122.適当ダンス
「うわぁ〜、全然違うっ……わね」
違いすぎて口調が普段通りになってしまった。
「……いいんじゃない、ここではいつも通りで」
「それなら、ほどほどにする」
ビュッフェコーナーがあるのは同じだけれど、身内パーティーといった感じだ。演奏しているのも学生のようだ。皆、適当に踊って適当に食べている。
あっちとは違ってガヤガヤもしているし、音楽もリズミカルだ。ラテンダンスってこんな感じだったかな。ダンスも適当だ。ただ、体がノッていればいい、くらいな……。
「あ、アリスさん、来ていただいたんですね! レイモンド様も!」
「ユリアちゃん、楽しそうだね。すごくリラックスしてる」
「あれ、口調はそっちですか」
「この雰囲気ならいいかなって……貴族の子もいなさそうだし。駄目かな」
ユリアちゃんの隣のレオニーが、驚いた顔をしている。
「いえ、そっちのがこの場には合っているかもしれませんね。レオニー、こっちが本来のアリス様だよ」
「そうだったんですか……いきなり親しみを持ちました」
「よろしくね、レオニーさん。昨日は教室では全然しゃべれなかったけど、ユリアちゃんと仲よしさんになるのかなーとは後ろで見ていて思ったよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ズンチャカズンチャカバンバラバンバラ、チャカポコチャカポコ後ろから鳴り響いている。
「血湧き肉躍るね、レイモンド!」
「一緒に踊る? 適当に」
「踊ろっかな、適当に。ワルツを崩した感じになる気がするけど。体が勝手にあっち系になりそう」
「合わなくてもいいじゃん」
「うん、目立たないように隅っこで踊るー。それじゃ、またあとでね」
ユリアちゃんたちが「目立たないようには無理じゃ……」と言ってたのは気にせず、隅へ。
リズムに合わせて、わざと足を鳴らしながらドレスを闘牛士のようにはためかせる。レイモンドと顔を見合わせながら、適当にリズムを刻む。
ダンスの基礎ができていると、適当ダンスもなんとかなるよね!
飛び跳ねるようにステップを刻んでみるけれど、すぐに疲れてきた。
これ……体力いるわ!
「回して!」
えいっとレイモンドに飛ぶように抱きつくと、そのまま抱えてぐるりと回ってくれた。
「さっすが、いい筋肉がついているだけあるね!」
「そんなことを堂々と言っていいの?」
また、タカタカタンタンと手を繋いだり離したりしながら跳ぶように踊っているうちに、息が合うようになってきた。
即興だから、同じような軽快なステップを何巡もするだけになっちゃうけど楽しい!
曲が終わってもう一度抱きついて回してもらって足を止めると……なぜか周囲から拍手が……!
あれ……ここにいるほとんどの人がこっちを見ているし。ダンスに夢中で気付かなかった。
「さすがレイモンド様たちですね!」
カルロスがひときわ大きく拍手をして、小走りでこちらに来た。既に次の曲が始まっているけど、もう汗だくで休みたい。
「もしかして……目立ってる?」
「それはもう!」
ユリアちゃんたちの突っ込みは正しかったのか。他の人も踊っていたのに。
「あの……すごかったです。えっと、同じクラスのダミアンです」
クラスではユリアちゃんの左隣に座っていた、平民の雰囲気を持つダミアンという男性も寄ってきた。この人も保育科志望だ。Sクラスでは、私たち以外の保育科志望はフルールとダミアンだけだ。
薄い緑の髪……わさびのような髪と瞳の色だ。普通って感じで少し安心する。
「ええ、覚えているわ。よろしくね」
「は、はい。一言、挨拶をしておきたくて……」
「来年も一緒だよね。気楽に俺とも話してよ」
「はい。ありがとうございます」
ほっとしたようにダミアンが言う。
ひょっとして……レイモンドってやっぱり怖そうに見える? 彼に話しかける前のワンクッションにも私、使われる?
うーん、来年も一緒なら……。
「ね、レイモンド。もうちょっと話したいな。ユリアちゃんたちも呼んでくるから、そこの立食用のテーブルに飲み物を持って皆で集まってもいい?」
「いいよ。アリスの分は俺が持ってこよう。何にする?」
「チェリチェリベリーちゃん。なかったら、私の好きそうなフルーツ系のジュースで」
「分かったよ。ダミアンも飲み物持って、そこね」
「は、はい。ありがとうございます!」
この世界にしかない、はまってしまったフルーツのジュースを頼んでユリアちゃんの元へ行き、連れてくる。彼女たちがジュースを選んでいる間に、他の平民の子とも少し会話をした。
「こっちの空気は和むよねー。和みすぎて、つい失言しそうだよ」
「アリス様なら何を言っても許されますよ」
「カルロスは優しいからそう思うだけだよ」
「私だって、そう思いますよ」
「ユリアちゃんも優しいから。あ、でも優しくない人がいないなぁ。私って恵まれているのかも。ちょっとレイモンド、失言したら怒ってくれそうな人を連れてきてよ」
「……本気で言ってないよね」
「もちろんだし。そんな人と過ごしたくない」
「完全にいつものアリスだよね……」
ドッと皆が笑う。
「でも、安心しました。クラスで保育科志望と聞いてお話してみたかったんですが、まさかお二人ともこんなに気さくな方だとは思いませんでした」
「そうだよね、レイモンドって怖そうに見えるよねー」
「え、怖そうに見えるの!? アリス、そう思ってたの!?」
「ダミアンさんもアレでしょ? レイモンドが怖そうだから、まず私に話しかけたんだよね」
「あ……はは。返事に困りますね……」
「ま、怖そうで困ることはないけどね。おかしいな、ダニエルの側にいることが多いから比較して優しく見えると思っていたんだけどな」
ダニエル様と比べればね……。
「私と二人でいる時は優しく見えるのにね」
「そりゃ、優しくしたいんだから当然だよ」
「……仲睦まじいですね。すごいですね」
レオニーにまで……今のは、のろけだったかもしれない。
「レオニーさんは? 恋人とかいるの?」
「いえ、特には……」
「そっかぁ、普通の恋バナとかしたいよね。お貴族様とか面倒くさそうだし。私、口固いからなんかあって気が向いたら聞かせてー」
「あ……はは」
「アリス……失言だらけだよ……」
「そうかも」
チェリチェリベリーちゃんを飲みながら、皆と話しているうちにどんどんと打ち解けていく。
そこで、ハタと気付いた。
「あ! 私、ずっとカルロスさんのことをここでは呼び捨てにしてた!」
「あれ、気付いていなかったんですね。そのままでいいですよ」
「油断するね、ここ。心の中の声がダダ漏れになる。ダンス踊ったばかりだし」
「カルロスのこと、心の中で呼び捨てだったんだ」
「うん、第一印象が胡散臭かったし」
「え……」
「でも、ただの爽やかで優しくて穏やかないい人だって分かったから、心の中で謝った」
「ありがとうございます、アリス様。そんなに褒めていただけるなんて……」
「アリス、本当に心の声がダダ漏れだよね。もう一曲踊っておく?」
「そうしよっかなー」
このあとは、レイモンドと踊って疲れたら皆と話し、何かを食べてはまた踊って……を繰り返しているうちに、入学パーティーは幕を閉じた。
その過程で他の人にも話しかけられ、平民出身の子たちとはかなり仲よくなれたと思う。