152.帰宅
「それじゃ、皆元気でねぇ〜!」
翌日、魔女さんがにこやかに見送ってくれる。
「はい、ありがとうございました。また後期もお願いします」
「本当に前期はお世話になりました。エリリンさんもお元気で」
カルロスとユリアちゃんが挨拶をする。この二人に彼女が魔女さんだと知られるわけにはいかない。
「それでは魔女を呼ぶ。二人は目をつむってほしい。十を数えたら目を開けていい。既にそこはラハニノスだ」
「分かりました。ありがとうございます」
「皆様もお元気で!」
緊張した様子の二人が目をつむり……魔女さんが二人の後ろに移動して背中をそっと触ると、二人がパッと消え去った。
ユリアちゃんは女の子だしお父さんが様子見に来るだけの予定だったものの、魔女さんに許可をとったうえで私たちと合わせて帰宅できるよう結構前にレイモンドが手配したらしい。ご両親には魔女さんの名前は出さない方がいいだろうと、私たちと一緒に召喚による帰宅と伝えてある。
あっという間に魔女さんが戻ってきた。
「送ってきたわぁ〜。それじゃ、二人も白薔薇邸に送るわねぇ〜どこに移動しようかしらぁ?」
「アリスの部屋にする?」
「レイモンドの部屋にする。そういえばほとんど行ったことがない。空飛ぶベッドの時とか数える程度だし。毎晩私の部屋に来ていたのに不公平だと思う」
「毎晩って……そうだけど、ここで言っていいの?」
「あ!」
油断した。まだダニエル様たちがいた。
二人が視線を私たちからそらして、顔を見合わせた!
「ち、違うの! 子守唄を歌ってもらったりね?」
「……それもすごいわね。ここでも寝るまで歌ってもらってもいいのよ」
「あー、帰る前に誤爆した! 全部忘れて!」
「はいはい、元気でまた後期に会いましょうね、アリス」
「うん。元気でね、二人とも!」
そうして私たちは――、それはもうあっという間にラハニノスへと戻った。
◆◇◆◇◆
魔女さんもまたすぐにいなくなり、レイモンドの部屋で二人並び立つ。
「懐かしい! 帰ってきたね、レイモンド」
「そうだね。やっと一緒に毎晩寝られるね、アリス」
……一緒に……寝られる……?
あ!
毎晩でもいいからって私、言ってた!
もしかして爛れた日々が始まってしまうんじゃ……。今晩からが恐ろしい……どうして私は考えなしにポンポンとそんなことを言ってしまうんだ。せめて一日おきでもいいからと言っておけば……。
まぁいっか、まだ朝だ。今考えることではない。
「それで、なんで俺の部屋にしたの?」
「エロ本でも探そうかなって」
「まだ諦めてなかったの!? 隠してないって言ってるのに。まぁいいや。好きなだけ探しなよ。見つけたら臨場感あふれるようにアリスが読み上げるのが条件ね」
「え……隠してないなら、なんでそんな条件を……」
「ハラハラしながら探してほしいから。いいよー、ベッドの下でもどこでも探索して」
この様子……本当に隠してはいないのか。つまんないなー。
そもそもよく考えると部屋って使用人に掃除されるよね。貴族の息子が読むなら堂々と用意してもらって、本棚とかに置くのが普通なのかな。
「諦めた」
「早いなぁ……おいで」
ベッドの端に座るレイモンドに包まれるように私も座った。
「今日帰宅するってことは両親に書簡で報告してある。休日だし、部屋にいてもらっているよ。使用人を通して今から向かうと伝えたら、そっちに行く」
「うん。早く報告はしたいね」
「それから……ハンスとソフィには夏季休暇の間、王都にいてもらう。保育園からいきなりハンスがいなくなるのはっていうのもあるけど……これは確定ではないからまだ伝えるべきではないんだろうけど……可能性としてね、ソフィが妊娠したかもしれない」
「え!?」
そういえば今日、姿が見えなかった。昨日の朝は普通にいてくれたのに。プールの時も髪のセットまでしてくれた。
「気付かなかった……」
「まだ分からない。体が熱く感じたり倦怠感があったりくらいで、妊娠していたとしても初期だ。光魔法で祝福を願うと、胎児の体が形成されつつあれば二つの光が吸い込まれていくから判断できる。まだその段階には至っていないから分からないけど、休んでいてもらった方がいいかなと隠れ家にさっきはいてもらった。ここに来ると、二人とも俺たちに気を遣うだろうしね。違ったとしてもあちらのがいいだろう」
昨日の朝はソフィも来てくれていたし、レイモンドもそれ以降に聞いたのかな……。知らないうちに夜に行っていることもあるみたいだった。ソフィにエロスな相談をした時も、昨夜に来たって言ってたしなぁ。
妊娠したかもってことは月経がかなり遅くなってるってことだよね……期待して違ったんだとしたらショックだろうし、確かにあっちでハンスに支えてもらっていた方がいいのかも。お母さん、光樹を宿すまで何度も絶望したって言ってたからなぁ。
「チェンバーメイドをしているソフィの母親と助産もできるキッチンメイド一人を念のためすぐに、あっちに送る。夏季休暇後に俺たちも戻って、妊娠がもし確定していたらどうするか決めよう。経過を見て寮でのソフィの役割をどちらかにお願いすることになる。まだ仮定の話だけど……ソフィの希望ではあちらで産みたいようだ。保育士資格を取りたいという俺たちの側で子を出産したいと」
「そっか……ソフィの希望なら。でも、ソフィの負担がないようにお願いしたい……」
「そうだね。こっちではメイリアが今まで通りつくけど……もう一人は慣れている感じの若いメイドがずっとつくのと、メイリアの娘の慣れていないメイドもたまにつくのと、どっちがいい?」
「メイリアの娘ちゃんも!!!」
は!
条件反射のように言ってしまった!
「はは、そう言うと思ったよ。メイド養成学校の特殊訓練受講生だ。そこを卒業して今はラハニノス魔法学園戦術学科一年生。つまり俺たちと学年は同じ。同じく夏季休暇中だよ。たまについてもらうね。それじゃ、色々と話を通してくる。アリスはここでエロ本を探す? それとも一緒に荷物を持ってアリスの部屋に行って、メイリアを呼んで支度を整えてもらう?」
そんな話を聞いたあとにエロ本を探す女とか酷すぎるでしょ……そんなんでもレイモンドは私を好きでいられるわけ?
聞かれること自体、おかしいよね。
「私の部屋に行く……」
「じゃ、一緒に行こっか。すぐにメイリアを呼ぶから部屋で待っていてね」
「うん。ありがと」
こんなことなら、最初から私の部屋にすればよかったなぁー。教科書類は勉強のために持ち帰ってきた。その整理もしながら待とう。
でも……そっか。
ソフィ、妊娠しているのかな。まだ分からないんだっけ。ドキドするなぁ。私のことじゃないのに……すごく緊張する。