124.魔法の授業
翌日の日曜日は、ほとんど寮で過ごした。
屋上に皆と出てみたり、王都のマップをにらめっこしながら行ってみたい場所を言い合ったり。ニコールさんのご飯に舌鼓を打ったり。
隠れ家でも、午後にソフィやハンスとお話をした。ハンスのお仕事は私たちの授業開始と同じ日だ。
レイモンドは私が怒っていないか少し心配そうだった。反省してますといったふうに、あそこまでのことはしてこない。親善試合の翌日と似たような感じだ。
入学パーティーのお陰で、クラスの中では仲よしグループができていた。平民グループと貴族グループに当然ながら分かれる。私はほとんどジェニーといるけれど、オリヴィアさんやフルール……他の貴族の子とも話すことはあり、お互いに様付けはしなくなった。
貴族と平民の子、どっちともよく話す女子は私だけかな。上手く仲を取り持てればいいなと思う。
授業も、なんとかついていっている。
まだ全員が普通科だ。各地の特産品や販路といった基本的な知識、魔石を研磨する作業、何かしらの効果のある薬草をすりつぶしたり、科学実験のようなことをしたり……志望する学科を来年度選ぶための授業も多い。
保育に関することでも、月齢ごとの発達についてや日光に当たらないとクル病になって骨が弱くなるといった基本的なことも習う。いずれ子を持つことを考えてか、保育科志望ではない生徒も真剣に聞いていた。
そして今日は……解剖実験だ。
いやもう、勘弁してよ。魔道具造形学科や魔法環境資源研究学科に入りたい人だけにしようよ……。ま、解剖っていうか、ぶった斬るだけらしいけどさ……。
「皆さんの元に小さな魔物、ベビーワームが行き渡りましたね」
アミアミのカゴに入れられた、うねうね動く黒い……ミミズもどき。マジ逃げたい。
「この子を取り出し、こし器の上で先ほど配ったナイフで切ってくださいね。中の透明な液体を取り出せたら、ジェルと混ぜて爪に塗ってみましょう。塗った手を動かして魔法を使用できなくなっていたら成功です。魔法は精霊さんにお願いしてくださいね。こちらは製品とは違ってタオルで拭きとれるので、終わりましたら実験結果を用紙に記載して提出してください。浄化もしてあげてくださいね。それでは開始をお願いします」
魔法を封じる爪化粧の材料……魔物の体液が使われていることは家庭教師から習いはしたけど……。
はぁ……はぁ……はぁ……。
いやぁぁぁ〜、キモイー!!!
はぁ……はぁ……はぁ……。
私の爪に体液がぁぁぁ〜!!!
ああ〜手首まで伝ってきたぁ!
「アリスさん……顔がすごいわよ……」
「知っているわ……」
オリヴィアさんを涙目で見てから、塗った左手で水魔法を使ってみる。
精霊さん、水の珠をちょうだい……本当だ!
出てこない!
幼児さんは無意識に精霊さんに頼んでいるから、爪化粧で魔法を封じることができるらしい。
命の危険が迫っていたり仕事で必要だったり誰かを助けるためだったり、強い意志によるものだと無意識に神に直接頼んでいて……その場合は爪化粧をしていても魔法を使えてしまう。それくらいに、緩いものではあるようだ。
そうじゃないと、寝ている間に魔法を封じて女の子にアレヤコレヤできちゃうよねとか考えてしまう私は、完全にレイモンドに毒されていると思う。
「もう無理……本当に無理……」
「可愛いですね、アリス嬢。辺境の地出身でも慣れてはいませんか」
カッチーン!
メイザー……馬鹿にしているよね、私を。
習ったから知ってはいる。魔獣のツノや体液も有効活用されるってことは。
浄化をしても、切り離した部分はなぜか消えないらしい。頭にあたる部分だけは浄化をするまで何をしても元に戻ってしまうとか。そこにくっついている部分は浄化と共に霧散し、残された部分は獣の体の一部として残される。
魔獣は森から湧く。
でも、出会ったことはない。レイモンドがそんなところには連れていかなかったからだ。人畜無害の魔物ちゃんも、せいぜいベビーワームを遠巻きに浄化したことがあるくらい。
森の近くにいたからって、そんな身近な存在じゃないし。魔獣も魔物も……。
「虫は嫌いよ」
「やっぱり女の子ですね」
ムッカつくなー。夏休みにでも魔獣がいるところに連れていってもらおうかな……。もう少し慣れるためにも、魔物ちゃん探しでもしようかな。
……団子虫探しみたい。私は保育園児か!
「空にお還り」
――人の心から生まれる小さな魔物。どうか安らかに。
残骸を残して光と共に宙に消えた。
子をなせず、生きる目的もない彼らに私ができることは浄化だけだ。
「浄化をされるアリス嬢は本当にお美しい顔をされますね」
「……この席、問題があるように思うわ……」
「先生もそう思います。メイザーさん……前のダミアンさんと交代しましょうか」
お、先生やるじゃん!
「そうしてくださいよ、先生。俺の我慢も限界に近い」
レイモンド、やっぱり気になってたんだ。
「仕方ないですね……休み時間に交代しておきますよ」
ああ、やっと平和になりそうだ。
ユリアちゃんの隣になるのか……大丈夫かな。後ろで様子だけは見ておこう。
ため息をついて、用紙に実験結果の記載を始めた。