165.ユリアの想い
その日、帰って朝食を食べてからは日曜だったのでそれはもう爆睡した。昼まで爆睡した。
今日が休みでよかった……。
昼食を食べてからは二階の小さなラウンジに女子だけで集まった。
「お疲れ様だったわね、アリス」
「お疲れ様だったのはソフィだけど……徹夜はやっぱり私にはきつかったみたい。立ち会っていた時は大丈夫だったけど、食べたら眠気がね……」
「朝食を食べながらも寝そうでしたもんね」
「皆の前で生き恥を晒した……」
「あら、大丈夫よ。アリスだもの。可愛いだけよ」
どういう意味だ!
「それで……やっぱり痛そうだったわよね……?」
「さすがにね。この世のものとは思えない叫び声をあげるくらいには痛いよね……」
「やっぱりですか……」
女子なら気になるよね。
男子の前では聞けない内容もある。階段を上り下りする時にちらっと耳にされるくらいなら問題ないなーということを話す時は、ここを利用している。
声が聞こえるだけで、男子たちが寄って「外に出てくるねー」とか「屋上で鍛えてくるねー」とか報告してくれるからだ。ついでにそのまま軽く話題も弾みやすい。
女子だけトークに花を咲かせる。
「――ってわけでね、なんか全世界に光魔法を届けそうな勢いなんだよね、クリスマスに」
「私、聖アリスちゃんが世界中に広がる歴史に立ち会っているんですね! 感動です」
「そうよね。クリスマスの聖アリスちゃんの由来となる人物はって歴史書に載りそうね」
「うわっ……!」
おかしいな。レイモンドロースは美味しそうな名前だとか最初に思っていたはずなのに、なぜ私が……。
「ジェニーも載るよね……」
「載らないわよ。王族の家系図にひっそりと入るだけよ。未来の歴史書を読んでみたいわね」
「まだ祈ってないし……」
「クリスマスが楽しみね」
「勘弁して……」
「アリスさんの奇跡はアリスさん以外の人間が目撃するってやつですね!」
「……ヘルメンラトス、好きだもんね」
実際は「聖女の奇跡は聖女以外の人間が目撃する」というヘルメンラトスの言葉からきている。レイモンドの言っていた通りたまに使われるし、読んでおいてよかったと思う。
「アリスはアリス自身を眺められないものね。今回は王都からやっちゃってほしいわね!」
「他人事だと思ってノリノリだね、ジェニー」
「それはそうよ。早く冬にならないかしら。でも、時が過ぎてしまうのも寂しいわよね。今年も夏にはプールで遊ぶ?」
「さんせーい!」
「お願いできるなら参加したいです」
話題を次々と変えながら話が弾み……少しだけ途切れたところでユリアちゃんが、「あのっ……」とやや大きめな声を出した。
「お願いが……いえ、ご相談がありまして……」
なんだろう。
私たちは今、学科が別々だ。食堂や、前期で終わってしまうクラブ活動(健康増進クラブ)で会うだけだ。クラスでの様子は分からないけれど学園で何かあったのかな。
「卒業する時にも卒業パーティがあるかと思いますが、あの……」
うん、あることは聞いている。
「ダンスを……教えてもらうことは……できるでしょうか。いえ、無理ならいいんです。時間もとられちゃいますもんね。そんな簡単に身につくものでもないですもんね、あの……やっぱり……」
「ユリアは、卒業パーティで踊りたい人がいるのね?」
ジェニーが静かに聞く。
平民向けの会場ではなく貴族向けの方で……それは……。
「想いを伝えるつもりは……ありません。学科が分かれて、偶然会った時にしか話せなくなって……気付いてしまったんです」
どう考えても相手はメイザーだ。罪作りな男だな、まったく!
「私でよければ教えるよ。ジェニーほど上手くはないけど、二年弱でどうにか形にはなる教え方なら記憶が新しいし」
「そうね。私が男役をすればちょうどいいわ。アリスとユリアは背が同じくらいだものね。アリスは口出しをしてちょうだい。私は幼い頃から嗜んでいるから無意識に体も動いて……誰かに教えたこともないし、むしろ指導者には向いていないと思うわ」
「私はジェニーに指導されたい……」
「二年弱であれだけ踊れたのなら十分よ」
「見てたんだ……入学パーティの時、いつの間にかいなかったのに」
「ふふっ、気付かれていたのね。部屋の中は家具があるし広さが……裏庭で練習する? 屋上でもいいわよ」
屋上の方が練習はしやすいかもしれないけれど、壁があって外から見られないのは裏庭だ。
……声は聞こえるけどね。
「裏庭でお願いします……」
「ええ。では行きましょうか」
「早速ですか、すみません」
「ユリアちゃん。あのね、お尻の筋肉をめっちゃ使うから! 覚悟した方がいいよ」
「え、そうなんですか」
「お尻の筋肉を使わないと後ろに倒れそうになって危ないの。筋肉痛覚悟で頑張ってね」
「分かりました。意識します」
そうして私たちは、ニコールさんに断ってから夕方まで裏庭でダンスの練習に付き合った。
……外だしね。ジェニーの護衛が外で警戒態勢に入っていたのかもしれないけれど、そこは気にしないでおこう。