144.ホタルの光に照らされて
夕食をとり早めの入浴も終えて、真っ暗な夜にレイモンドと二人で農業公園区に入る。入口の守衛さんにも昼間に許可はとってくれたらしい。なんでもかんでもレイモンド任せな自覚はあるものの、頼りたくなってしまうんだよね。暴走するよりはマシかと自分に言い訳をしている。
今回も生徒手帳を見せて中に入った。
「婚約した時のことを思い出すね」
いつもより可愛く思われたい。ぎゅっと手を握りしめてレイモンドの方へくっつく。
「そうだね、あれから約半年か……」
「早い? 遅い?」
「早いよね、やっぱり」
竹の小径を抜けて、木々に囲まれた池の側にくる。他に人はいない。一番すごい時期は終わったからかもしれないし……生徒手帳を見せたわけだから貸し切りにしてもらった可能性もあるの。ダニエル様の力まで借りていたとしたら恥ずかしいな。
「あ、光ってる!」
「もっと側に行こうか」
茂る木々の中には平たい石が順に敷いてある。月明かりの中、ひぐらしの鳴き声を聞きながら奥へと進む。
その声が響き渡っているからか、私たちの会話は少ない。
「この辺りに座る?」
「うん」
適当に座ろうとすると、いったんレイモンドに制止されてシートとクッションを敷かれた。
「……大きな袋を持っていると思ったらこれだったの……」
「ホタルを見るなら、どこかに座ると思ってさ」
「レイモンドのクッションは?」
「俺はいらないよ」
相変わらず、女子力が高いなぁ……。
セミの声だけが響く夜の闇の中で淡い光がふわりふわりと漂っている。違う世界に来たはずなのに、また違う世界へ二人だけで訪れたようだ。
さまようその光は規則性を感じられない。まるで人の魂……神様の光にも似ている。
この場所に主に生息しているホタルの名前はテオフィルスボタルと言うらしい。前の世界には……いない気がする。その名前には「神に愛されている者」という意味がある。ホタルには種類によって緑や白や黄色など光の色にも違いがあるけれど、光魔法の色に一番近いからかもしれない。
同じように、レイモンドって名前にも意味がある。
――賢明なる導き手であり、守護する者。
それが、この世界での彼の名前の意味だ。
ぴったりすぎて、あまり省略はしたくない。でも……。
「レーイ?」
初めて呼んだ愛称に、レイモンドが戸惑って目を大きくする。
「私を拒否しないでね」
「……するわけがないよ」
腰に回される手……分かっている。彼のするキスは結婚の誓いのように神聖で……今の私にはほろ苦い。
強がって柔らかく微笑んでみせて、彼にしなだれかかる。
「今も二人きりだよ? 話、ここでもできるとは思うけど……」
言った側から拒否してるし!
しないでほしいから、わざわざお願いしたのに。
「ここではしたくない。ホタルに集中したい」
「そっか……」
水が飲みたいと言えば、小さな水の玉を生み出して私の口の中に入れてくれる。私のも飲んでと言って生み出せば、嬉しそうに飲み干してくれる。
それなのに一度できてしまった距離は縮まらない。
暗闇の中、ひらりふわりふわふわと光が漂い続ける。
彼らは光で愛を囁く。光で存在を示し、光で応える。その暗がりの中で光がお互いに見えなければ、愛し合うこともできない。明かりを灯してはいけないし、決してここでは光魔法を使ってはいけない。神の愛を求めてはいけない空間だ。
――愛し合うホタルに囲まれて、私は密かに決意をより強くした。