126.クラブ活動
月曜日の昼食休憩時間になり、藪から棒にジェニーに話しかける。
「ジェニー、私……最近鍛えていないのよ。お腹周りや二の腕が前以上にややふっくらしてきた気がするの」
「そ……そう。まさかクラスでそんな話題を出されるとは思わなかったわ」
「体操をしてウォーキングをして、たまに軽く鍛えるクラブでもつくらないかしら。ねぇ、六人集めましょうよ」
早速、勧誘する。
「いきなりな話ね。頭がついていかないわ。部屋で鍛えるのは確かに限界があるし、どうしようかしら……」
部屋で鍛えているんだ!
さすがジェニー!
「も、もしつくられるのなら……私も参加しては駄目かしら」
相変わらずレインボーな髪のオリヴィアさんが遠慮がちにそう言う。
「あら、いいの? ユリアちゃんとレオニーさんも誘いたいのだけど、それでもいいかしら」
「もちろんですわ。アリスさんとはもっとお話したかったのよ」
「……アリス、もう決まってしまったようなものじゃない」
「そんなわけで、ユリアちゃんたちも参加してくれるのかしら。無理ならいいわ」
名前に反応してこちらをじっと見つめていた前の二人に聞く。
「いえ! もう一つをどうしようかと思っていました。参加させてください」
「私もです」
よしよし、これで五人。
「あ、の……私もアリスさんと仲よくなりたいとずっと思っていて……」
おずおずとフルールがこちらに来る。
まぁ、そうだよね。私の情報収集のためにもレイモンドと踊ったんだもんね。
「いいわよ。それじゃ、六人決定かしら。ジェニー、どう? さっきは悩んでいたけれど」
「参加するわよ。まったく……アリスらしい手際ね。タイミングを狙っていたわね」
「ありがとう! それではメイザー様、手続きの方をお願いしますわ」
「はい。会話の内容からそう言うと思って、ここに残っていたんですよ。用紙を準備しておきますね。今から会長にも会えたら話を通しますよ」
「ありがとう。よろしくね」
レイモンドの方を振り返る。
私たちの会話が終わるまで、ダニエル様たちと残ってくれたようだ。分かっているよと頷いて、手をあげて彼らだけで食堂へ向かった。
「じゃ、私たちも今日は一緒に食べましょうよ。約束がある方はそちらを優先して」
そう言って立ち上がる。
もしかしたらこれから、学園での食事も別になることが多くなるのかもしれない。学園生活を充実はさせたいと思っていたけど……やっぱり少し、寂しいな。
◆◇◆◇◆
そうして、翌週からクラブ活動が始まった。
さすがに運動もするし、更衣室で着替える。それなりに広い部屋だ。レイモンドたちも筋トレクラブのために着替えるから、途中までは一緒に来た。男女の更衣室は隣り合っているからだ。
「学園指定の運動服って派手よね」
赤と白と金が混じり合っている。
体育の授業はないものの、体育大会のようなものが一年生だけあるし運動系クラブ活動のためにも用意されている。魔法を使用する実技の授業の時もたまに使うけれど、まだ別部屋で軽く女子だけがスカートの下にこの短めのハーフパンツを念のためと履くだけの時しかない。汗をかくほどのことは、まだしたことがない。
「アリス、すごい早さで着替えたわね……さっきまで制服だったわよね」
そりゃ、チンタラしていたら男子がクラスに戻ってきてしまう早着替えを前の世界ではしまくっていたからね。特に貴族は使用人に普段は手伝ってもらうしね……。私も白薔薇邸ではそうだったけれど、やはり体が覚えているものだ。
まだ皆は脱ぎ中だ。くっそう、どうしてそんなに胸が大きいんだ。
「悪いけど、レイモンドの運動服姿を見たいから先に廊下に出ているわ」
「ああ……そのために早かったのね。分かったわ」
貴族服も格好いいけど、それは何度かは見ている。やっぱりいつもと全然違う姿は見たいよね。他の通りがかった女の子がレイモンドの運動服姿を見て私だけ見れないなんて、気に食わなさすぎる。
手を振って急いで廊下に出る。
うーん、もう行っちゃったってことはないよね……。
中庭からの陽射しに照らされながら、廊下の隅で待ち伏せる。
あーあ、胸の大きさって皆気にしていないのかな……私だけ? 更衣室で制服を脱ぐとよけいに分かりやすいよね……その歴然とした差が。
結局、レイモンドの趣味は分かんないままだったし。あ、この世界ってエロ本とかあるのかな。そーゆーところに趣味って出るよね。密かに部屋を漁ったりとかできないし……寮の中に持ち込まれていたりは……。
「アリス! 何してんの、こんなとこで!」
あ、レイモンドたちが出てきた。さすが男子。早い!
