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107.さよならの時

 涙を潤ませているアンディくんを見て、語りかける。


「アンディくん、あんなに高い竹馬でスイスイ歩いたり石の階段を上っていて驚きました。さすが年長さん、さすがアンディくんだなって思いました」


 もうすぐ終わりなのを感じとったのか、リナちゃんの目からも涙が落ち始めた。


「皆さんには、『できるって信じて頑張ればできるんだよ』ということを教えてもらった気がします。私も来月から学園に入ります。楽しみで少しだけ新しいことにチャレンジする前の怖い気持ちも持っています。来るたびに成長して、たくさんのことができるようになっていく姿を見せてくれた皆さんから教えてもらったことを忘れずに頑張ろうと思います。できると思えばできる! 距離は離れるけど、その気持ちが一緒だったらなと思います」


 他の子もリナちゃんにつられて泣き始めて、私まで涙が……。


「大好きな皆……っ、今までありがとう!」


 遊戯室に、ヒックヒックという皆の泣き声が響く。私までもらい泣きで涙が止まらなくなってきた。シルビア先生もハンカチで顔を覆って、オリバー先生も涙を拭いた。


「あ……ありがとうございました、アリス先生。よかったな! 皆の頑張りが、レイモンド先生やアリス先生、他の誰かの勇気にもなるんだ。気持ちは同じだ。小学園に入っても頑張ろうな」


 もう一度、先生が涙を拭う。もう退場する場面になりそうだ。きっともう彼らには会えない。


「オリバー先生、一人一人抱きしめてもいいですか」

「はい、もちろんです」


 許可をもらって、私たちは立ち上がった。


「リナちゃん、元気でね」


 初めて会った時からずいぶんと大きくなったリナちゃん。私たちが来ると聞いていたからかよそ行きの可愛い服を着ている。あとで着替え直すのかもしれない。

 ぎゅっと抱きしめる。

 

「うん……っ、あのねあのね、お手玉はね、このお手玉からこっちのお手玉までこれくらいの長さだーってたくさん考えるんだよ……っ」

「そうなんだね、ありがとう。お家でやってみるね」

「うん、失敗しても泣いちゃダメだよ。何度も練習したらできるんだよ」

「うん、信じて頑張ってみるね」


 私かコツを教えてって言ったから、ずっとどう言うか考えていたんだ。練習する時は何度も失敗して泣いたんだ。なんて尊い存在なんだろう。


「お勉強、アリス先生も頑張ってください」

「うん、リナちゃんも頑張って」


 最後だけ丁寧語……家で言おうと考えてきた言葉なのかもしれない。考えるほど愛おしい。

 次はセオくんだ。抱きしめると照れながらニヤリと笑ってくれる。


「フラフープすごかったね、セオくん。苦手だったお水の温度を変えるのもどんどん上手くなっていたよね」

「苦手なのもさ、頑張らないと上手くなれないから。ここでしか練習できないから、すっごく頑張ったんだよ」

「うん、私もセオくんを見て苦手なのも頑張ろうって思えたよ。これからもそんなセオくんでいてくれると嬉しいな」


 うんうんと軽く何度も頷いてくれる。男の子だなぁ。次はレジーくんだ。


「すごかったね、けん玉。私には絶対にできないよ」

「家でも特訓しているから。魔法使わなくてもさ、すごいことっていっぱいあるし」

「そうだよね。そこに気付けるなんて、さすがレジーくんだね。きっとすごい人になるよ」

「……それは分かんないけど」


 少し唇を尖らすようしながら、照れて視線をそらす。全員が可愛くて仕方ない。

 最後に、アンディくんを抱きしめる。


「今までありがとう、アンディくん。たくさん話しかけてくれたから寂しくなかったよ」

「アリスお姉さんのさ……工作で作ったやつ、もらったんだよ」

「そうなの?」

「うん……レイ先生のも。皆で分けていいって言われて今までの……」

「そうなんだ、嬉しいな」

「だからね……だから、思い出もちゃんともらったから、お別れできるよ……ちゃんとお別れするって泣かないって決めて……」


 ぐしぐしと涙を手で拭うアンディくんに愛しさがこみ上げる。


「いつか会えるから。学園には行くけど、戻ってきたらずっとこの街にいる。いつかまた会おうね。格好よくなったアンディくんに必ず会える日がくるから」

「……必ず?」

「うん、必ず」

「分かった。今まで……ありがとうございました」

「私も、ありがとう」


 これが……年長さんなんだ。

 大樹が年長さんの時、私は小学五年生くらいだったと思うけど……覚えている限り私にはこんな姿を見せてくれたことがない。すぐに下ネタとか叫ぶし好き勝手なことを言う印象がずっと続いていた。

 でも、ちゃんとしなきゃいけないと思う場面や相手の前では、自分にできる精一杯で頑張れる。それが年長さんで、そんなふうに……成長していくんだ。


 最後の挨拶が終わると、あらかじめ用意しておいた私たちのメッセージ付きの紙製のメダルを首にかけてあげて、彼らはシルビア先生のピアノの曲に合わせてオリバー先生と退場していく。


 もう……彼らとは、しばらくの間会えない。ずっとかもしれない。次に会えたとしても、誰なのか分からないほどに変わってしまっているのかもしれない。


 言葉がほとんど通じない頃から見守って、そうしていつかこんなに立派になって……でも大人になった姿は見られない。それが保育士さんの仕事なんだ。

 もう私自身も、保育園の先生の顔はほとんど覚えていない。ここでも同じ。時間が過ぎてしまえば、子供たちの記憶からも消えていく。


 それでも彼らの心に残る何かがあればいいなって思う。


 私も……そんな存在になれたらな――って。

 

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