142.保育園見学
「それでは、今日はお兄さんお姉さんと一緒にトンボさんを作りましょう!」
クラブ活動で、ブリアックさんともう一人の女性の先輩に連れられて保育園見学にやってきた。お昼寝時間もおやつ時間も終わったあとだから少し申し訳ない。今日は終わったらそのまま解散していいことになっている。
さっきの言葉はハンスだ。
いつものハンスはどこに行った!
ハンスの話を事前にしておいたら、快く私たちのグループはこの保育園の年少さんクラスへの見学と決まった。普段は別棟の魔法教育施設で実習生として参加しているらしいけれど、予備人員的位置付けなので、こっちにも先生が病欠の時などにヘルプで入っているようだ。
もう一人、女の先生も横にいる。
「皆さんの手元には、こんな形のものが置いてあると思います。ここに……よく見ていてね。ポンポンポンと、おめめを貼ります。あ! トンボさんになりましたね。黄色や緑、好きな色の丸い紙を貼って、格好よく、可愛くしていきましょう!」
ハンスがー!
影が薄くてやや陰気そうな雰囲気を持っていたハンスがー!
「分からないところがあったらお兄さんお姉さんにも聞いてみましょう。それぞれのテーブルの真ん中に、お手本も置いてあります」
今のは私たちに向けての言葉だ。
「それでは、始めましょう!」
人数は二十人くらいかな。魔法を封じられているだけあって多い。五人グループが四つなので、バラけて入った。私のところにはブリアックさんも一緒だ。
「糊使えるんだね、すごいね」
「うん、チョンチョンってつける!」
「へー、皆上手いね〜!」
「赤好き。赤つける」
「そっかぁ、明るい色だもんね。お姉さんも好きだな」
糊は特定の樹皮の分泌物を使ってつくられているらしい。
「とんぼさんには紐がついているんだね」
「うん。こっちの棒についてる」
「本当だね。ゆらゆらーって揺らすのかな」
「ゆらゆらー」
「わぁ〜揺れたね。可愛い!」
平和だ……。
適当に言葉を返すだけで過ぎていく……。
「慣れてる?」
言葉少なにブリアックさんに聞かれた。
「レイモンドと魔法教育施設に何度も見学に行きました」
「ああ……他に行くね」
ここは大丈夫だと思ったんだろう。ダミアンのところに向かった。
レイモンドのところからも先輩が抜けてフルールのところへ。同じように慣れていると思ったんだろうけど……フルールのところで少しゴタゴタがあるっぽいなぁ。
「違う! 違うの!」
「何が違うのかな」
「違ったの!」
ああ……きっと何かが違ったんだろう。
赤を貼ろうと思ったのに緑を貼ったとか。目を貼りたい位置から少しズレたとか……。
「もう一回!」
「もうくっついちゃったから破れちゃうかもしれないけど……」
「よぉし、特別に先生の目がついたトンボさんをあげちゃおうかなぁー。この子を格好よくしてみよう! どの色にしようか。先生は、これかこれかなー」
「青にする」
「よぉし、青を貼ってみようか」
ハンスが入って落ち着いたようだ。
まぁ、色々あるよねー。
子供だしねー。
「トンボさんできた!」
「できたね、すごい」
「トンボさんの歌、歌えるの」
「へぇ〜どんな歌だろう」
「ぴっかぴかおめめ! とんぼのおめめ!」
歌いだしちゃったけど、これうるさいよね。他のグループの邪魔だよね。
「すごいけど、今はお歌の時間じゃないから、やめとこっか。家ではよく歌うの? ママも褒めてくれるの?」
話題をそらそう。
――こうして、保育園見学は私にとっては平和に終わった。
◆◇◆◇◆
「では、今日はこれで終了です。テスト週間に入りますので次回が前期最後です」
保育園の前でブリアックさんに挨拶をされる。
「次回に引き継ぎもありますので、ご参加ください」
「はい、ありがとうございました。先輩たちがいなくなるのは不安もありますが、頑張ります」
「はい、後期の見学もこんな感じですから心配はないですよ。既に日付も決まっています。学園祭準備でもまた会いますしね。ではまた次回に」
保育園の門の前で解散する。
私たちは先輩二人を見送ってから……暗い表情をしているフルールを全員が見る。レイモンドが声をかけた。
「フルール嬢、大丈夫?」
「……はい」
どうして……ただレイモンドが彼女を見て心配そうにしているだけなのに、嫉妬してしまうんだろう。
雑念を振り払い、フルールに声をかける。
「フルールさん、少し話でもしましょうか。嫌でなければ……」
「は……い」
保育園から少し離れた通りのベンチに座る。
彼女が話しだした。
「私……幼い頃は保育園に通っていたんです。父も男爵位をいただいてはいませんでしたし、当時まだ生きていた母は他の子供たちとの関係性も大事だという考え方で……。園の先生は優しくて憧れで……他の貴族の方とのつながりも父は持とうとはしませんし、貴族の誰かの妻になろうとするよりも、普通に保育園の先生になりたいな、なんて思って……。私はもしかしたら、父の代わりに子供に必要だと思われたかったのかもしれない。私の承認欲求のために子供たちを利用しようと考えていたのかもしれないって……」
基本的に子供は自分勝手な生き物だ。ただ慕ってくれるだけじゃない。
それを、さっきので痛感したのかな。
「そうね……その時の気持ちだけでパッと動くのが子供で、大事に思われているのが当然だって信じているのが子供で……信じられていることに嬉しくなることはあっても、ものすごく面倒なのも子供で……でもあとに残るものは大きい。記憶には残らなくても一生の宝物になる何かを与えられる職業だと思っているわ」
「ええ……」
「フルールさんの考える物語はとても面白かったし、絵もとっても可愛い。その努力は本物で……きっと、子供たちのことを一番に考えられる保育士さんになれると思う。私はそう思う」
「ありがとう。少し……考えてみる」
「ええ。気持ちが整理できないこともあるわ。私たちもまだ子供! 結婚はもうできちゃう年齢だけど、まだまだ悩むこともいっぱいある子供よ」
「そうね」
元気なさそうに笑って、彼女が立ち上がった。この土日の間に立ち直るといいなって思う。
彼らが立ち去っていく。私たちは中央区だから反対方向だ。ため息をついて遠くなった背中を見送る。
「心配だね」
そうだよね。私がフルールのことを心配していると思っているから、そう言うよね。
「うん……心配。あれでよかったかな。私、追い詰めていないかな」
「あれ以上の言葉は俺も思いつかないよ」
本当は違う。
レイモンドの気を引かないでって。心配させないでって。私の自分勝手な気持ちで慰めていた。
「私は駄目だな……」
「時間が必要だよ、きっと。誰が何を言っても、突然明るくなったりはしなかったと思うよ」
食い違う会話をしながら、手を繋いで帰る。
――きっと今日も深いキスはしてくれない。