110.自己紹介
一通り片づけを終えて寮の一階へ戻ると、一階ラウンジに全員が集合していた。文字通り全員だ。ローテーブルを真ん中にしてソファに座っている。
「え……もしかして私、お待たせしていた……?」
人数は……ええっと、八人!?
ソフィもいるし! 知らない人と一緒にいるけど、ニコニコしてくれている。髪を結ぶ位置はサイドに一つになっている。
でも、魔女さんはいない。自己紹介だけして管理人室に引っ込んでいるのかな。
あれ……あの人って……。
「いや、自然に集まっていただけだよ、アリス。来てくれたらなとも思ったけど、別にあとでもよかったし」
「呼んでよ……」
片づけに疲れて、一眠りしなくてよかった。危なかった。
「アリス嬢。早々に悪いが、まずは私の従者から紹介させてもらおう。ニコール・エマヌエーレだ」
ダニエル様に紹介され、少し長めの薄い茶色の髪の糸目の男性が胸に手を当てて礼をした。
「ニコールと申します。皆様のお世話をさせていただきます。何かありましたらご用をお言いつけください」
「はい、ありがとうございます。えっと、お願いします」
「そのように丁寧にはされなくて結構ですよ」
丁寧にした方が楽なんだけど……。
目の色も茶色かな? 細いなぁ。
「ええ。ではよろしく」
「はい。こちらで寝泊まりさせていただきます。ジェニファー様のメイドも、皆様と入れ違いになることの方が多いと思いますが、出入りはするのでお願いしますね。またあらためてご挨拶いたします」
あー、やっぱりそうだよね。
「ここからは俺が紹介する。こちらが、魔導騎士団の第四施設団の施設科部隊隊長の息子、カルロス・ブラウン。都市ラハニノス出身だ。受験日に会ったんだってね、俺たちの公開婚約直前に。知らなかったよ」
いきなりそんな、責めるような目で見ないでよ……。
「カルロスです。レイモンド様とアリス様のお二人と同じ寮に入れるなんて感激です」
「ありがとう。まさか同じ寮になるとは思わなかったわ」
よかった。会ったあの日はあんなことになったせいで、彼の名前も忘れてしまっていた。学園で会ったら、名前はなんだっけと悩むことになっていたはず。
事前に教えてくれてもとは思うけど……言わないのは私に嘘をつかせるのを避けるためかな。知らないふりとか、疲れるしね。私の場合、ボロが出そう。
「それから、同じく都市ラハニノスの商家のご息女、ユリア・エマラシカ嬢だよ」
「はじめまして、アリス様。父は行商を営んでいますが、その関係で珍しいものに触れるうちに魔道具の製造に強い興味を持つようになりました。十五歳検査で扱える魔力量が上がっていたので、父に勧められてこちらへ来ました。いずれ自分の店を持ちたいとも考えています。よろしくお願いします」
面接官になった気分だ……。高校受験は結局できなかったけど、面接の先生側になった気分。
ユリアさんは緑の肩までの髪に、この世界では珍しく眼鏡をしている。真面目ちゃんな雰囲気だ。……胸は大きいけど。
「アリス・バーネットです、よろしく。それから……同学年なので、できれば様や丁寧語はいらないけど……」
面接官の気分ではずっといたくない。チラリとレイモンドを見るも、彼が何かを言う前にダニエル様が言葉を発した。
「私もそう思っている。この寮は皆の自宅だ。くつろげる場所であるべきだ。すぐには難しいかもしれないが、気軽にお互いが話せる関係になれるように努めていこう。それから……先ほど二人にも伝えたが、この寮に私とジェニファーがいることは皆、秘密にしておいてほしい。場所も含めて非公式だ」
あー……やっぱりそうなんだ。危ないもんね。この寮の周辺にも護衛が常駐している気はするよね。思いっきり「カナリア寮」って書いてはあるけど、寮というだけなら聖学園も王都にはあるし大丈夫なのかな。
「何か質問はあるか、アリス嬢」
「え……うーん、正直に言って……」
「なんだ」
「私がいない間の会話の内容が気になるかな……」
自己紹介はもう済ませたふうだけど……あとから来ると疎外感があるよね。
「もう、アリスったら」
隣に座るジェニファー様がくすくすと笑う。
「自己紹介と呼び方についてかしらね。私もここではくつろぎたいもの。ジェニーでいいわと言ったのよ」
「ジェニーさんと私はお呼びすることにしました」
ユリアさんが困ったように言う。
うん……平民出身だし困るよね。そっか、ラハニノス出身者で固めたのは、ダニエル様たちにとって仲よくなっても問題ない相手をってことなのかな。でも、卒業後は離れることが確定してしまう。それって寂しいよね。
「それなら、なおさら私のことを様付けはやめてね」
「分かりました、アリスさん」
固い!
最初はそんなものかな。私もジェニファー様相手にやりにくかったし。ただまぁ……さすがに相手が相手だけに、学園でジェニーさん呼びは、ユリアさんもできないだろうなぁ。
「ええっと、ここにいる皆さんがご存知なのかは分からないけれど、私は過去の記憶がないままレイモンドに受け入れてもらった形で……貴族の仲間入りをする気分には未だなれてはいません。ここでは楽に話していいと言われているのでそうしちゃうけれど……学園ではもう少しきちんとする予定ではあるので、話し方まで変わる私に引かないようにお願いします。……そんなところかな」
皆が笑う中、レイモンドが苦笑ぎみで続ける。
「受け入れたんじゃなくて、俺が連れ込んだんだ。今は愛し合っていて婚約中。それも紹介文に入れといてよ」
「あのね、皆の前でのろける痛々しい恋人にはなりたくないの!」
「俺はなりたいけどなー」
「相変わらずね……二人とも。仲がいいわね」
羨ましそうに言うなぁ。
この前、調子にのって二人きりにしたあとに、どんな会話があったんだろう。
「うん。だから今はジェニーともっと仲よくなりたいし、ユリアさんとも! 二階にも小さなラウンジがあったし、たくさん話そうね」
女子三人は難しい。二人が仲よくしすぎると一人がハブにされた気分になってしまう。早急にユリアさんとは仲を深めなくてはならない。
「ありがとうございます……」
畏まって少し身を小さくするような彼女に、その思いを強くした。