167.そしてこうなる
逃げなきゃ!
窓を開けて浮いた瞬間に、素早く後ろから捕まえられる。風魔法で一気に加速してきたらしい。
「アリスー? 今、逃げようとしたよね。もしかして……俺から、とかじゃないよね」
遅かった!
「あ、あのね、えっとね……」
「アリス様、逃げる必要なんてなかったと思いますが……」
「だって絶対問い詰められるし!」
「やましいことがないなら問い詰められたっていいよね」
「話が長くなるし」
「長い話を俺とするのが面倒だって?」
「んっと……」
「夕食まで、俺の部屋で話をしようか?」
後ろから捕まえられたまま浮かせて運ばれる。
「頑張ってくださいねー」
カルロスに手を振って見送られた。
「あーもう! なんであんたはいっつもそうなの!」
「逃げようとされたの、俺に水着を見せてくれたあの日以来じゃない? 傷ついているのに酷いなー」
「…………う」
本当にレイモンドはもう、粘着質でしつこいな!
でも……それは私にだけだ。私がいなければ、それは分からない。カルロスもだ。好きな女の子が絡まなければ、ただの爽やかな男の子。
「それで? なんで逃げようとしたの」
レイモンドの部屋に連れていかれて、ソファの上に彼が座る。抱かれているままの私は、当然その上だ。早く夕食ができたよ合図の呼び鈴が鳴ればいいのに。
「さぁ……問い詰められて話すのが面倒だからかな」
「そう言われると辛いなぁ。さすがにカルロスと何かあるとは思わないよ。逃げなくたっていいのに……」
切なそうな声を出して、髪とか頬とかをベタベタ触られる。内容は聞かないのかな。
レイモンドの部屋に初めて入った……。寮では連れ込まないように配慮はしてくれている。今回は……彼の言う通り傷つけてしまったのかしれない。家具の配置は私の部屋と似ているけれど、私の部屋以上に整然としている印象だな。
ベッドの枕元に、私とレイモンドの人形が置いてあるけどね!
春休みにもラハニノスに戻った。その時には、人形雛壇がいつの間にか音楽の間に設けられていた。一番上にあったお内裏様とお雛様風の私たちの人形が、なぜかここにもある。試作品かな。
「ベッドに行きたいの? 時間的に途中までで終わっちゃうよ」
「違う……声出せないし、ここではしない。人形が気になっただけ」
「声が聞けないのは残念だけど、我慢しているアリスも見たいなぁ」
まっずい!
手の動きが怪しくなってきた!
「問い詰めるんじゃなかったの……」
「最近は少し心の余裕がでてきたんだ。言いたかったら言えばいいし、言いたくなかったら言わなくてもいいよ」
身体がムズムズし始めてきた……。心に余裕がでてきたのは、こーゆーことをしているからなんじゃないの!
「でも、なんで逃げたのかは気になるな。傷つくよ。ねぇ……なんで? 本当に面倒だったからってだけ?」
違うかもしれない。
たぶん、後ろめたさを感じたからだ。
少しだけ……カルロスにドキッとしてしまった。普段意識していなくても、どの男性にも当然ながらそれぞれ魅力もあって、垣間見えた時にドキリとしてしまうことはある。
レイモンドにも、他の女の子に対してそーゆーことがあったっていい。言葉だけじゃなくて、そう心の底からある程度は思える余裕が私にも出てきた気がする。次にジェニーがアレな服を着てレイモンドが見つめてしまっても、文句は言わずにいられるはず……たぶん。
「そう。面倒なことになりそうだなーって。でも、逃げなくてもよかったんだね」
「……気にはなっているんだよ?」
「教えてあげるから、この手を止めて」
「どうしよっかなー。アリス、なんでも許してくれるから甘えちゃうんだ。ここは寮だけど……どこまでならいいのって試したくなるよね」
際どい際どい際どい!
手がもう……!
カルロスとの会話を聞くよりも、もう私の表情の変化や荒くなっていく呼吸を愉しむ方にシフトしてしまっている。支配欲に満たされたようなこのレイモンドの顔も好きだけど、ここで屈しては寮までそんなことをする場所になってしまいそうだ。
「どこまでしてほしい?」
愉悦に満ちた顔で微笑まれる。
苦悶系レイモンドは、どこへ行ってしまったんだ……。
呼び鈴が鳴るのを待っていたはずなのに――、まだ鳴らないでという思いに塗り潰されていく。