125.アリスから深く……
四月も末となり、休日にレイモンドとものすごく広い公園の中で遊んでいる。
「ねぇ……レイモンド、お願いがあるんだけど」
「うん、いいよ。なんでも聞いちゃう」
「夏休み中に魔獣を見に行きたい」
「えー……」
なんでもって言ったじゃん。
「あそこに住んでいたのに見たことがないのもなぁって」
「平和だからねー。街まで来ないし、来てもあっという間に浄化されちゃうしね。仕方ないな、騎士にも同行してもらってチャッと魔女さんのいない森に行くかぁ……。で、それはメイザーの影響?」
「う……」
あの会話のせいだって気付かれないように、そこそこ時間が経ってから切り出したのになぁ。
「やっぱりなぁ、アリスは分かりやすいよね」
「今はあんまり話していないし、いいじゃん。席を交代してもらって、ユリアちゃんにターゲットが移っちゃったけど」
「う……ん、そうだね……」
ユリアちゃんは男性慣れしていないようで、非常に可愛らしく困っている。でもそこまで嫌そうではないし、突っ込んでいいのかよくないのか……いつか聞こうと思ってはいるものの、踏み込んでいいのかも分からない。
「また行き止まりだね!」
「アリス、行き止まりなのに楽しそうだね……」
私たちが歩くのは公園の迷路ゾーン。入口から出口まで、芝生の上に橋があったり分岐路がたくさんあったり門があったりとものすごくオシャレだ。さすが芸術の国!
出口に辿り着けなくても飛べば脱出できる。だからこそ難易度は高い。
「レイモンドが行ったことのない場所に、ずっと一緒に行きたいって思ってたんだ。二人で迷えるなんて、ものすごく嬉しい」
「あー、幸せすぎて俺、おかしくなりそう。ここで襲ってもいい?」
「駄目に決まっているけど、もしいいって言ったらどうする気なの」
「襲う。俺、チャンスは逃さないタチだから」
「相変わらずひっどいね……」
入学パーティーのあの日から、たまに冗談めかしてこんなことを言ってくる。たぶん……私の心の準備を促している。
姑息すぎて目眩がする。
「そういえば、水曜までにクラブ選択をしないといけないよね。アリスはどうする?」
「保育技能向上クラブだけにしようか迷ってる。レイモンドは、もう一つ選ぶの?」
「さすがに体をあんまり動かしていないからな……ダニエルと男限定の筋トレクラブに入ろうかなって。早朝トレーニングは朝に屋上でやっているけどね。男三人で」
「そうだったんだ……」
私はこっちに来てからというもの、まるで何もしていない。そこそこ筋肉を使うダンスのためにも白薔薇邸では鍛えていたけど、今はさぼってしまっている。
クラブは本格的なのが金曜の授業後にあり、軽いのが月曜の授業後だ。どちらも自由参加で、参加せずに帰ってもいい。保育技能向上クラブにレイモンドと入ることはもう決めている。
他にも部活動が存在するものの、保育系はないし放課後の時間も拘束されるので参加する気はない。
「休日に適当に場所を借りてダニエルやカルロスと軽く手合わせもしているけど、足りないしなー。剣技とかそっち系のクラブはダニエルがいると他の生徒がやりにくいし、俺と一緒のがいいって……あ、今のは聞かなかったことにして」
休日にいない時があるのは、そのせいだったのか。男同士でも遊んだりするよねと温かい気持ちで見守っていたけど、鍛えていたとは……。
それにダニエル様、レイモンドがそんなに好きだったのか!
私も動いた方がいいよね。でも本格的には嫌だし、ウォーキングとか……。
「ジェニーと新しいクラブ、つくろうかな」
「つくるの!? え、どんな! あ、もしかしてコスプレクラブ!?」
「私をどんな目で見てるの……女子限定のウォーキングクラブとかで校庭を休憩しながら歩いて終わるようなの」
「ゆる……」
「六人いればいいもんね。集めて生徒会に申請しちゃおうかなぁー」
「アリスって行動的なのかそうじゃないのかすら、よく分かんないよね……」
生徒会は物語だと偉い人がやっている印象だけれど、ここでは違う。大変な雑用は将来大変な雑用をする人がすべきだよね精神なのかなんなのか……国王様の執事の息子とか、近衛騎士の息子も入っている。メイザーも書記だかなんだったか忘れたけど入っているはずだ。
立候補がかぶると選挙になるものの、予め根回しがされるのか人数分が綺麗に埋まり、そのまま挨拶となるのが慣例のようだ。
「今ので思い出したよ。そういえばコスプレをしてって頼まれていたっけ。博士の衣装を探した方がいい?」
「忘れてって言ったのに。それに博士の服は歌のお兄さんが着ていただけ! あの時は、暗殺対象者を好きになってしまいました設定とかで口説かれてみたいなーとか考えていたような……」
「むず!!!」
こんなレイモンドの顔、初めて見たかも。
「待ってよそれ……真面目な顔して台詞を言うのって無理なんじゃ……いや、台本を用意して何度も練習すればできるのか……? まず台詞を考えるところからキツイ……」
「レ、レイモンド……?」
「いや、やらなきゃアリスに嫌われると思い込めばかろうじて……」
「レイモンドー! もういいからー!」
「あー、できる気がしない……アリス、なんか交換条件をちょうだい。やったらアリスがすっごい台詞を吐いてくれるとか」
どんなんだ!
「そんなに真剣に考えないで……ふと思っただけだし。私も笑わずにいられる自信がないし」
「えー、笑われたらショックだな」
「だから、やらなくていいの! もー、忘れてって言ったのに!」
アホアホ会話をしているうちに、また行き止まりだ。わざとらしく建てられた小さな小さな塔の中は、入ってもただ壁になっているだけ。
戻ろうとしたものの、レイモンドに手を引っ張られた。
太陽の光が遮られる。
壁にトンと体を押しやられ、いとも簡単に距離を詰められる。そこだけが薄暗くなったその場所で獲物を狙う赤の瞳が細められ――。
「殺す気はなくなってしまったよ、君のこと」
なんか始まったー!!!
ドン引きしている私にお構いもなく、噛みつきそうな鋭い瞳が間近に迫る。
「君を殺せと依頼した人間は全部殺してやるよ。そうすれば全てなかったことになる。組織ごと燃やしてやる。町ごと全部火の海に沈めても――、俺は君を手に入れる」
イカれたようなその瞳に、いきなり何言っちゃってんのこの人と思いながらも身体中が興奮していく。あの日から私もおかしくなっている。深くまで欲しくて欲しくて仕方がなくなって……。
「拒否しないでよ。拒否されたら俺はきっと、この世界の他の全ての人間を焼き尽くすよ。世界で二人だけになれば俺しか選べないだろう? 君に許されるのは、ただこの愛を受け入れることだけだ」
彼が私の頬を撫でながら、艶っぽい声で私を責める。
「アリス、君は入学式を迎えてから俺との約束を破り続けているよね」
「――――え?」
「婚約した日、全部素直に白状したら週に一度は自分からキスしてあげるって言ったのに、ここに来てから忘れ続けている」
「あ……」
「いつ思い出してくれるのかと待っていたんだけど……ねぇ、アリス。今の俺、頑張ったよね。どんなお返しをしてくれる? まさか普通の……なんて、言わないよね」
征服されたくなる……この人になら何をされてもいいと感じてしまう……どうしてこんなに……。
ここが公園でよかった。
――自分から深く求めにいくキスの熱さに、何もかもを狂わされてしまう。