160.クリスマス
季節は冬に……王都での初めての冬だ。
保育技能向上クラブでもサンドイッチパーティやクリスマス会に参加した。美味しいねと言い合ったり、クリスマスソングを子どもたちと歌ったりと楽しく過ごした。
私たちは変わらずな感じだけれど、少しずつフルールとダミアンが子供の扱いに慣れてきている気がする。
ここではクリスマスの日は祝日として学園もお休みになる。ダニエル様とジェニーは王宮でのクリスマスミサに参加しなければならないらしく、一日中いない。
前日にダニエル様から言われた。
『全ての手筈は整えた』
『……うん』
『例の絵本も本屋では平積みにされている。今日までにこの国全てに行き渡ったはずだ』
『うわぁ……お礼を言うべきなのかも分からない……』
『この国全土に対して遠慮なく光魔法を使ってくれ』
『失敗しても許してね……』
例の絵本とは『クリスマスの夜の聖アリスちゃん』のことだ。
薄々分かっていた。オリヴィアさんに「あなたって聖アリスちゃんなのよね?」とも聞かれたからだ。
まだ時間がある。
王都でのクリスマスデートを楽しんだあとに、隠れ家までやってきた。赤い服に着替えてソフィと話す。
「お二人とも、こんな時まで立ち寄らなくても大丈夫ですよ。お会いできたのは嬉しいですけど……」
「こんな日だからこそだよ。赤ちゃんは元気?」
「ええ、胎動を感じるようになりました。元気に動いていますよ」
もう妊娠六ヶ月の後半で、妊婦さんだと分かるくらいにお腹も大きい。
「体は辛くない? つわりは終わったのかな」
「そうですね……軽い吐き気だけはありますが。ただ、夜中にこむら返りを起こすのが辛いところではありますね」
こむら返り!
お母さんもそんなこと言ってた!
そうだそうだ……お腹の重みで足の血管に負担がかかるとかなんとか。毎日で辛いって言ってたはず。
あ、色々思い出してきた。父親教室で赤ちゃんと同じ重さの物をお腹に父親がつけさせられて「こんなに辛いんですよ」と教えてあげる講座があるけれど、あんなんで楽勝楽勝と思われても困ると怒っていた。臓器を内部から蹴られる辛さや重みで恥骨が割れそうな痛みがあることも教えておけ、とか妊娠後期中に荒れていた。
それでも三人目をつくることを決めたのは自分じゃんとか思っちゃったけど……私は死ぬ運命だったわけだしなぁ。
……お母さん、そんなに苦労して私のことも産んだんだろうに、存在が消えちゃうのはやっぱり悲しいことだよね。
「ア、アリス様? 大丈夫ですよ、大したことはないです」
「こむら返り痛いよね……命の重みだね」
「はい。命の重みなので、いくらでもこむら返りましょう!」
「ソフィったら」
「アリス様の真似をしました」
「えー、私ってそんな感じなのかなー」
「そんな感じですよ。だからメイドの誰もがアリス様とお話をしたがるんです」
嬉しいけど、ご令嬢らしくないよね。
「長い布を巻くといいとは聞くが……」
レイモンドが気遣わしそうに聞く。
「はい。母に巻き方を教わってなんとか」
「そうか」
あー、骨盤ベルトだっけ?
この世界にはないのか。
「風魔法で下から支えたいところですが、やはり怖くて……」
「そうだな。これからより辛くなると思うが、休み休み頑張ってくれ」
「はい、母として頑張ります」
私にもたまには、こんな感じの口調で話してくれていいのに。大人っぽいレイモンドともイチャイチャしてみたい。
「アリス……なんで俺にジト目を向けているのかな」
「私にもたまには、そのオッサン口調でしゃべってほしい」
「オッサン!?」
「んっ……ふふ、アリス様の前ではレイモンド様も形無しですね」
「本当だよ、もう……」
切り上げるような空気を感じる。
そろそろかな。
レイモンドも私がそう感じたことを汲み取ったようだ。
「それじゃ、俺たちはもう行く」
「ええ、楽しみにしていますね」
「プレッシャーだなぁ」
「できなかったら体調が悪かったらしいって噂でも流しておくよ。ま、ラハニノスには届くと思うし、他の地域ではそこまでの期待はないだろうから大丈夫だよ」
確かにラハニノス以外の地域には今まで祈りを届けてはいないわけだし、他では聖アリスちゃんは絵本の中だけの存在だったかと思われるだけかな。
ハンスやソフィのお母さんにも見送られ、外に出る。
当然、そこにいるのは――ね。
予想通りの姿に安心する。