132.注意と予感
「アリス、早かったね」
脱衣所から出て、もう外は暗いなーと思いながら廊下を歩き一階ラウンジ近くまで来ると、レイモンドとカルロスが座っていた。
ってことは、あそこにいたもう一人はダニエル様か……。
「レイモンド、今から部屋に来るの?」
「ああ、行くよ」
カルロスに礼をされる。なんか、ぽやーんって顔をしているなぁ。ネグリジェ姿の私が珍しいのかな。ただのワンピだけれど、ロリロリふわふわではある。
レイモンドと一緒に私の部屋へと入る。
ガチャンと彼が鍵を閉めた。
なんで閉めたの……注意してからすぐに立ち去るんだよね。
「それでね……アリス。外で体について想像されてしまう発言はやめてくれるかな……」
はしたないよね……外だって意識が完全に抜けていた。ジェニーにも悪いことをしてしまった。
「反省してる。ごめん」
「カルロスは外にいたんだけどね、注意すれば内容も聞きとれるくらいだったって。魔女さんの力でいくら気付かれにくいとはいえね、ダニエルたちの護衛がここを見失っては困るし緩いんだ。ジェニファー様の声はほぼ聞こえていない。次からは俺たちと時間帯がかぶらないようにはするけど、これから入るならそれくらいに抑えておいて」
さすがジェニー。壁までの距離を見てそこまでの声の調整を……。カルロスが外にいたってことは、もしかしてレイモンドによるお願いで見張りでもしていたのかな。いや、将来の王妃様が無防備な姿で屋外にいたわけだし、護衛が外にもついていたのかもしれない。カルロスはそこにお邪魔していたのだろう。……レイモンドの意思は絡んでいそうだけど。
そのまま部屋から出るかと思いきや、身体を持ち上げられる。
「ま、待って待って、離して。もう用は済んだでしょ」
「全然だよ」
ベッドによいしょと降ろされる。レイモンドも隣に座った。
「何、どうしたの」
「何って……あっちにいた時は毎晩夜にアリスの部屋まで行ってたでしょ」
少し前のことなのに信じられない気持ちだ。だってネグリジェだしベッドだよ? 頭おかしいよね。麻痺していたとしか思えない。どうして襲われなかったんだろうくらいの気分に……。
何かが起きそうな気がして心臓がバクバクする。
「最近のアリス、変なことを考えているよね」
エロいことですか!
そんなの、レイモンドがあんなキスをするし、あの時は手が潜り込んできたし仕方ないじゃん!
「胸が小さいアリスと大きいアリスを選ばせようとするし、更衣室を出たあとにもエロ本がどうとか言ってたし、それにさっきのも……ずっと好きだと言い続けているのに、どうしてそんなに俺の好みがアリスとは別にあるような言い方をしたり、自信がないような発言をするの」
なーんだ、そんなことかぁ。
ここのベッドの横には椅子を置いていない。黙っていると、「久しぶりに腕枕でもしよっか」とゆるゆる倒された。
こんなにくっついて……大丈夫なのかな。でも……優しくレイモンドが髪をとくから、ドキドキはするものの安心してしまう。
「こっちの世界……可愛い子が多すぎる。レイモンドだって、あんなにたくさんの年頃の女の子と接するのって今までなかったんじゃない? もっと私がこうだったらなぁとか普通は考えるよね。自信なんて元々ないけど、もっとなくなる……」
「……はぁ。何を言いたいのかは分かるよ。あのね、正直胸はね、他の男の気を引かないようにもう成長ストップでいいと思う」
「――え」
「むしろ、えぐれていてもいいと思う」
「えぐれ!?」
そんなにどうでもよかったの!?
「最初から気にしていたもんね……。もう少し突っ込んで聞いておくよ。なんで大きくしたいの。他の男にアピールしたいわけ? 触りたくなりませんかって」
なんってひっどい質問を堂々とするんだ! そうか、こんなにくっついているのは、このとんでもない質問から私を逃さないためか!
