100.アリスのターン
気まずいな。
このままベッドが一つしかない寝室に行く雰囲気になっても困る。
「えっと……そんなわけでレイモンド」
「うん、何?」
落ち着いてから話しかける。
にっこにこで小憎たらしいな……。
「さっきのハンカチ出して、洗ってくる。あんたは私のを使ってて」
彼の顔に私のハンカチを押し付ける。
「うぐっ。なんで洗うの!? 必要ないよね」
「必要ありありだよ。気になるし」
「それなら俺が洗ってくるよ……」
「や! 触らないで。汚いじゃん」
「汚くなんかないよ。潔癖だなぁ……」
ワーワー言いながら洗い場へ行く。
ううん、桶の中でジャブジャブはしたくないな。水道を使おう。
「水をちょうだい」
水槽のようなタンクに魔法で水を生み出す。魔石に力を込めると、蛇口から水が出てきた。どこもこういった構造だ。下水道は整備されているようだけど、口に入るような水は魔法で生み出すことが前提にされている。
奪い取ったハンカチをジャーっと水にさらすと、後ろから手がのびてきた。
「俺も一緒に洗うね」
「すっごい邪魔」
「いつ結婚する? 俺が十六歳になれば結婚できるし、六月?」
「そんな早くしない! 卒業後! 全然会話が繋がっていないけど」
「アリスの真似ー」
嬉しそうすぎて困るなぁ。
一緒に浮かれてあげたい気もするけど、この笑顔を見ると……保留にしてきた色んなことを問い詰めてやりたくなるよね。
……そうだよ。
やられっぱなしなんて悔しいよね。全部レイモンドの計画通りに上手くいっちゃった感じで気分が悪い。
二人分のハンカチを洗って、水魔法の蒸発と風魔法で乾かす。私も結構上手くなった。
嬉しいのに嬉しくないこの気持ち……そうだ、レールに乗せられている気分だからだ。
もう私の気持ちは完全に伝わった。建前で言ったわけじゃない。本当に心の底からの大好きなんだって伝わった。
それなら……暴いてやろう。
彼の嘘を。
私が刺繍したお揃いのハンカチ。イニシャルを見て彼に返すと、人が悪そうな感じに笑ってみせる。
「アリス……?」
「まさか、これで終わるなんて思ってないよね、レイモンド」
少し色っぽく目配せしてみせる。
「え、えっと、アリス……?」
次は私のターンだ。
「来て」
さっきのソファまで手を引っ張って連れてくると、レイモンドを押し倒した。
「ア、アリス……?」
ジェニファー様の足元にも及ばないくらいの色気しかないけど……レイモンドにとってだけはそうではないと言うのなら、私だって少しは頑張れる。
「よくも私を思い通りにしてくれたよね、レイモンド。次は私の番……」
押し倒したまま、キスをする。
上に乗って見下ろすとこんな感じなんだ……慣れない光景にドキドキしながらも、赤くなる彼にもう一度笑ってみせる。
「そろそろ教えて。私のことが大好きなレイモンド? わざわざ私にあんな状況で断れないようにしてまで指輪をはめた責任をとって、正直に答えて」
「え……、な、何を……」
もったいつけながら、一語一語を丁寧にゆっくりとした口調で彼に尋ねる。
「召喚者との定期的な何かしらの触れ合い? 月一くらいでキスしていれば、七年後くらいには問題なく? 全部……嘘だよね、レイモンド」
「――――っく……」
「大丈夫、もう私は逃げない。さぁ、今すぐ答えて? 全部正直に吐いてちょうだい」
迷うように視線をさまよわせる彼に溜飲を下げながら、次の言葉を待った。