156.ソフィの妊娠
「みんなー! 元気だった?」
新学期は九月の二十六日だ。
その一週間前に寮に戻ってきた。選択授業の届け出用紙を受け取って提出する期間が設けられているからだ。前期の成績も上位者のみ張り出しがある。そうでない人は授業開始初日に順位表を渡されて知ることになる。
トントンと一階へ降りると、皆がこちらを一斉に見た。
「アリス! もちろんよ。あなたも元気そうね」
「うん。でも皆に会いたかったな」
「私もアリスさんに会いたかったです」
皆が一階にいたので、魔女さんには二階の奥に私たちをワープさせてもらった。
「ごめんね、ユリアちゃんたちは遠路はるばる来たんだよね」
「いえ、カルロスさんと一緒で安心でしたし……あ、ちゃんと宿の部屋は別ですよ?」
「あはは、分かってる。入学の時はお父さんに送ってもらったんだっけ」
「はい。お仕事の手伝いもさせてもらって勉強にもなりましたね」
お父さんは行商をしているんだもんね。私たちだけ必殺技を使ってしまっているみたいで申し訳ないな……。戻りも一緒にするかとレイモンドが一応声はかけたらしいけれど、申し訳ないのでと断ったらしい。
ダニエル様とカルロスも元気そうな様子で、レイモンドと会話をしている。
「また後期も楽しく暮らしましょうねぇ〜」
さらっと赤髪の魔女さんが職員部屋から出てきた。
「よろしく、エリリン!」
さっき会ったばかりだけどね……。
ユリアちゃんたちが到着した時点で、ここにずっといたように振る舞っていたのかもしれない。
こうして皆が揃ったところで、全員で学園へ行くことにした。
◆◇◆◇◆
順位の張り出しを見て、ため息をつく。
「微妙すぎる……」
「大丈夫よ、アリス。上位ってことじゃない」
「むしろ上位十人だけ張り出されたらよかったのに。名前を載せてほしくなかった……」
一位はダニエル様。二位にはレイモンドがつけている。ジェニーは六位、私は十二位……しかしこの成績、おそらく加算されると言われていた実技点が大きい。上位三十人の中にSクラスは全員載っていそうだ。それでもこの位置ということは……やはり魔道具製造系と自然科学系で点を落としたからだ。分かりやすく教えてもらっても、忘れてしまってはどうしようもない。
「一年生だけ張り出しとか、やめてほしい……」
「来年度の学費補助にも関わってくるし、平民出身者には必要な目安だよ。上位なら申請できるしね。張り出しがあったほうが不正も疑わずに済む」
「アリスさんは記憶をなくしていたわけですし……それでこの成績はすごいと思います」
あー、小学園の知識からなくなったと思われているのかも。
「ありがとう。でも次は頑張る」
「はい、私もです!」
ユリアちゃんも十六位だ。
実技がなかったら……私、載っていないな。
「それじゃ、選択授業を選ぼっか」
皆でわいわい話しながら教室へ入る。
いつもとは違って、入ってすぐの教室で記入するか持ち帰って期日までに提出するだけだ。来年度の学科選択を視野に入れた選択授業だ。全て保育系を選ぶ。
「レイモンドも全部保育系?」
「ああ、そうするよ。アリスと同じにする。違うのを選ぶなら言ってね」
予想通りすぎる……。
まるで夏季休暇なんてなかったかのようにいつもの空気を皆と共有し……でも、実は違う。私はずっとドキドキし続けている。
係の人にその場で提出して、教室を出てすぐにダニエル様が私の横に並んだ。
「これを出したら言おうと思っていた。ソフィ嬢が妊娠している。レイモンドに頼まれて様子をたまに使いに見に行かせて報告させていた」
「――――!」
レイモンドを見ると、にっこりと笑う。
彼はこっちに来てすぐにダニエル様に聞いたのかもしれない。
「早く言ってよ!」
「気がそぞろになると思ってさ」
そぞろだったし!
「ごめん、皆! 私、このまま隠れ家に走るね」
「ええ。行ってらっしゃい」
レイモンドと手を繋いで校舎を出る。
ソフィとハンスの子供……!
お腹の中にいるんだ。
すごい……ドキドキする。
大樹とは五歳差だった。あまりお母さんが妊娠した時のことを覚えていない。光樹とは十一歳差。お母さんのお腹の中にいるんだって感動はあったけど、もう記憶は薄い。
でも、お母さんが産むんだって安心感があったのは確かだ。
そっか、ソフィもお母さんになるんだ……すごい。全然想像できない。白薔薇邸にいた時はツインテールだったのに!
「うわっ」
段差に躓いた瞬間に、レイモンドに浮かせられる。
「危ないなぁ。俺が抱いて走るよ」
「ちょっ……! 横抱きは他の人の邪魔じゃん!」
「それなら抱っこするねー、急ごっか」
「恥ずかしいし!」
「慣れる慣れる〜」
「慣れなーい!」
私たちは私たちらしく、隠れ家へ急いだ。