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158.学園祭1(ジェニファー視点)

 季節が移り変わり、入学式には花が咲き乱れていたミモモの木に小さな桃色の実が色づいている。

 もうすぐ十一月だ。日陰に入ると少し肌寒いけれど、陽射しがあたれば夏の名残すら感じる。


「ジェニー、たくさんの生徒たちがミモモの実を取るために飛んでいるわね。とっても楽しそう」


 門をくぐり、アリスの言葉遣いが変わった。さっきまでは「あー、クラブ当番緊張する。よかったら遊びに来てね!」なんて胸を押さえながら目をくりくりさせていたのに。

 でも……瞳は輝いたままだ。


「そうね。美味しいものね」

「ユリアちゃんも好きなのかしら」

「はい。好きではありますが……なかなか取りにくいですね」


 口調が変わってもアリスは変わらない。私とユリア、どちらともに同じだけ話しかけようとする。好きに行動しているように見えて、言動や行動の全てに相手への気遣いが感じられる。


「こちらが学園内マップとなります。袋は種を入れるのにお使いください」


 学生証を見せると、受付の人にマップと紙袋を渡された。マップにはゴミ箱の場所まで書かれている。

 

 学生証のない人は、名前などを書いてから中に入ることになる。


「そうよね。やっぱり女性は取りにくいわよね。がっついて見えるし」


 アリスも受け取りながら思案しつつ、変な表現をしている。本当にアリスは見ていて飽きない。

 

 彼女が軽やかな声でレイモンド様に話しかけた。


「優雅に私がもぎとってこようかしら。他の女の子も取りやすくなるかもしれないし。優雅には無理かもしれないけど……レイモンド、いい?」

「いいよ。ドロワーズは履いているよね」

「過保護……履いているわよ。見る?」


 ギリギリ見えないような速度で、彼女がその場でターンをした。スカートがふんわりと広がる。


「まったく……行くよ」

「それじゃ皆、私は食べてくるわね!」


 あれにしようと指をさしたミモモの木の下に進み、杖に乗って木の周囲を旋回しながらもぎ取っていく。六つくらいとるとお手玉のように空中で回転させて、大事そうに抱えてから悪戯っぽくふふっと周囲の女の子に笑ってみせる。もちろんこちらにもだ。


「優雅っていうより可愛いわよねぇ……」

「そうだな」


 ダニーの言葉に嫉妬は感じない。それくらいには……仲も深まった気がする。


「それでは私たちも行きますね」

「ええ、楽しみましょう。クラブにも顔を出させてもらうわ」

「ありがとうございます! お待ちしていますね」


 ユリアとカルロスも中へと進んでいく。その途中で「俺がミモモの実をとろうか?」なんて声が聞こえてきた。

 アリスは仲よさそうにレイモンド様と中庭の方角へ向かっている。そこで食べるつもりなのね。


「ダニー、私たちも行く?」

「そうだな……先に食べるか」

「私には優雅にミモモの実をもぐ技術はないわよ」

「私が取るに決まっている。いくつにする」

「あなたと同じ数にするわ」

「…………」


 威圧感のある顔で私を見下ろす。

 ただ考えているだけだ。この顔に……以前なら嫌われてしまったかしらと怯んでしまったけれど。


「三つにしよう」

「あら、アリスたちと同じ数ね」

「……そうだな」


 彼らも三つずつと考えたのだろう。

 ダニーと適当に木の下へと向かい、彼が飛び上がるようにして実を取ってくれる。小ぶりの実とはいえ、六個は持ちにくい。一度魔法で生み出した水で洗い、手の平の上で軽く彼が浮かせながら聞かれる。


