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157.自覚

 呼び鈴を鳴らすと、すぐに人懐っこそうな顔をした年配の女性が出てきてくれた。

 

 この人……知ってる……!


「レイモンド様、アリス様、お待ちしておりました。ソフィの母のクラーラです。アリス様とも何度かお会いしていますね。お久しぶりです。ヘレンは買い物に行っていますが、また寮にご挨拶に行くと思いますわ」


 女性の使用人部屋で何度か会った! なんということだ……ソフィのお母さんだったんだ。休憩中の若いメイドちゃんとばかり話していたからな……。

 作業中でもあったりしてすぐに切り上げるようにはしていたものの、毎回何かの話で盛り上がっていたと思う。彼女は同じように年配の人と一緒にいて、温かく見守ってくださっていた。薄い桃色の髪をピチッと後ろで留めたチャーミングな印象の女性だ。


 ヘレンはもう一人のキッチンメイドで、クラーラの親友でもあると聞いている。


「ソフィのお母様とは知らず、今までご挨拶もしっかりとせずに申し訳なかったわ。ソフィの様子はどうかしら」

「いえ、こちらこそ言わずにすみませんでした。そうですね……今はつわりのピークでして……」

「そんな時にお邪魔してすみません。出直した方がいいかしら」

「こちらもお二人の家ですし、ソフィも喜びます。会ってやっていただけますか?」

「ありがとう」


 中まで入ると、ソフィが弱々しく微笑んだ。


「レイモンド様、アリス様。お会いしたかったです。お元気そうで何よりです」


 ふらりと立ち上がるので、すぐに制止する。


「立たなくていいから。つわり……きついの?」

「そうですね……水分は取れているので、なんとか大丈夫です。食べられるものも一応ありますし……」


 妊娠の嬉しさ以上にソフィの弱り具合が心配だ。そういえばお母さんが妊娠していた時も、常に船酔いをしている状態だと言っていた。


「普段も動くのは辛い感じ?」

「はい……横になって少し食べての繰り返しでしょうか。空腹でも吐いてしまうので難しいところです」


 食べづわりって言うんだっけ……。お母さんもそれだった。あと、お母さんは私の時だけ唾液が出続けて口が泡ぶくぶくになったとか言ってた気がする。


「私たちがいると眠れないよね。もう行こうかな……」

「いえ。気分転換もしたかったので、休暇の話を教えてください。楽しかったですか?」


 やっぱり優しいな……。そうやって私たちに心配をかけさせないようにしてくれる。

 少しだけ話をして、すぐに立ち去ろう。

 

 魔獣さんを浄化した話、早めの誕生日をお祝いしてもらった話を軽くして、キリがいいところでレイモンドが聞いた。


「必要なものや足りないものはないか」

「はい、大丈夫です。母とヘレンさんをこちらにお呼びいただきありがとうございました。そこまでしていただいて、なんとお礼を言えばいいのか……」

「気にしなくていい、当然のことだ。ハンスは仕事か……」

「はい」

「また夜に来る。ソフィは寝ていてくれて構わない」

「来られなくても、ハンスをそちらに寄らせると言ってますのに」

「毎日でもないし俺が来るよ。出産予定日は分かったのか」

「ええ。十日前から光魔法がこの子に反応しています。胎芽から胎児になったのが十日前とすると予定日は四月二十日頃となります」

「俺たちが二年生になる直後あたりか……本当にいいのか、ここにいて」

「はい。お二人がそれでよろしければ……ですが」


 知らないうちに、レイモンドの使用人への話し方が前よりも大人っぽくなっている気がする……。うーん、見た目が大人っぽくなったからそう感じるのかな。前もこうだったかな。


「俺もアリスもその方が嬉しいよ。ただ、無理はしないでほしい。それも共通の願いだ」


 私も一緒に頷く。


「うん……無理だけはしないでほしい。私も側にいてほしいし二人の子供もすぐに見たい。でも、どっちがソフィにとって楽なのかも私には分からなくて……」

「本来なら私は、しばらくの休暇をいただき、子供が保育園に預けられる年齢になりましたら時間を短くしてまた仕えさせていただく……そうなるはずでした。それもまた恵まれた境遇ですけれど、お二人のお側にいたいのは私の我儘です。それなのに私の心配までしていただき、子に関心まで持っていただける……まだ無事産まれてくれるかも分かりませんが、私は幸せ者です」

「ソフィ……」

「赤ちゃん、産まれたら抱いてくれますか?」

「もちろんだよ、ソフィ……」


 ソフィはもうお母さんの顔だ。こうやってお母さんになっていくんだ……。


 それに――。


 ソフィはずっと私に仕えてくれていたのに、友達気分でもいたことを突きつけられた気がした。

 主従の縛りなんて、前の世界にいたらきっと考えることもなかった。ここでは、私が関心を持つだけで友人としてではなく仕える者として喜ばれてしまう。


 私はまだ結婚をしているわけではなくて、はっきりと貴族とは言えないけれど……仕えてくれる人たちによって自覚が生まれる。私がその立場になれるのは、そうさせてくれる人たちがいるからだ。


 ――環境が人をつくるんだ。


 私は仕えるに足る人間でなくてはならない。ソフィがそんなふうに言ってくれる私が、ショボイ人間でいいわけがない。


「祈りを捧げてもいいかな……」

「もちろんです、アリス様。嬉しくて、涙が出てしまいますね」


 ――どうか、ソフィとその子供に神の祝福を。光り輝く未来が訪れますように。


 光が二人へと吸い込まれていく。一つはお腹の中に……。


 ふと、親善試合について書かれていたという文章を思い出す。『温かなパフォーマンスに両国から拍手が送られ、未来に渡って彼女の祝福はあらゆる武力行為を無にするだろう』だったかな。


 魔王さんがいないから聖女にはならないけど……ソフィのお腹の子もずっと平和に暮らしていけるように、レイモンドのお嫁さんとして頑張りたいなと思った。


 

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(2023.10.27より)

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