109.入学式前日
「こんなに楽に来てもいいのかな……」
「いいに決まっているじゃなぁ〜い! 私もここで暮らすのよぉ?」
「魔女さんがそんなに浮かれているの、初めて見たかも……」
「これでも結構、人恋しいのよぉ」
入学式前日。レイモンドのご両親に見送られて、前と同様にカナリア寮へ魔女さんに連れてきてもらった。
ちなみに魔女さんは変装をしている。赤い髪に赤い露出度の高い服……どうしてそんなに赤いのか。
「それから、ここでは魔女とは呼ばないでぇ? 変装の意味がなくなるわぁ」
そう言われても……。
チラリとレイモンドを見る。
「決めていないよ。管理人とか?」
「つまらないわねぇ〜」
「俺はどうでもいい……」
「冷たいわねぇ。アリスちゃん、何か考えてくれないかしらぁ?」
魔女さんが決めてよ……。
「ううん……寮母……門番……番人……守護役……」
「固いわねぇ」
「考えるのが面倒。寮の管理人、エリザベスでいいと思う。見た目がゴージャスだし、エリザベスっぽい」
「あら、名前まで。いいかもしれないわねぇ〜」
「愛称はエリリンで」
「アリス、考えるのが面倒なわりには愛称まで指定しているのはなんで……」
「エリリン……今まで以上に便利アイテムにされる予感がするわねぇ〜、でも捨てがたいわぁ。二人ともこれからエリリンって呼んでねぇ」
……あれ、もしかして本当に決まっちゃった?
「俺は管理人って呼ぶ……」
「あらぁ、エリリンに冷たいわねぇ」
「もしくは番人にする」
「怖い人みたいじゃなぁ〜い」
やっぱり仲いいよね。
王都のスイーツの店は、魔女さんと行き尽くしたのかなぁ。
「私は荷物の整理をしてくるね。ツチノコ抱き枕をずっと脇に抱えているのも我ながら絵面が悪いし」
「え……なんて返したらいいか分かんないな。俺も片づけてくるよ」
「頑張ってねぇ〜」
……作った本人に失礼だったかな。
もちろん、レイモンドに以前買ってもらったキノコの形をしたキーボックスも持ってきた。他にも色々……贈り物が多すぎて困る。
「私はハンスちゃんたちを、あっちに連れていっておくわぁ」
「ありがとう。そっちまで悪いけど……」
「人と関わるってことはそういうことよねぇ。今だけ……だものぉ、私も楽しむわぁ」
そう言って、魔女さんが消えた。
人と関わりすぎると面倒ごとを押し付けられる。今のは頼りすぎないようにという牽制だったのかなんだったのか……。
まぁいっか。
「整理をしに行こうか、アリス」
「そうだね」
レイモンドもあっさりとしている。
奥にある階段を上る。女性は二階で男性は三階。最奥がジェニファー様で、一部屋開けて私の部屋だ。人数は多くないし、音が漏れにくいように一部屋おきにしているのかもしれない。
キィと中に入ると、聞いていたとおり家具はもう備え付けられている。本棚に机にソファ、鏡台にベッド。白い小さな花が咲いている観葉植物まである。
私、枯らす自信があるけど……サボテンに水をあげすぎて枯らしたことがあるけど……。あ、ソフィが部屋の掃除をしてくれるんだっけ。私が水をあげるべきか聞いてみよう。それまでは観葉植物って……三日に一度くらいだったかなぁ。控えめにあげておこう。
浮かせていた荷物も含めてドサドサと置くと、靴を脱いで抱き枕を持ちながらベッドへと走る。
ダーイブ!!!
「ふかふか……すっごくふかふか……こっちの家具も全部高そう……入学式が明日に迫ってるしー、知らない人だらけで絶対疲れるしー、想像するだけでやってらんないしー、私が貴族もどきとか意味わかんないしー、人見知りだしー」
――コンコン。
ノックの音がした。
レイモンドでしょ、絶対……。
既視感しかない。
「どぉぞー」
「うわ! またベッドにいる! 変わらないよね、アリス……」
「自分の部屋の整理はどうしたの」
「手伝えることはないかなって。ルームシューズを出そうか? 荷物の中を探ってもいい?」
「もー、乙女には見られたくないものもあるの! 自分の部屋に戻って!」
これ……隠れ家の意味なくない?
普通に部屋に来れちゃうんじゃない?
「分かったよ。なんかあったら呼んでね。俺の部屋、この真上だから。天井を何かでドンドンしてくれたら、すぐに来るよ。クリスマスにあげた笛や指輪の光で呼んでくれてもいいよ」
呼び方が雑すぎる……。
「そんなに私に尽くそうとしないでって言ったじゃん……」
「アリスのためじゃないよ。優越感に浸りに来ただけだから、気にしないでよ」
「優越感……?」
私の髪をひとすくいしてサラサラと指から滑り落としていく。蕩けるような甘い顔をして、そっと囁く。
「この部屋で二人きりになれる男は俺だけ……そうだよね?」
「……そりゃ、そうでしょ」
「ここには他の男もいる。俺以外、絶対に入れないでよ?」
「入れないし」
「ちゃんと鍵もかけてよ。今も開いていたよ?」
「……あんたしかいないじゃん……」
「今はね。これからは気を付けて」
ほんっと心配性だなぁ。
でも、確かに他の男性もいる場所で寝起きするわけだし気を付けよう。……ああ、それを忠告するためにわざわざ鍵が開いているだろう今を狙って来たのか。
「分かった。気を付ける」
「そうして」
こんな瞳で……今まで私を見たっけ。
間近で、彼の瞳が怪しく私を映す。
「アリスが対等な立場でって言ってくれたから、尽くさないでいいって言ってくれたから……こっちに来たことだしね。これから俺は、自分のためだけに君に尽くすよ」
「な……にそれ」
「自分だけが許されている。そんな甘い優越感を俺にちょうだい」
前触れもなくキスをされる。
「じゃ、行くね。鍵を閉める習慣はつけておきなよ」
固まっている私に微笑んで、レイモンドが立ち去っていく。顔の火照りがおさまらない。
び、びっくりした……。
どうしよう。胸がバクバクしている。
今までと何かが違う。
十五歳の男の子として私を見てってお願いしたから、ああなったの?
色気が漂っていた。しかも服で隠れているけど体つきもエロい。脱いであの表情をされたらもう、おかしくなりそう……!
――って、私は何を考えているんだ……荷物を片付けよう。
頭を振って、ベッドから降りた。