「全然……」
「だったらなんで」
こんな質問を至近距離で真面目な顔で問い詰められる日がくるとは……胸のことなんて気にしなければよかった。
「う……レイモンドにがっかりされたくない……からかな……」
「それにしては最初から気にしていた。本音は?」
そういえばなんでだろう……女の子の象徴って感じがするからかな。でも、レイモンドがそれでいいって言うなら、だんだんとどうでもよくなってきたような……。
「大きい方が魅力的な感じがするからかな……だんだん、どっちでもいい気がしてきた。レイモンドが他の女の子に目移りしないならだけど……」
「しない。えぐれていてもいい。アリスがどうしても大きくしたいなら方法を探るけど? 胸の成長が止まった女性の使用人を、特定のマッサージをするグループとしないグループに分けて食生活や運動量も変えないようにしてもらいながらサイズの変化を調査するとか」
変態だー!!!
「それ、ド変態って思われるんじゃ……」
「そうだね。さすがに目的はアリスのコンプレックスの解消にさせてもらう」
「心底どうでもよくなってきた……」
私のイメージがガタ落ちだ。そんなことをさせる人だと思われるくらいなら、えぐれていた方がマシだ。使用人の胸のサイズの調査をする辺境伯息子も酷すぎる。そんな訳の分からない存在を生み出してはいけない。
「もうそっちはいいや。それなら、フルールさんについてはどう思う? 幸薄い雰囲気が漂っているよね。可愛いし守ってあげたくならない?」
「あれ、嫉妬してくれていたんだ」
うるさいな。
「アリスの仲よかった幼馴染の子に雰囲気は似ているよね。唯一漢字を聞かれた子にね」
「……レイモンドもそう思ったんだ」
「幸薄い子は一定数いるよ。そんな子が少なくなるような施策を講じていく必要はあるだろうけど、誰も彼もを救うことはできない。俺が腕の中に縛りつけて幸せにしたいと思うのは、アリスだけだよ」
だんだんとレイモンドの腕の中で安心感が胸の内に広がっていく。
このサイズの胸だと横になると潰れてぜんっぜんないようにも見えるし、もう絶対いつかレイモンドとそうなった時にガッカリされると寝る時に思っていたけど……えぐれていてもいいならいっかぁ。
なんだか、気が楽になってきた。
「アリスは不用意な一言が多いからな……もう少しだけ注意しておこうかな」
「……既にしっかりと反省したんだけど」
「アリスだってさ、目の前にものすごく欲しくてたまらないものがあってさ」
「え?」
「それを持っている相手が大したものではないなんて言ってたら、だったら自分にくれよって思うよね」
「それは……まぁ……」
なんの話だろう。
「アリスがまだって思うなら俺も我慢するけど……貧相だって言うくらいなら、今すぐ俺にちょうだいよ」
あ……またこの瞳……。
枕にしてもらっていた腕がスッと抜けて、上に跨がられる。狩られる獲物になった気分だ。身体の芯から熱くなるようなキスに、思わず震える。
「こんなとこで……やめて……」
合間の私の呟きにその動きを止める。
こんなところじゃなかったらいいのかと聞かれたら、どう答えていいのか分からない。
「俺が欲しくて欲しくて仕方がないもの……自分の価値に気付かないのは罪だよ」
彼の前にいると、自分がとっても価値のある大事な存在になった気になる。出会った時からずっとそうだった。私がそう思っていないことを咎められて、胸が苦しくなる。
いつもの顔に戻ったレイモンドが離れ、いつものように私に言う。
「それから……その格好で部屋の外をうろつくなら、ちゃんと上着を羽織って」
「……ワンピと同じくらいの露出度じゃん……」
「寝衣だよ? それだけで脱がせたくなる。水着も、買ったら皆の前でお披露目する前に見せてね」
「過保護だね……」
「……アリスは思うの? 他の男を見て、俺がもっとこうだったらなとか。ここがガッカリだなとか」
「え……」
「自分が思っちゃうから俺もって考えるの? しつこいのも粘着質なのも過保護なのも自覚しているよ……ごめんね」
返事も聞かずに、彼が立ち去っていく。
もしかして……今まで私の言葉で傷つけていた?
「思わないよ。そのままでいい……」
私の答えを聞く相手はもうここにはいない。
いつもの部屋が、一人では広すぎる気がした。