121.嫉妬
小ホールに行く途中の、よく分からない分岐点であらぬ方向へと曲がる。誰もいない廊下に来た理由は、言われなくともね。
「レイモンド……こっちじゃないよね」
「行く前に確認したくてさ」
ああ……苛立っている。
でもさ、ズルくない? 自分だって楽しそうにフルールと踊ってたじゃん。
少し奥にいったところで隅に寄って止まる。
「前にさ、その……、アリス以外の女の子のことも可愛いと思ったっていいって言ったよね」
婚約した日の私の言葉だ。
え、何、だからフルールのことを可愛いと思ったけど許してくれって言いたいわけ!? はぁ? 私に潰されたいの!?
「言ったけど、それが何」
あ、めちゃくちゃドスの効いた声になっちゃった。
「え……あ、違うよ!? 俺はアリスだけだよ。そうじゃなくて、アリスは他の男のこともいいなーとか思うこともあるってことだよね、それが普通って認識なんだよね」
「え……」
いや……それが普通でしょ。ダニエル様のあのカリスマ性もすごいなーとか思ったりもするし。
「ダニエルが踊っている時、見惚れていたよね。俺を目の前にしている時は違う世界にいっちゃうのに。メイザーともずっと話していたよね。俺への気持ちは分かっているけどさ、顔はあっちのが好きってこと? どっちが好みなの」
ああ……粘着質レイモンドだ……安心するよね。
「それを知ってどうするの……」
「アリスのことはなんでも知りたいだけだよ。ねぇ、怒らないから教えてよ。顔だけだったら、どーゆーのがいいの」
久しぶりにウザい。
「見惚れていたのはダニエル様じゃなくて、ジェニーの方! 私が男性だったら惚れるなーって思ってたの。メイザー様は趣味じゃない。顔の好みは特にないけど、光樹のために録画してあった歌のお兄さんが博士の格好してるのは結構好きだった」
「お……覚えていない……」
そんな、ガーンって顔しないで。
「今はレイモンドが好きだから、レイモンドの顔が好み。それだけ」
「それなら、なんで目の前で違うこと考えるの……。俺、結構それなりに成長しているつもりなんだけどな……」
あー、落ち込んでいると、やっぱり可愛いなぁ。どうしよう。このままにしておきたいけどフォローしよう。
「大丈夫、ちゃんと格好いいよ。格好よすぎて、どんなコスプレしたらもっとときめくのかなぁとか考えちゃってただけ」
「そんなこと考えてたの……えっと、どうしたらいいのかな。博士の服を着ればいい?」
「あの時はもっと物騒な妄想をしてたけど……もう忘れて。それよりレイモンドだって、フルールさんと楽しそうだったじゃん」
「全然。アリスのことと保育科について聞かれただけだよ。情報収集が目的だったね。母親も亡くされているから、お茶会とか他のご令嬢と話す機会もあまりなかったんじゃないかな。悪い子ではないようだし、友達になってもいいんじゃない?」
「そうなんだ……」
レイモンドが他の子を褒めると、こんな気持ちになるのか。感情のコントロールがきかない。でも……表面上は上手くやらないと。
「それなら、安心かな。人間関係のトラブルはない方がいいしね」
私だってレイモンドの好みについて知りたい。胸は小さいよりは大きい方が好みだよね、とか。知ったところでどうしようもないけど、知りたい。
しかし……これ以上、こんなところで揉めてもね。
「そうだね。メイザーとの会話も気になるけど、そっちは隠れ家で聞くよ。せっかくのパーティーだし、行こうか」
「う……ん。あ、待って。ダニエル様たちってどこに行ったの? いつの間にかいなかったよね」
「ダニエルだからね……逃げたんじゃない? ジェニファー様を残して逃げるわけにもいかないから、付き合わせて逃げたんでしょ」
「二人きりになりたくて……とかは?」
「さぁね。俺は知らない。周囲にはそう思わせて逃げているんだろうけど」
苦笑しているあたり、それも多少はあると思っているのかな。
「微妙?」
「そう。微妙な関係」
にやにやしたくなるような……ね。
「じゃ、行こっか。アリス」
「そうだね」
もう一度、レイモンドと手を繋ぐ。
こんなに嫉妬していて学園生活大丈夫なのかなぁ……お互いに!