「運動服を着たレイモンドが見たくて待ってた」
「え……それは嬉しいけど、もっと前に寮とか隠れ家で言ってくれたら見せたし! ここ、更衣室から出てくる男子がいっぱいいるんだよ? そんな格好で待っていないでよ」
「普通の運動服だけど」
「はぁ……足がいつもより見えるじゃん……」
そんなの普通でしょ……。前の世界でも体育の授業で普通に見せていたけど、絶対誰も何も思っていないって。
うん……運動服姿のレイモンド。部活してる人って感じ。学生っぽくていいなぁ。私の恋人なんだからねーって気分になる。
「はいはい。レイモンドを見たから満足した。中で皆を待つね」
「待ってよ、さっきものすごく深く何かを考え込んでいたよね。何考えてたの」
「もー! ダニエル様たちを待たせないで」
思いっ切り、ダニエル様とカルロスとダミアンが聞いている。他に廊下に人はいなかったけど……また更衣室から違う男子が出てきた。
職員も廊下の片隅で警戒のために立っている。貴族の娘さんが中で着替えているわけだしね。
「ジェニファー様たちが出てくるまで少しここにいるよ。それで、何か悩んでたの?」
「すぐに来るし。こんなところでは絶対に言えないようなことを考えていただけだから気にしないで」
「気になる……! 少しの間、皆ここで待っていて」
「だろうな。行ってこい」
早くジェニーたち出てきてー!
五メートルくらい離れたところに移動して、また聞かれる。
「ねぇ、なんだったの。俺を待っていたにしては下を向いて考えこんでいたよね」
「しつこい……」
「アリスのことはなんだって知りたいんだよ」
離れると寂しいけど、一緒にいるとややウザ気味だよね。もういいや、少し後悔をさせてあげよう。
囁くような小さな声で彼の耳元で答える。
「この世界にエロ本ってあるのかなーって」
あ、天井を向いたあとに項垂れるように肩にレイモンドの顔が降りてきた。
「聞かなきゃよかった……」
あれ、気付いたらジェニーたちが出てきているじゃん。どう見てもこれ……イチャイチャしちゃっているでしょ、私たち。
「ほら、ジェニーたちが出てきたから行こう。今度レイモンドが隠してるやつ見せて」
「隠してない……」
「それなら趣味のやつ買ってから見せて」
「絶対嫌だ……」
脱力しているレイモンドの手を引っ張って、皆の元へ戻る。
「アリス……? 向かってもいいのかしら」
「ええ、裏庭で軽く動きましょう! それじゃぁね、レイモンド」
「ああ……男は近づけさせないでよ……」
まったく、人の心の中まで探ろうとしないでほしいよね。
「さぁ、目標は明日の筋肉痛よ!」
「アリスらしいわね」
話しながら裏庭へと移動する。
体操して、腹筋と腕立てくらいはしておく? あとは早歩きとか……階段昇降とか?
そういえば入学パーティーの小ホールでの適当めちゃくちゃダンスも翌日筋肉痛になったんだよね。あれも楽しく鍛えられるかな。
「音楽があれば……」
そう言うか言わないかで、突然聞き覚えのある音楽が校舎から鳴り響いた。