「……裏庭に行くか」

「そうね。行きましょう」


 あまり長く立ち止まると、他の生徒に挨拶のために話しかけられてしまうかもしれない。だから彼は早足だ。私が追いつける程度の早足。

 彼は人と話すのがあまり好きではない。私を伴ってさえいれば比較的避けられる。


「甘いもの、実は好きよね。フェリフェリちゃんも甘かったわよね。やっぱりあれは好みが出たのかしら」

「その名前に定着してしまったな……」


 そう言って穏やかに笑う。

 こんな表情をするのは珍しく……アリスの話をする時に多い。


「アリスのネーミングセンスは独特だものね」

「ああ。お前とその名前は合わなくて面白いな」

「フェリフェリちゃん?」

「……ふ、そうだな。似つかわしくないな」


 どういう意味かしらね。

 でも、笑っているから喜んでおきましょう。


 二人で喧騒から離れた裏庭のベンチに腰かける。二人の世界に浸っているように見えるから、誰も来ない。


 彼とは少しずつ学園に入学してから距離が近づいている。全部、アリスのお陰だ。アリスに……調子を狂わされている。

 少しはやっぱり妬けるわね。感謝の方が大きいけれど。


 学園の受験日、寮で昼食を食べた日には「ジェニーの顔立ちについて、私たちがいない間に語っておいてね」なんて言って立ち去っていった。ダニーはそのあと少しの間固まって「顔立ちは……悪くない」と言ってから、おもむろに立ち上がって「皿を洗う」なんて言うから結局私たちで洗った。


 アリスがダニーに「ニブチン!」と叫んだらしい時には……ふふっ。まさか私の想いが全く通じていなかったとは思わなかったわ……。

 冷たくされるのが怖くて、私もずっと素直にはなれなかったから仕方ないわね。


「どうした。楽しそうな顔をしているな」

「アリスのことを考えていたのよ」

「だろうな。そう顔に書いてある」

「あらそう? アリスの何を考えていたのか分かるかしら」

「そうだな……クラブのことか?」


 アリスについて話しているだけで会話が弾む。以前は何を話題にしたらと悩んでいたけれど……本当に感謝しかないわ。


「そうね。アリスの部屋のベッドにね、とても変な物体が置かれているのよ。いつも身に着けているキーホルダーと同じ、アリスの夢に出てきた謎生物のツチノコちゃん。子供くらいの大きさなの。それをモチーフにした輪投げを製作したんですって。今日のために」

「あれは、そんな名前だったのか」

「ええ。流行りそうなら流行らせたいと言っていたけれど……私は無理そうだと思ったわね」

「そうだな……あれはな……」

「キモ可愛いが王都のトレンドになるかもしれないとか意味が分からないことを言ってたわ」

「いつも通りだな……」


 アリスの話は面白くて、残しておこうかと日記に「キモ可愛いがトレンドになってツチノコちゃんは王都で流行ると思う(アリス談)」と書いた時点で変な頭の病気に私はかかってしまったのではという気になった。


「一つ、いただくわね」

「そうだな。食べよう」


 桃に似た色なのに、シャリシャリした食感の不思議な果物だ。今日は好きなだけ木からもいで、食べてもいい日。といっても、他の人もいるから誰もが限度を守っている。


 全て食べ終わると、「よこせ」とスッと私の紙袋を奪った。


「手を出せ」

「……ありがと」


 言われなくても何をしてくれるのかは分かる。私の手を水で包み……その球体を移動させて地面に落とす。水は著しく汚れてしまうと生み出した直後でも消すことができない。


 制服が濡れないように魔法でハンカチを取り出すと、手を拭いた。


「どこか回るか」

「そうね……アリスの当番になったら、順に回っていこうかしら。次の鐘が鳴ったらよね」

「そうだな。それまではここでのんびりするか」

「ええ、そうしましょう」


 何も考えずに、のんびりする時間を彼は欲している。誰よりそれを知っているのは私だ。


「いつも付き合わせてすまないな……」


 義務感だけで私がここにいるなんて、彼がそう思っているようだということもアリスに聞くまでは分からなかった。だから、勇気を出して私は言う。


「私が側にいたいからよ」

「そうか……」


 これだけでも、義務感で彼を立てているだけだと思われる。彼は……自信がない。私から好かれている自信が。


「あなたを独り占めしたいっていう意味でよ」

「そ、そうか……」


 いつもより幼く見えるこの顔も好きだなと思いながら、少しずつ形を変えて流れていく雲を二人で眺め続けた。

 

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