155.誕生日前に
そうして、こちらで夏季休暇の日々が過ぎていった。後期に備えての授業の予習を家庭教師さんにしてもらったり。あちらではほとんど踊っていないのでダンスのレッスンをしたり。
反射神経や気配の察知を高めるような魔法訓練もした。あのドッチボールもどきでレシーブをついしてしまうのも悔しかったので、もう体育大会はないにも関わらずレイモンドに球出しをしてもらって、かなり上達した。
今だったらなー。圧倒的な活躍ができたかもしれないのに!
誕生日は九月二十八日……後期開始後だ。その前にと、今日はお祝いをしてもらった。
今流行っているという人形劇を観劇して、帰ってきてご馳走を食べてから私の部屋に二人で入ると、大量の人形さんが浮いて迎えてくれた。
「すっごいね、レイモンド……」
「可愛いでしょ?」
「レイモンドの手作りじゃないよね」
「さすがにそれは無理だね」
部屋の中をキリンさんやリスさん、ゾウさんや羊さんがぷかぷかと……なんてメルヘンなんだろう。私がメイザーに、あんな返しをしたから思いついたのかな。
ネコさんの人形がペンのような物を持つと、空中に文字を書き始めた。
『誕生日おめでとう! 大好きなアリス』
文字は光魔法のような色に発光している。少しの間は空気中に留まり、ふわりと霧散していった。そんな魔道具なんだろう。
ここに来たばっかりの時も、ケーキにそんなメッセージが書かれていたなぁ……。
「もう少し実際の誕生日は先だけどね。好きだよアリス、大好き」
「レイモンドは好き好き言葉がめちゃくちゃ多いよね……。最近レイモンドの背後に好き好き弾幕が見える気がする」
特に夜のそれの開始前……今からなのかと身体が受け入れ態勢に入ってしまう。
「俺の愛は重いんだ」
「知ってる……」
躊躇いもなくベッドへ運ばれる。
観劇に行ったから私もそれなりの格好をしている。結構ドレスを脱がすのは大変なはずなのに、デザインにレイモンドがかんでいるせいで、あっという間だ。ドレスを男性がプレゼントする意味は確かにそーゆーことですねと納得してしまう。
「私、苦悶系のレイモンドも好きだったのに、最近全然苦悶してくれない……」
「えー、仕方がないな。それなら、アリスがしてって言うまで苦悶しながら我慢するね。あー早く言ってくれないかなー、苦しいなー」
墓穴を掘った!!!
めっちゃ笑顔だし。全然苦悶してないし。
「このぬいぐるみちゃん達、どうするの?」
空中からベッドサイドへ、レイモンドの魔法で移動した。ズラリと並べられている。
「どうしよっかなぁ。ここに置く? いらないならメイドたちに配ろっか」
……情事を目撃した人形さんを配るのは躊躇いが……。
「人形さん、反対側を向かせといて」
「えー、気にするんだ。面白いなぁ」
焦らすような触り方をしながら、私の言葉を待たれている。あーもう!
「それとも段飾りにしよっか。お雛様みたいにしてもいいかも。ここ、お雛祭りないしねー」
「どの動物がお内裏様とお雛様?」
「どう……しようかな……」
あ、レイモンドが思案顔に……手も止まった。
「やっぱり俺とアリスにしよっか。用意しよう。そういえば、前に手乗りアリスの話とかしてたよね。うーん、飾る場所は音楽の間にしよっかな……」
手乗りアリス!
手乗りレイモンド!
なんて懐かしい……あれはいつだっけ。
場所はカフェだ。そう……雨の日のデート。サンクローバーの家に行ったあとのことで……私が初めてレイモンドにキスをした日。一ヶ月後のそれを忘れてしまうといけないからなんて言い訳をして……そうだ、あの日にツチノコキーホルダーをもらったんだ。
レイモンドとは楽しい思い出がいっぱいだ。
「何段にすれば全部乗るかな。えっと数は……」
まだ考えているレイモンドをぎゅっと抱きしめる。
「レイモンド、大好き! 好き好きー」
「あれ、俺にも弾幕が見えてきたな。そんなに雛壇ぬいぐるみが楽しみになってきたの?」
「出しっぱなしだと婚期遅れちゃうかもなぁ」
「大丈夫、戻ったら早めに結婚しよう。そろそろアクセサリー類のデザインも考える?」
前にダニエル様にもらった、見る角度によって色を変える宝飾品加工用の魔石……結婚式の時に身に着けようと思っている。
基本的にはダイヤだけれど、ブローチという形でドレスにもつけたいな、と。しかしその場合はドレスのデザインに合わせなければならないし、必然的にウェディングドレスまで……となってしまう。
「まだ好みが変わるかもしれないし、卒業してからにしたいかな。レイモンドは気が早すぎるよ」
「だってほらー、夢じゃん? 好きな女の子と結婚するってさ」
乙女だ!
やっぱり乙女だ!
「学園に入ったら、たくさんの可愛い女の子と出会って私のことを好きじゃなくなっちゃうかもしれないって思ってたけど……」
「ないよ、絶対。それはない」
「うん。大丈夫なのかなーってやっと思えてきた。変わらないね、そーゆーところ」
「え、やっと!? やっとって、いつ思えたの。まさか最近まで疑ってたの!?」
「どうだろうなー」
「ここまでしておいて、あるわけないよ……。好きなんだよ、アリス。大好きだ」
レイモンドの「好き」が頭に刷り込まれていく。その声の調子まで、いつだってその場で聞いているように思い出せる。まるで空気のように当たり前にあって……なくしてしまったら、それだけで気が狂ってしまいそうだ。
「こんなに好きになる予定じゃなかったのに……」
「どんなになのか見えたらいいのに。ねー、早く言ってよ、アリス。俺、ずっと苦悶しているんだけど」
「全然そう見えない……」
「早く可愛くおねだりしてってばー」
「可愛くもないし可愛くもしたくない。むしろドスの効いた声にする」
「聞きたい! 早く可愛いドスの効いた声で誘ってよー」
また私は墓穴を!!!
どこまでいっても格好つかないよね。
そんなところも含めて、我ながら似合いの夫婦になるんじゃないかって思っちゃうあたり、もう本当におかしくなっている。
「レイモンド!」
「んー?」
あの音を、今日は最初に私が発する。
この世界に来たばかりの時に最初に聞いたはずのその言葉。それは今では、ダニエル様に言ったアレみたいなものだ。
『私たちの間だけで通じる造語。誰にも通じない言葉を考えて二人だけの世界をつくって暗号みたいな会話をする痛々しいお遊び』
私たちの間だけで通じるその音に、特別な愛を感じる。同じ音を交わし、私はそっと彼の耳元で囁く。
「しーて?」
「アリスのドスは可愛いね」
効かしてないし!
このあとは、一度別々に入浴も含めた寝支度を整えて……最後にいつも通りまたレイモンドが来るはず。
うぅん……誕生日祝いも兼ねているし第二ラウンドもあるのかなぁ……。さすがにそれはないかな。
分からないまま、理性を手放した。
別作品のコミカライズが始まりました!
(詳細は活動報告にて)
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