の手伝いをするだけだ。健康増進クラブはその緩さがよかったのか、一年生によって人数も倍だ。これからも貴族と平民のゆるゆる〜な交流の場になればいいなと思う。
ソフィの子供のベルちゃんも、うつぶせで頭をしっかりとあげて玩具で遊べるようになった。足や手をバタバタして、前へと進みたがっているように見える。ハイハイが始まったらすごそうだ。おててや持っている玩具をすぐに口に入れちゃうのも可愛い。すべすべの小さな手足にも胸がキュンキュンする。
皆で今年もフェリフェリちゃんを食べたし、ジェニーの屋敷でのプールもまた楽しんだ。今回はスイカが用意してあって皆でスイカ割りを楽しんだ。
特別に心に残ることや覚えておきたいことがあった時にだけ書いていた日記も一冊目を終えた。結構年数がかかったと思う。やっと私が買った日記帳に突入だ。
ここに来たばかりの頃はたくさん書いたけど、最近は五行くらいで終わることも多かった。次の日記帳は終えるまでもっと年数がかかる気がする。
レイモンドも私がプレゼントした日記帳に突入したと言っていた。日記と言っても要点や覚えておきたいことだけ箇条書きが多いかなーと言っていたので、読みたいという気が失せた。どこそこを訪問とか……そんな感じなのかもしれない。前にレイモンドの日記が気になると言った時に、私が欲しいって言葉で埋め尽くされていてもいいかなんて聞いてきたけど、絶対嘘だ。しょーもない嘘をつくのも変わらないよね。
来年からの春や夏の休暇は保育園での実習に入る。王都にある魔法教育施設の三園が研修生の受け入れを三年生以上に限定して行なっている。一箇所の園で一人につき休暇ごとに十日までだ。魔法を封じずに育てられている幼い時のレイモンドのような子に研修生としてつくのも、実習としてカウントされる。ただ、公には発表されていないため、ツテがあればだ。
今年はまだ二年生。去年と同じようにラハニノスにまた戻ってきた。
ワープしてすぐに、魔女さんから「ゆっくりと二人にしたい話があるのよぉ。都合がいい時に森に来てねぇ?」と言われたので、翌日に揃って久しぶりに魔女さんの根城まで来た。
「やっぱりここも落ち着くね!」
「あらぁ、ありがとう」
「黒髪の魔女さんの方が目に優しい気がするな」
「レイモンドちゃん、それはカルロスちゃんが可哀想じゃないかしらぁ」
「魔女さんは極端なんだよ。赤すぎるよね、アレ。どうでもいいけどさ」
……どうでもいいなら言わないでおこうよ。
これも、彼なりの甘えかな。
静かな森の中の魔女さんの根城。
木の匂いがして落ち着く。
「それで、話ってなんなの」
魔女さん相手だと無愛想だなぁ。
「そうねぇ……、あっちに移動するわね」
周囲の景色が突然消失して、気付いたら違う場所に私たちは座っていた。レイモンドに私が召喚された建物の外にあるベンチだ。周囲も森に変化している。
「どーゆーこと」
「こっちがいいらしいのよぉ。それ以上は今の私には分からない……知りたくもないわぁ。それでねぇ、今からなんだけどぉ……少しの間だけ今の私は消えるわぁ。未来にいる私と月城聖歌ちゃんが会いに来るから、少し付き合ってあげてぇ?」
月城聖歌!?
未来!?
何言っちゃってんの!?
「月城聖歌ってアリスの前の世界の友達だよね。どーゆーこと」
「セイカちゃんはねぇ〜、ざっと七百年後くらいの聖女ちゃんなのよぉ〜」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
思わず大声をあげてしまった。
「何言ってるの、魔女さん! セイカは仏教徒じゃないし八正道の教えとか説けないと思うけど!」
「魔王ちゃんだけ浄化できればいいのよぉ」
どうすんの!
大丈夫なの!?
「七百年後に飛んでっちゃったの!?」
「私はどの時代からでも召喚できるからぁ〜」
「どうしてセイカを選んだの!?」
「さぁ〜。この世界が求めているってことしか分からないわねぇ」
えええええ。
ゴスロリ趣味でやや電波で、恐ろしく可愛い顔の聖歌が……なぜにホワイ?
「はぁ……魔女さん、俺がアリスを召喚したのと関係があるよね」
関係があるの!?
もう意味が分からない……頭がついていかないし。
「アリスちゃんをあなたが召喚した場合としなかった場合……一定数の人間の寿命に変化があるわぁ。それ以上は言わないつもりよぉ」
いや……そんなに生きる時代が違っていて変化も何もないでしょう。いや、私と今から会うことで変化が? いやいやいや……そんなわずかな時間で一体何が……。
「聖女が産まれたら魔女さんには分かるよね。すぐ近くにいる親友が若くして死ぬことも分かる。聖女として召喚はできない。ただの人間である誰かが召喚したと仮定しての寿命の変化を気まぐれに見たってこと? もしくは聖女が選ばれたにしては未来の人間の寿命の変化が思ったほどではなかったから、試しに親友召喚がされた場合を見た? 俺が召喚すると分かったのは……召喚するかしないかによって俺の子孫の数や寿命に大きな変化があったからかな。だから俺をこの森に入れたわけ?」
なんかレイモンドがごちゃごちゃ言ってる……衝撃で全く頭に入ってこないからあとでもう一度聞こう。
「どうなのかしらねぇ〜?」
魔女さんはニコニコするだけだ。
とりあえず聖歌が聖女になってしまうことは本当のようだ。ということは……。
「セイカも死ぬ運命だったの?」
「いいえ。私に寿命の相殺は存在しないわぁ。聖女ちゃんでなければ、あちらの世界でまだ生きたはずよぉ。……アリスちゃんが死んでしまった世界で」
ううん、聖歌に仲のいい友達は他にいなかったし、どっちがよかったのか……。私にとってはこっちがよかったに決まってるけど、聖歌は聖女にされてしまうのか……。
「月城聖歌がアリスの記憶を持ってここに現れるということは、アリスを俺が召喚すると同時に未来へ送り込んだってことだよね。あっちの世界がアリスを存在しなかったものとして再構成される前に」
「んふふ〜、そうなるわねぇ」
ごちゃごちゃごちゃごちゃ難しいな。
大事なのは……聖歌が死ぬわけでもないのに聖女として七百年後に召喚され、魔王を浄化しなくてはならないこと。私をこの世界に召喚したのはレイモンドで、唆したのは魔女さん。聖歌が聖女でなければ、それはなされずに私は死んでいたこと。
「魔女さん、ここに来るセイカは既に魔王さんを浄化したの?」
「まだよぉ。これからね」
「……分かった。私の気持ちは整理できた」
もう二度と会えないと思った幼馴染。
ゴスロリの本を学校にまで持ってきて「これ絶対アリスに似合うと思う」なんて言いながら電波な発言を飛ばしていた親友。
再婚した両親と上手くいかず悩んでいた彼女の心の拠り所にもなっていた自覚はある。
今日の私も最高にロリータだ。
レイモンドの趣味でね!
「いつでも呼んで」
会える、また会えるんだ……!
顔に笑みが広がるのを抑えられない。
私も彼女が大好きだった。
「それじゃ、私は消えるわね」
そして――、懐かしい彼女が現れた。