102.真実
「重いのも教えて」
「い……言いたくない……」
無理矢理、どうしても教えてほしいって頼めば言うのかな。でもそれは、なんか違う気がする。
今までの嘘や黙っていたことは全部私への想いからだ。私と確実に婚約するためだったり、プレッシャーをかけないためであったり。
きっと、重いのもそうだ。
「どうして言いたくないの?」
「引くよ、絶対。そんなことまでって……」
本当は今以上に安心なんてさせたくない。もっと私を欲しがってほしい。
でも……仕方ないかな。
このまま背負わせておくのは、よくない気がする。
だって、隠し事なんてないって嘘をつくことだってできた。それをしないのは……気にしているからだ。いいんだよって許してほしいからだ。
「ねぇ、レイモンド。私の好みの男の子って、どんなんだったか覚えてる?」
「ええ? えっと……苦悶系だよね。うじうじぐだぐだ悩んで泣くタイプ? 基本的にはショタ寄り。あとは腹筋?」
言葉にされると酷すぎて目眩がする。
「全然違うの! そんな鬱陶しいの好みじゃないから! 全部、レイモンド限定」
「俺限定……?」
「レイモンドが私のために悩むのが好き。泣くのが好き。執着されるのが好き。重くて引く時期は終わったの。その気持ちが重いほど、私は嬉しいの」
「え……」
「言って、レイモンド。私だってすごく不安。繋ぐ手も大きくなって背も高くなって、体つきも前とは違う。変わっていくあんたを見ていると不安になる。私への想いも含めて、変わらないものなんて、ないんじゃないかって」
「不安に……させていた……?」
「好きだから不安になる。何を聞いても大丈夫だよ。教えて、レイモンド」
そっと彼が私の両手を包む。そのまま彼の額に当てて、懺悔するように目をつむった。
「俺の……ミスじゃなかったんだ……」
「……ミス?」
「君の体の約一年間の巻き戻し……最初から計算通りだった……」
巻き戻しが計算通り!?
ひ……貧乳目的じゃないし……あ、学園に入学するのに同じ体年齢にするため? そのために自分の寿命を犠牲にしたの!?
「なんで……」
「魔女さんに君の寿命を聞いた。具体的には教えてくれない。でも……こっちでは、俺の方が約二年あとに死ぬことだけは教えてくれた。死因は様々だ。最初の時に君の寿命は延びているはずだと言ったけど、事故ならきっと体の巻き戻しは関係ない。寿命による病死なら、一年巻き戻せば一年分寿命は延びるはずだ。完全に神の領域で、魔女さんの許可を得て詠唱によって力を行使してもらっただけだけどね」
えっと……どういうこと?
事故なら体を巻き戻しても同じ日に死ぬけど、病死なら死ぬ日を遅らせられる……つまり私はこの世界で、えっと……。
「私の死因はここでは病死……?」
「分からない。流行り病なら巻き戻しても寿命は変わらないかもしれないけど……寿命を延ばすことができた場合、俺と君が同時に死ねるだろう巻き戻し時間を教えてもらった。そうでなければ、約一年あとに俺は死ぬ」
それって下手すれば……単にレイモンドの寿命を削っただけじゃん……。
「でも……完全に同時ではないよ。君が苦しんでいる姿は見たくなかったし……両親や白薔薇邸の皆、門兵にも数日以内に連れてくると伝えていた。倒れ込んだ君を見て、約一日早く召喚したんだ。俺よりあとに残すのは避けようと、巻き戻し時間は予定より短くした。死が訪れるまでの残り時間も俺の寿命と相殺されるからね。細かく計算する余裕はなかったし、実際には俺の方が半日程度あとに死ぬ」
「倒れるまで待っていたのはなんで? もっと前に召喚してもよかったんじゃないの?」
「全く死を目前にせずいきなりの異世界では、心がついていかないと思って。兆候があるのならそのあとの方がいいのかなって。夜中も気が気じゃなかったよ。何かが理由で今苦しみ始めていたらどうしようって。それに……記憶は残る。楽しい出来事はできる限り全部味わってからの方がいいと思って。もう……戻れないから」
召喚直後の私……何も考えず貧乳にするなんてって罵った記憶しかないけど、ごちゃごちゃ考えていたのか。
あーあ、馬鹿だなぁ。
もう少し前にチャチャッと召喚しちゃえばよかったのに。そんな辛い数日間なんて過ごさなくてよかったのに。
そういえば……顔色悪かったもんなぁ、最初の時。
「お馬鹿だなぁ、レイモンドは。馬鹿な子ほど可愛いって言うけど、そうなのかもしれないね」
軽く言って、彼に両手をとられたまま、しなだれかかる。
「あれ……お馬鹿な話なんてしていたかな、俺。アリスの感想はよく分からないよ。俺が可愛いなんて……やっぱりショタ寄りだよね。二年後にフランにくらっとしないでよ?」
「学年違うじゃん。そんなに会わないでしょ」
「どうかな……聖学園の方に入る可能性もあるけど、こっちに来るなら寮に入ってくるよ。空きがまだあるし」
「婚約者はいるの?」
「今はいないね」
「そうなんだ……」
なんでもない話をしながら、レイモンドがホッとしているのが分かる。
「他にはないの? 隠し事」
「うーん……ないと思うけどなぁ。思いつくのは言ったよ」
「そっか」
やっと、か。
いや……どうかな。まだ少し違うものを抱えているかもしれない。
「ちゃんと言い残しておかないとね」
「――え?」
「私が死んでも、すぐレイモンドも倒れるかもしれないから、ひとまず安置して待っておいてって。同時にお葬式になる可能性が高いよって」
「う……ごめん。さすがに俺も前よりは想像力がついてさ。同時に弱っていたらちゃんと見送れないなって。でも、可能な限りは生きてほしいし後悔もしてはいないけど……」
「終わったことでしょ。ほぼ同時なら面倒事がいっぺんに終わって周囲の人も楽だし、一年後なら私をちゃんと見送って。置いていかれないで済むなら、私としてはむしろよかったよ」
こんな軽口を言っていても、そんな先のことなんて想像はつかない。それでも……残される側にはなりたくない。レイモンドには悪いけど、彼の死に顔をみないで済むのはほっとする。
お父さんにとっての祖父母のお葬式に出たことがある。棺の中の顔も見た。生を失ったその姿は鮮明に残っていて……私のその姿もきっと彼の頭に残ってしまう。
もう彼の寿命は削られてしまった。私が一年早く死ぬか遅く死ぬかのどちらかだ。先のことすぎて実感が湧かないけど、少しでも長く一緒にいられて、一人彼が残されてしまう時間が短ければいいなと思う。
ソファから降りる。
「どっか、話ができそうな場所に連れていって。海が見えると嬉しい。一緒に探すのでもいい」
「いいよ。王都には詳しくないけど、その条件ならなんとかね」
――彼の心を、もっと軽くしておこう。