137.忍者?
扉から出ると、ユリアちゃんとカルロスがこちらを向いて立っていた。
あー……説明したほうがいいか。
「あのね、魔法の特訓をしていたの。で、動きやすい服にって話で、私の服を強制的に貸したの」
「そうだったんですか……印象が変わりますね」
たったこれだけの会話の中で、カルロスの視線が一瞬私の太腿にきて、レイモンドに睨まれたのかヤバいって顔をして視線をそらした。
……太腿って、思ったより男性の気を引いちゃう? オーバーニーソックスを履いているのになぁ。
「魔法の特訓をしていたんですね。どんなですか?」
ユリアちゃんに聞かれる。そういえば、言ってなかったっけ。
「目をつむりながら、レイモンドにぴょこぴょこ土を盛り上げてもらって、気配を察知して叩くの。簡単にできるようになったら、今度は距離をとって察知する練習かな」
「面白そうですね」
「小さい裏庭もあるし、今は誰もお風呂に入っていないから露天風呂の庭もあるし、どっちかでやったらどうかな」
二人が顔を見合わせて、頷き合った。
露天風呂には、前にダニエル様と偶然会った休憩場所の裏庭にある扉からも入れる。元々は旅館だったみたいだし、職員が手入れをしやすくするためだろう。鍵はニコールさんから借りなければならないけど。
「そうですね、俺たちもやってみます。騎士学校で近いことはしましたが、遠くからの攻撃察知とか、そっち方面でしたから」
ああ……あのドッチボールもどき、そんな訓練の一つだったのかな。
「私はレイモンドに話があるから、行けたらあとで行くね」
え、という顔でレイモンドが私を見る。
「それでは俺たちは行きますね」
彼らを完全に見送ってからレイモンドに聞かれる。
「話があるの?」
「うん。さっき、ジェニーに見惚れていたよね」
我ながら、あり得ない発言だ。勝手にロリセクシー服をジェニーに着せておきながら、何を言ってるんだと。
「え……いや……」
しかし、もやもやしたままも気持ち悪い。呆れられてもいいから不満だけは伝えておこう。
じとっとレイモンドを見る。
「いやいや。珍しい服を着ていたら、そりゃ見るよね……」
「でも見惚れてた。私より似合うよねって」
「ちょ、あの服着たことないよね」
「勢いでソフィに今回は冒険してみましょうって言われて買ってもらったやつ。軽く後悔して結局着ていない」
「それもあって驚いたんだよ」
「でも、めっちゃガン見してた」
ええ〜と困ったように髪を触るレイモンドの脳裏には、あのジェニーの姿が焼き付いてしまっているのだろうか。
どう考えても難癖をつけているのは私だ。ここからどうしたらいいのか……。悲しかったなって甘えておけば許されるかな。他の子を可愛いと思ってもいいって言ったじゃんとか怒ってくれたっていいのにな。
「ア、アリスだってさ、ダニエルが忍者の格好をしていたらガン見するよね?」
忍者!?
「そりゃ……見るけど……」
「同じだよ。ダニエルの忍者と同じ!」
「ダニエル様の忍者は別にセクシーではないんじゃ……」
着てもらわないと分からないけど。
「俺もセクシーだから見ていたわけじゃないよ。珍しいから! 襲いたいのはアリスだけだって」
そんな堂々と……。
「ダニエル様の忍者と同じなの……?」
「そうだよ。ダニエルの忍者と同じだから!」
私たちは全く気付いていなかった。
「レイモンド……忍者ってなんだ」
ダニエル様たちがすぐそこまで来ていたことに。
どうしよう!
どうしよう!
レイモンドも困っている。
「ち……諜報活動をするのが任務の密偵かな……」
「そんな言葉は知らないが。私の忍者とはなんだ」
あー、レイモンドが苦悶の表情を……ここは私がなんとかしよう。
「そんな言葉はないの。私たちの造語なの」
「造語……?」
「私たちの間だけで通じる造語。誰にも通じない言葉を考えて二人だけの世界をつくって暗号みたいな会話をする痛々しいお遊び。だから内容も気にしないで。他にもそんな言葉はたくさんあるけど、他の人には知られたくないから忘れて」
「………………」
そんな……本当に痛々しいですねって顔をしなくてもいいのに。
「ジェニーたち、出てくるの早かったね」
「そうね。やっぱり着替えることにするわ。これは洗って返させてちょうだい」
「あげてもいいけど……」
「気持ちは嬉しいけど、遠慮させてもらうわね。特別なお遊びを邪魔して悪かったわ」
そう言って、二人が二階へと上がっていく。
……二人?
ダニエル様は着替えるまで廊下で待つのかな。なんで? あそこで待っていてもよかったのに。ジェニーがあの姿だから一人で行かせたくなかったのかな。今もそこはかとなくジェニーを隠していたよね。会話が気になるなぁ。絶対に前より距離が近い。
「それで……どうする? 俺たちは」
「そんな不自然にジェニーを見ないようにしなくてもよかったのに」
「……誤解されたくないしさ」
やっぱり好きだなぁ。
さて、このままユリアちゃんたちのところへ行ってもいいけど……。
「ま……んっと、エリリンのところへ行く」
いつも魔女さんは、私たちが学園へ行く時と帰る時だけは必ず姿を現してくれる。それ以外は引っ込んでいることが多い。
ユリアちゃんとカルロス、ジェニーもエリリンさんと呼んでいて、レイモンドは番人さん、ダニエル様は番人と呼んでいる。今は私たち以外誰もいないけど、皆が来れる場所ではエリリンと呼んでおこう。
……さっきみたいに、気付かないうちに聞かれていることもあるしね。
「俺も行ってもいい?」
私がソフィと二人で話して機嫌が直ってからは特に、こうして申し訳無さそうに聞いてくることも多い。
私が行く場所に必ずしも一緒に行くわけじゃない。それぞれ一緒にいられるはずなのに別行動をすることも多いのが学生で――、そんな生活が当たり前になったこと。そして、あれから見えない壁がレイモンドとの間にあるように感じて寂しくもなって……。
「いいよ」
そう言って、私から軽いキスをした。つい「今週の私からの分」なんて可愛げもなく言ってしまったのは、ジェニーを凝視していたレイモンドを思い出してしまったからかもしれない。