162.王都での二度目の春(時間経過)
クリスマス四日後からは冬期休暇が始まった。それまでは学園でも私の話で持ちきりという状態だった。隣の席のオリヴィアさんも「聖アリスちゃんの光……届いたわよ!」と興奮していた。
ユリアちゃんも「たくさんの星が降ってくるようで幻想的な光景でした」と夢見るような目をしていたし、ジェニーもそんな顔で「あなたの祈りが届いたわ。頑張ったわね」と労ってくれた。
聖アリスちゃんっぽく、今までよりも外では口調に気を付けようかどうしようか……。
冬期休暇は六日間しかないのでダニエル様たちは戻っていたけれど私たちはここにいた。一月の末には定期考査があり、私の順位は少しだけ上がった。二月には成績発表があり、学科選択もあった。
私とレイモンドは、当然保育科だ。
二年生になる前にレイモンドから聞いた。
『実はさ、夏期休暇の時に両親の許可を得て、SクラスとAクラスの生徒なら卒業後にうちの領地に住んで魔法教育施設で働くことを条件に二年目からの学費補助金を出す方針にしたんだ。働き始めてから住居が決まるまで三ヶ月間限定で仮の住まいも用意する。ダミアンは東側のオランド領出身で、それが始まったから学園を受験して保育科を選んでいるんだ。Sクラスには貴族も多いし進路に悩んでいる生徒もいないから無理だろうけど……Aクラスでも一級の資格は取れる。後期の休み時間を利用して、実は勧誘していたんだ』
いつの間にそんなことをだ。
『今年の受験者に向けてもね。ひとまず今年から五年間の受験者限定でSクラスとAクラスの在籍が決まった者には同じ条件で二年目から補助金を出すと夏に打ち出してもらった』
『そっか……決めてくれた人はいるの?』
『俺たちの学年なら、Aクラスのラウル・ジュアンという男性とドロシー・ボードリエという女性が前向きな意向を示してくれている。平民出身で、それぞれ王都での家業は宝飾店経営と本屋経営だ。二年目から学費が高くなるし、ここの学園の普通科卒業というだけでハクがつくし入りたい学科もないしで一年で辞めようかと思っていたらしい。能力のある平民は一定数そんな感じだ。それで、夏から悩んでくれていたんだよ」
まぁ、いきなり思った進路ではない方向に進むには勇気がいるよね。
「クリスマスのアリスの祈りのお陰で両親を説得できたんだって。君のいる場所ならって。保育士になってからも危険手当があって手取りも大きいしね。彼らは保育科希望ではなかったわけだし、学園二年目前期終了までなら契約を反故にしてもいいことにした。後期に入ったら半分を返金だ』
というわけで、二年生前期からはこの二人とも一緒にスタートをした。両者ともに兄弟がいるお陰で跡取り問題もないらしく、それはほっとしている。
私の祈りのお陰でっていうのがね……なんか神の加護を利用しちゃってるみたいだよね。
他に保育科を選んだ先輩にも話をしていたらしく、卒業までにはラハニノス近郊の都市にも魔法教育施設を設けられそうだと。過剰に『教えの庭』に研修の先生が入ってしまう時期は発生するけれど、過渡期とはそういうものだと言っていた。アマチュアばかりの園にするわけにもいかないし、ベテランの先生を派遣するなど色々と考えているらしい。
私たちを担当する保育科の先生はジャンヌ先生といって、茶髪のハキハキした感じの溌剌な人だ。今は校庭の隅に集まって先生の話を聞いている。
「はい。実習のために外に集まっていただきましたが、始める前に皆さんに朗報です! なんと、火魔法と光魔法だけを封じる爪化粧が開発されました」
……光まで封じちゃうの?
「火の魔法による危険な事故が今まで魔法教育施設でも稀に起きていましたが、今後は大量生産をして、行き届いた段階でそちらを塗って保育することになりそうです。各地域にも報告済みで、自分たちで製造できればそちらを用いてもよいことになりました」
火は園でも禁止されていたもんね。
危ないし、いいと思う。
「ちなみになぜ光魔法を封じてしまうか疑問かと思いますが……これが偶然の産物でできたものだからですね。愛情を持ってベビーワームを飼っていると、その体の透明の粘液が全ての魔法を封じるものから変質したんです」
愛情を持って飼ったベビーワームちゃんをぶった斬ったんだ……。ま、牛肉や豚肉なんかもそうだしね。ううん……さすが人間様!
「光魔法については課題ですが、それよりも保育士の安全確保を優先させようというのが国の方針です。朝の塗り直しの際にお祈り時間を設け、光魔法を使う機会を一日一度は設けようという指針になりました。ただ愛情深く育てるという部分で課題も多く、何をすれば魔物に愛情と感じとってもらえるのかといった試行錯誤がこれからなされるので時間はかかるかもしれません」
まだまだ今後も何かが変わっていきそうだ。ベビーワームちゃんを愛情深く育てるお仕事……給料がいいのか悪いのかも気になるところだ。
「それでは皆さん、二人組をつくってください。実習を始めます」
先生の声に、すかさずドロシーさんに話しかける。赤茶髪の朗らかな女性だ。
「ドロシーさん、私と組んでくださらない?」
「あ、はい! お願いします」
私の様子を見てレイモンドもラウルと組んだようだ。ラハニノスに来てもらうのなら……契約も交わしたんだろうけど、より仲よくなっておきたい。反故にされたくないもんね。
レイモンドと組むと思っていただろうフルールとダミアンは不思議な顔をしながら組んでいた。
「それでは、お互いに園児になりきって魔法で悪戯をし合ってください。安全面に問題があると思ったらすぐに相手の魔法に対処してくださいね。火魔法は今回は使用禁止です。それでは始めてください。順に声をかけていきますね。大いに悪戯をし合ってください」
この歳になると悪戯も難しいよね。
「どちらから行おうかしら」
「あ、ではよろしければ、アリス様から……」
「じゃ、今からね。私は幼児になりきるから、先生っぽく話してくれるかしら」
「えっ……」
「ドロシー先生! あの雲の形、サンドイッチみたい!」
「え、どれ……」
びしゃー!
「うわ!」
「先生、ずぶ濡れー」
ぼわっと杖で乾かしてあげる。
「それではドロシーさんから、いつでも悪戯をしてくださる?」
「さすがですね……アリス様」
「先生って呼ぼうね、ドロシーちゃん」
「アリス先生! 少し暑いですよね」
ピシャーン!
光の障壁!
「強い風は危ないの。物が倒れてぶつかっちゃうわ」
「前フリはなしのがいいですね……」
「いつでも倒しにいらっしゃい!」
「次はアリスちゃんですね」
「ドロシー先生! 空からタライが降ってきた!」
「もう引っかかりません!」
ノリのいいドロシーさんとは急速に仲よくなった。完全に初めましてではなくて、入学パーティの日に適当ダンスの合間に少し話をしていたのもよかったんだと思う。
――こうして、二年生の新しい春が幕を開けた。