108.いつかまた
「お別れはやっぱり……寂しいですね」
「お二人に会えたことは、あの子たちの心の宝物になりますよ」
シルビア先生が優しくそう言ってくれる。毎年こんな別れを体験するんだ……。
やっぱり私、保育士さんになりたいな。
一箇所ばかり行くのは無理だと言っていた。贔屓になってしまうと。でも、魔法教育施設なら、ラハニノスにはまだここだけ。経過調査目的として行けるって。
「もし、私が魔導保育士一級をとれたとして……ここで少しは働けるのかな。来れるならどれくらいかな」
ついそう呟くと、二人の顔が輝いた。
「楽しみにしていますね、アリス様!」
「俺はそんなに来れないとは思うけど、アリスだけなら毎日でもいいよ。さすがに来すぎだって話が出そうなら、俺たちの子供をアリスの手で強くするための学びも兼ねているってことにしておく」
あ……なんか、いきなり現実に引き戻された。子供か……先の話すぎるけど、そういえばもう私は結婚できる年齢なんだっけ。ううん、早く産めみたいなプレッシャーも周囲からかけられるのかな。跡取りだもんね。
ま、数年くらいなら許されるかなぁ。
「具体的すぎて想像できないけど、よろしく」
子供……できなかったらどうするんだろう。
そういえば、お母さんが言っていた。
『もう言ってもいい年齢だと思うから言っちゃうけど、光樹を授かるのには苦労したの。いい? まだいいかななんて考えで出産が遅れるとね……卵子は老化するのよ。着床も分裂も成長もしにくくなるの。男の方も老化して、卵子に辿り着くことすらできないほどにソレが泳げなくなるの。アラフォーになる前に子供が欲しければどうにかしなさい。男友達も将来のツテのために確保した方がいいわ。あと一人、少し楽になったら欲しいわねとか呑気な考えでは、味わうのは毎月の絶望よ』
――って。
変な想像を子供にさせるなと思いつつ、そーゆーことも学校の授業でやればいいのにとも思った。
貴族となると、跡継ぎが絶対に必要だよね。年齢と仕事と出産問題が魔法なんて存在するようなファンタジー世界にもあるのは、なんともかんとも……。
「レイモンド様、まさかそのような一人称をまだ使われていたとは……」
「あ!」
「アリス様とお二人でならいいかもしれませんが、私の前でそのようなことでは……」
「大丈夫ですよ。入学前で気が緩んでいるだけです」
ああ、俺とかさっき言っちゃってたっけ。私は緊張しているのに、なんで緩むの。
「だといいのですが……はぁ。昔と比べれば、不要な力みがとれた気もしますね。アリス様のお陰でしょうか」
「……そうかもしれませんね」
不要な力み……そんなものがあって、とれたのだとすれば魔女さんのお陰だよね。私を召喚する前にも、ここに来てシルビア先生とも会っていたわけだし……その間にも力みがあったのだとすれば、今は私を召喚するプレッシャーから解き放たれたせいもあるのかもしれない。
そういえばアンディくんたちも、卒園式まではずっと緊張しちゃうのかなぁ。
「アンディくんたち、もう笑顔が戻っているでしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ。子供はこちらが思うよりも強い。きっともう前を向いています。そうそう、保育園での思い出の話ではアリス先生のことは言わなくていいのってアンディくんに聞いたんですよ」
「あー……」
「恥ずかしいからやめておくって。そういうのも成長なんでしょうね。四人からお預かりした二人の似顔絵も、もらってください」
脇に置いてあった袋を渡される。
中を見ると、リナちゃんの絵は精霊さんも周りに飛んでいていかにも女の子の絵って感じだ。男の子たちの絵は、それぞれに特徴があるもののカクカクしている。足も長方形だ。
アンディくんの描いた私が手に持っている何かは……頭が黄色いし、レイモンド埴輪なの……?
「ありがとうございます。シルビア先生ともしばらく会えないのは寂しいです。お元気で」
「あら、嬉しいですね。新しい環境に慣れるのも大変かと思いますが、頑張ってくださいね」
「はい!」
一つの別れを終え、私たちは迎える。
――新しい始まりを。