123.二人っきり
「レイモンド……叱っていただいて結構なんですが……」
「叱る理由がないけど」
パーティーは自由参加で、帰宅時間も自由だ。夕方手前にダニエル様たちが小ホールを覗きに来たので一緒に寮へ戻り、待っていてくれたソフィに手伝ってもらって着替えてから隠れ家まで来た。
普段の洗い物は部屋の中のカゴへ入れておくと、いつの間にかソフィが洗ってクローゼットの中に入っているというシステムだ。ジェニーのメイドさんも出入りしているようだし、ジェニーもそうしてもらっているのかもしれない。
シーツもいつの間にか綺麗にしてもらえるけれど、それは他の部屋の皆もだ。下着類だけは自分で浴室で洗い、そのまま魔法で乾かしている。魔法が使えると……楽だよね。
「レイモンドの婚約者として相応しくない態度だったよとか怒ってくれていいんだけど」
「そんなことないよ。アリスらしかったのは小ホールだけだし、別に気にしなくてもいいんだよ。しっかり国境を守って強い魔獣を国内に入り込ませないようにしていれば俺たちに関しては何も思われないよ。そのうち王都からいなくなる貴族なんだから、大丈夫大丈夫」
久しぶりにベッタベタだなぁ。ここに来るなりソファの上で抱きしめられたままだ。
「今日はどうしたの。すごく近いけど」
「メイザーの痕跡を消す」
「そんなの残っていないのに……」
「気分の問題。ねー、何を話してたの。教えてよ」
なんだったかな……。
「忠告? 親切に忠告してくれただけかな」
「最後に口説かれていたよね。かなり距離も近かったし」
「話しかけやすい空気を持っているよって忠告してくれたの。魔女さんに拾われた設定もそうだけど、貴族としての教育期間が短い分、初々しさも隠しきれてないみたい。最後のはメイザー様らしいだけでしょ。あとはフルールさんの話。自分がけしかけたって。距離も……まぁ、あの人だから」
「あー、そういえばフォローしておくから俺を誘いなって言われたとかフルール嬢が言ってたな……アリスに恨まれないようにしておくって」
「そうなんだ」
そんなにきちんとフォローしていたかな。
思い出したらまた苛立ってきた。恨みはしないけど……。
分かってはいる。よく知らない子をレイモンドが触ったり微笑んだりするだけで嫉妬していたら身が持たないって。
それなのに……嫉妬するのが止められない。好みのタイプは別なんじゃないかとか。どうしても考えてしまう。
「ねぇ、レイモンド。究極の選択をして」
「いきなり何」
「胸が大きい子と小さい子、どっちかしか選べないならどっち」
「まだ気にしてたの!?」
あ……そういえば、その話題は出さないようにしていたんだった。
「もう完全に戻ったでしょ……」
「レイモンドの好みが知りたい。私抜きでどっちがいいの」
「めちゃくちゃ答えにくいよ……アリスが好みだって言ってるのに」
「それなら胸の大きい私と小さい私なら、どっち。今の私とかじゃなくて、どっちかなら」
「く……どうしたらいいんだ、俺は……。もう小さい方って答えるしかないのか……」
「私のこと、小さいって思ってるんだ。それとも本当に貧乳フェチなの」
「正解が分からない……誰か助けて……」
「私が側にいるのに、他の誰かを呼びたいわけ?」
「答えを教えてくれるアリスを呼びたい……」
変な会話をしているねと笑い合って、レイモンドの首に自分の腕を巻きつけてくっつく。
「その話をすると触りたくなるって言ったのに」
「それは耐えて」
「触りたい触りたい触りたい……」
二人っきりでそれはマズイってば。
「そういえばアリス、俺の腹筋を触ってたよね。あれからもたまに触るよね」
「……それが何」
「それなら俺がアリスのお腹を触るのも許されるよね」
「太ってるって思われたらショックだから駄目」
「ねー、それくらい許してよ。メイザーとか他の男が触れない場所を触りたい」
「そ……れは……」
私が腹筋を触りたいと思った理由と同じだ。
そう言われてしまうと断りにくい。
「いい?」
「待って、今から悩む……」
「止めたくなったら言って」
悩むって言ってるのに!
レイモンドの手が服の中にもぐってきた。あっという間にお腹の上だ。ぞくぞくして、もっと上まで触ってほしくなる。
やっばいやっばいやっばい……!
どうしちゃったんだろう。
「アリスの想像以上に俺、嫉妬してるんだよね……。若い男と触れ合ってるアリスなんて見たの初めてだからさ。収まるまで付き合ってよ」
首筋にまで吸い付かれて息が上がる。身体が震える。ここまでされるのも、こんな感覚も初めてだ。
いきなりこんな……。
「もう……っ、帰る」
想像以上に甘い声が出た。
もう一度さっきに戻って言い直したい。
「そうだね。キスしたら戻ろうか」
――深い、貪るようなキスが襲ってくる。
全身が粟立って……おかしくなってしまう。私から欲しいと言ってしまいそうだ。どんな顔して寮に戻ればいいのと思いながら、彼の嫉妬が収まるまで翻弄され続ける。
そんなに不安にさせてしまったんだろうか。白薔薇邸での生活から学園生活へ。その違いがレイモンドの私への接し方を変える何かを生じさせたのかな……。
――結局この日、隠れ家で聞かせてと言われたコスプレの話は出なかった。
博士姿でも暗殺者姿でも、絶対笑っちゃうもんね。そのまま忘れてもらおうと思う。