149.エロ本?
「自習室で待ってるって言ったじゃない」
「一人にしておきたくないなとウズウズして勉強どころじゃなかったし。ここ広いから該当する本のコーナーまで一緒に行けばよかったなって。迷っていないか心配になったんだけど……来てよかったよ」
相変わらずのストーカー精神だ。
「仕方ありませんね。私は失礼しましょう」
「待って」
立ち去ろうとするメイザーを止める。さっきの回答は今しないと、機会がもうない気がする。
……そんな責めるような目をしないでよ、レイモンド。
「今からメイザー様のさっきの質問への答を考えるから、二人とも私の目につかないところで待っていて」
「「え……」」
「目の前にいると考えにくいの」
「そんなの……」
不愉快そうな声をあげるレイモンドに、仕方がないので内容も告げておこう。
「あなたをどうして好きになったのかを考えるから、どこかに行って」
「!?」
二人がすごい顔をしながら私と相手を交互に見るので、後ろを指さした。
「仕方ないな……分かったよ。メイザー、行くよ」
「あ……はい。すみません」
あの二人、会話するのかな。
まぁいいや。
窓際まで寄って、遠くに見える山へと視線をやりながら考える。
前に……私の状況ってもしかして『突然現れたイケメンに求婚されて、あまりの溺愛っぷりに三日で沼落ちしたところ、相手はたまたま完璧な男で幸せになりました』なのではと思ったことがある。
でも、好きなタイプでもない男に溺愛されたって迷惑なだけだし。レイモンドも完璧ってわけでもない。
うーんとしばらく悩み、考えをまとめてから指輪に手をかざして話しかけた。
「レイモンドの居場所を指し示して」
パーッと光がどこかへと走っていく。これで気付いてこっちに来るでしょう。ここで最初のクリスマスにもらった笛を鳴らすのは、さすがに図書館ではマナー違反だ。
「初めてのアリスの意志でのそれの使い道が、呼び鈴代わりとはね……」
レイモンドが文句を言いながら二人とも戻ってきた。まぁ、試験的に一度使っただけだしね。
「それで、俺をどうして好きになったの?」
メイザーに答えるためなんだけど!
レイモンドには前に言ったのに。
メイザーの方に顔を向けると、彼も真剣な顔をしてこちらを見た。
「何を可愛いって思うかは人それぞれだと思うの」
レイモンドがひっどい顔をしているのが横目に見えるけど無視しよう。
「リスさんだけを可愛いと思うだろう人がキリンさんやぞうさんにしか出会っていなかったら、可愛い動物っていないなーって思ってしまうわよね。私はたまたまレイモンドが好みのタイプで……だから好きになっただけ。でも、これまでこのタイプが自分の好みだなんて思いもしなかったわ。メイザー様にもいつか目の前にリスさんが現れるかもしれないし、現れないかもしれない。そーゆー偶然の産物だと思うわ」
「なるほど……会えば分かりますか」
「すぐには分からないかもしれない。木の実をかじっている様子を見て初めてリスさんを可愛いと思うのかもしれないし。だから相手を知ることは大事だと思うけど……その過程で勘違いをさせるのはよくないと思うわ」
「……ありがとうございます。確かに、俺の質問を真剣に考えてくださるアリス嬢に、特別に惹かれそうになる自分がいましたよ」
またこの人は軽くそんなことを。ほらー、無駄にレイモンドに睨まれているし。
「……用が終わったなら行くよ。アリスは魔道具製造系の本を探しに来たんだよね。連れて行くよ」
「そうね。失礼しますわ、メイザー様」
「ええ、お時間をとらせてすみませんでした」
メイザーから離れ、てっくてっくと違うエリアへ……。
「それでさ、アリス。なんであんなところにいたの」
聞かれるよねー。
迷ったって答えたいところだけど、それならと今後より自由がなくなるのもなぁ。
「あのね、私にも誰にも知られずに読みたい本だってあるの」
「あ……」
沈黙が訪れる。
顎に手をあてて思案している様子だ。
「ごめんね……アリス。考えもつかなかった。そうだよね、これからは別行動をするか聞くね。危ない目にあった時には、さっきみたいに指輪で呼んでくれたっていいし」
うんうん、分かってくれたか。
こんな簡単に分かってくれるなら、もっと早く言えばよかった。どんな本だとか聞かれたくなかったしね。
「でもね……」
でも?
ものすごく気遣わしげな顔をされているけど。
「学園内の図書館に、エロ本はないと思うよ?」
そんなもの探してないし!!! 一体レイモンドは、私をなんだと思っているんだ!
確かにそんな話題は何度も出したけどさ……。
この日、猿でも分かるような用語解説書を探したけれどもやっぱり難しいので……大人しくレイモンドに教わることにした。
教えるの、上手いもんね。
私に付き合って彼の成績が下がったら、謝っておこう。