148.学園図書館
結局、あっと驚く帰宅はせずに「ホタル綺麗だったよー」とそっちの感想を述べるにとどめておいた。
月曜日には、フルールは見た目立ち直った様子ではあった。まだ悩むところはあるのかもしれないけれど、そこは他人の私が踏み込んでいい部分ではないしね。金曜日には保育技能向上クラブの引き継ぎもしてもらった。
定期考査まで残すところ約二週間。
レイモンドは隠れ家で少しだけでも一緒に過ごしたいと言うけど……目がやらしい。夏季休暇には毎晩でもいいから今はやめてと言って私は勉強に集中することにした。
あとのことを考えるのはやめよう。今は勉強だ。ジェニーたちと勉強することもあるから思い知っている。ダニエル様やジェニー、レイモンドのような頭のよさは……私にはない。
「もう無理……授業が難しすぎる。レイモンド、先に帰ってて。学園内の図書館に寄ってく。もっと簡単な解説書を探してみる」
「嫌だよ、付き合うよ。部屋でも俺が教えるって」
「勉強が余裕な人を付き合わせたくない……」
「俺はそっちのがいいのに、仕方ないなぁ。図書館内の自習室にいるから、いい本が見つかったら呼びに来て」
「分かった……」
一応学園に入ってからのことを考えて勉強はしていたけど……キツイ。来年に学科別に分かれることを踏まえて、専門の内容がテストに入り込んでくる。
特に魔道具製造系が、もう……。
例えばこうだ。
『検知部には発振回路があり、魔導コイルから高周波の磁界が発生します。魔力の渦電流損が生じて発信が停止することを利用し、物体と魔力の有無を検知します』
日本語で言え!
……言われても分からないんだった。
もとい、アルティモス語で言えってやつだ。
嫌だー、勉強嫌だぁぁ!!!
あーあ。よく前の世界で当たり前に持っていた知識を使って異世界で成功みたいな小説もあった気がするけど、ただの中学生だった私ではね……。私がそれをできちゃったら、どんだけここの人の知的レベルは低いんだって話だよね。
頭のいい人たちには敵わないけど……レイモンドの婚約者として、私なりに頑張らないと。
学園内の図書館も、まるでお城のようだ。
館内でダンスパーティーでも始まるんじゃないかって感じに床もツルツルだし、天井画まで描かれている。黄金色の装飾も多い。高さもあって、その場で風魔法を使って浮きながら探してもいいので脚立は置いていない。
「じゃ、俺は自習室に行くね」
「うん……ごめん」
「いいよ、待ってるから」
レイモンドと分かれて目的のエリアへ行こうとして……私は気付いた。
今なら、レイモンドに知られずに恥ずかしい本を探せるんじゃない?
学園外の本屋にはジェニーたちと行くかレイモンドと行くかだ。立場が立場なだけに一人行動はしない。ここでもそうだ。すぐにレイモンドがついてきてしまう。
誰にも知られたくない本を探す自由が、私にはない……!
というわけで、今しかチャンスはないと考え直し心理学のコーナーに来てしまった。
うーん、「共依存」って意味の言葉はこの世界にないのかな。こんなに依存していていいのか心配なんだけど。『好かれたい私』の隣に『嫌われる覚悟』ってタイトルが……どっちだよって突っ込みたくなるよね。
恋人に依存してしまう危険性みたいなのはないか。
「はたして私は、正常なのか正常ではないのか……」
「すごいことを考えますね、アリス嬢」
「うわ!」
メイザーじゃん……勘弁して。
今、ものすごくレディらしくない声をあげた気がするけど……。
「定期考査を前に、ご自分が正常なのかどうかを検討しているんですか。さすがですね」
「……忘れてくれるかしら」
なんて恥ずかしい台詞を聞かれてしまったんだ……自分探しとかしちゃってる人みたいだし。
「正常ではないとお考えなんですか?」
だから突っ込むなっつの。普通はそっとしておこうって思うところでしょう。
「レイモンドに……おかしくなっているのよ」
「ああ、そうですね。以前、男性に練習台にされてしまうかもしれないと失礼ながら申し上げましたが……アリス嬢の周囲にはいつも誰かがいますし、レイモンド様が遠くにいる時はいつも視線を向けられていらっしゃる。あれでは誰も口説けませんね」
何ー!?
視線を向けてた!?
周囲を仲のいい子で固めておこうとは意識していたけど……レイモンドが「俺って愛されてるよねー」とか言うはずだ。
「とてもひたむきで、可愛らしい。レイモンド様が羨ましくなりますよ」
「……ひたむきという言葉で私を表現される日が来るとは思わなかったわ」
なんてこったい。
そんな乙女になっていたのか、私……。
「レイモンド様の……どこにそんなに惹かれていらっしゃるんですか」
え……なんなの。メイザー相手にのろけろと?
「あなたには関係がないかと」
「女性は皆、魅力にあふれている。誰もがそれぞれの輝きを放っている」
「はぁ……」
「でも……特別に誰かを好きになったことはないんですよ。もう十六歳だ、休暇には社交に参加するかもしれないし今後婚約があるかもしれない。貴族ですから愛する人と必ずしも結ばれるわけではないでしょうが……特別に思える誰かを一度も見つけられずに、というのは寂しいなと。アリス嬢はレイモンド様のどこに惹かれたんです?」
この人……そんなことを考えるタイプだったのか。社交は十六歳からで、学園に通っていれば参加しなくてもいいけれど特に長期休暇中は夜会に出る貴族の子は多いようだ。彼に婚約者はまだいない。これからメイザーには女の子が群がるはずだ。
うーん……なんて答えよう。
ジェニーから前に、魔女さんに拾われたって知っている人にはすぐに相談されるわよって警告されていたものの、まさかメイザーに……。
考えていると、指輪が発光を始めた。
「うわ……」
「あれ、その光は……」
「もうすぐレイモンドが来てしまうわね」
大人しく自習室にいられなかったのか。しょーもないな。
「追跡機能付きですか。随分と酔狂な婚約指輪をお持ちですね、さすがです」
酔狂!?
「え……これ、酔狂な指輪だったのかしら」
「それはそうですよ。気持ちが通じ合っている間は外れない機能も、だいたい付属している」
「……そうね」
「歳をとれば愛がなくなることも多い。目の当たりにはしたくないでしょう。追跡機能があると浮気もしにくいし、秘密の趣味も持ちにくい。そのうえ高額だ。よほど酔狂な貴族や富裕層でないと買いません」
レイモンドのご両親……酔狂な人たちだったのか。いや、お母様が卒業制作でつくったんだっけ。お父様、引かなかったのかな。
「そう……だったの」
「知らなかったんですか」
「ええ。ただまぁ……一般的かどうかはどうでもいいわね。機能は知っていたもの」
「そこまで想い合えるというのは羨ましいです」
どちらにせよ、はめていたはずだしね。
「アーリースー……」
ああー、レイモンドが来てしまったー……。
人を呪いそうな声を出しながら現れないでほしいよね。