115.入学式
「とうとう入学式だね、アリス」
「うん、緊張するなぁ」
受験日にも見た門へ二人で向かう。
さっきまでは六人とダニエル様の従者のニコールさんとで来ていたけれど、レイモンドと話しているうちに皆と距離ができた。
たぶん……わざとだと思う。突然「聖アリスちゃんが許される年齢だけど、俺は限界まで頑張っていいと思う。……元ネタ、サンタだし(ボソリ)」と私が悩むような話題を振ってきたからだ。空に浮かぶ歳をとったアリスちゃんは人々にどう映るのかとか具体的に考えていたら、いつの間にか後ろの方にいた。
……前にいた皆も気を遣ってくれたのかな。
ニモモという桜によく似た木が咲き乱れ、ひらりふわりと花びらが風に舞っている。
守衛さんと少し話をしていたらしいニコールさんがこちらに軽く礼をして立ち去っていった。
「じゃ、クラス分けを見に行こうか」
「そうだね……私もそろそろ綺麗な言葉遣いにする」
「しなくてもいいんだけどね。あっちは辺境だし、国を守る荒くれみたいなイメージも軽くは皆、持っていると思うよ」
荒くれね……。
レイモンドは統治に関する暗部は私に見せないようにはしてくれるけど……軽くは習った。
騎士さんは、領地内部のゴタゴタよりも魔獣対応や隣国の警戒や監視にできる限り使いたい。留置所や拘置所、監獄に多くの人員をとられたくはない。王国の一般的な法律がどこでも採用はされるけれど、オルザベル領ではより刑罰が重い。裁判官は役人が担うけれど、許可を出すのは領主だ。
殺人と強姦は基本的に一度で死刑。軽い犯罪でも、更生プログラムの措置後も再犯が複数回あれば処刑が多い。そういったことも知られているからかもしれない。
罪悪感の有無によって光る光らないが変わる魔道具もあって、被害者も共にそれを使用するらしく冤罪も生じにくい。本当に悪い奴は罪悪感なんて持たないとはレイモンドも言っていたし、それも踏まえて違う方面からの調査もしっかりとはされるようだ。
前に一度、私の太ももを触る奴がいたら牢にブチ込むみたいなことを言ってたし……レイモンドも荒くれ気質を持っているのかなぁ。
確かにそんな気もするんだよね。
「それなら、安心してほどほどにしようかな」
「ああ、どうせ卒業すればほとんど会わない。好きなようにしてよ」
それでも、あの土地を代表して来ているって意識は持たないとね。
並びながら前の方へずれていく。
クラス編成を確認すると――。
「Sクラスに六人集合してるじゃん!」
「あのメンバーを決めたの、ダニエルだよ」
「ああ……」
クラス分けは基本的に成績順だ。
合格発表前にほとんど寮のメンバーが決まっていると言っていたのは、受験者の十歳検査や終わっている人の十五歳検査の結果の全てを報告されていたのかもしれない。
列から外れながら、話を続ける。
「よく二十人の中にラハニノス出身者が四人もいるよね……」
「うーん、成り立ちがね。人々を統率できる強い長が王や貴族になっていき、守る者もまた強い。才能の遺伝と、自分も強くなければという義務感としての意識。王族や貴族、騎士の血筋に才能は生じやすいからね。カルロスは納得だよ」
「それだと、むしろ騎士の子供だらけになりそう……」
「専門の王立防衛学院もあって、そっちに集中しているよ。全員が騎士志望だ。こっちの戦術学科は、要人警護だったり武器開発だったり戦術や戦略を考えたり……少し畑が違うかな。配属先も限定される。近衛騎士団副団長の息子の名前もあったでしょ」
「あったね……」
いずれパーティーへの参加もあるからと、貴族の名前やプロフィールの書かれた資料はかなり前から渡されていた。入学しそうだという貴族の名前をピックアップした資料ももらった。
受験が終わってから「今日から本気出す」と頑張って覚えたけど……顔写真がないのは辛い。
近衛騎士団副団長の息子さんは、伯爵家のご令息でもある。私の頭にある一覧表に、早く顔を当てはめたい。
「戦術学科の防衛学院へ出向いての合同演習も学科が分かれる来年度からは始まるはずだけどね。午後からずっとあっちとかね。海上訓練のためにも海の手前に学院はあるよ。行き来の時に空を生徒たちが集団で飛ぶことにはなるだろうけど……俺たちには関係ないな」
「そっかぁ、カルロスさんは大変そうだね」
「それぞれに色々あるよ。ただ……ラハニノス出身者に今は才能が生じやすい状況にはあるかもしれない。魔女さんの出没回数の多さとアリスからのクリスマスの光の魔法。魔女さんの連れてきたアリスがいるというだけで、他の地域より神に守られているという意識が強くなる。ユリア嬢にもその影響はあるだろう」
え……こわ。他の人の意識まで変えちゃってるの、私。聖アリスちゃんの絵本でも魔女さんが森で見つけたってことになってるしな……。
掲示場所から離れて校舎に入る手前のところから、先に行った皆が顔を出した。
「アリス! 待っていたわよ」
さっきまで全く見かけなかったけど……掲示板をレイモンドと二人で見るというイベントごとが終わるまで隠れていたのかな。だとしたら恥ずかしいなぁ。
「うん、遅くなってごめんね」
昨日とは違う真新しい制服で、少しだけすました微笑みを皆に向ける。
「学園生活を皆と迎えられるなんて、最高の気分だわ。さぁ、向かいましょう! 私たちのクラスへ」
全員が破顔する。
昨日私が「話し方まで変わる私に引かないようにお願いします」と言ったのを思い出したからだろう。
――私たちの初めての学園生活が始まる。
新しい環境は怖い。
昨日の自己紹介だって少し怖かった。
でも、その連続が人生だ。
それなら私は、前向きな気持ちで飛び込みたい。