8話 先祖返り
まだ、読みきってはいないがレイが用意してくれた資料を読んで分かったことが一つある。
それは、どの資料も内容が薄すぎるということ。
王家が本腰を入れたのに巷に出回っている内容と大差無いなんておかしい。
考えられるのは二つ。
一つはレイも知らない陛下だけが知る資料が存在する可能性。
もう一つは、王家の中の裏切り者が資料を処分してしまった可能性‼‼
「で、家探しとは一体何をするんだ??」
ハワード殿下はなぜかそわそわしながら聞いてきた。
目線からして、一番奥の本棚付近に何か見られたくないものでも隠しているのだろう。
「日記を探すんです」
「日記??」
「はい、約1000年前、聖女は57歳でその生涯を終えましたがその短い一生で王子を一人産んでいます」
「知ってる、賢王ローレンスだろ?」
賢王ローレンス、聖女の性格をそのままに移した様に彼は強く、賢く、また優しかった。
当時忌み嫌われていた魔導士の女性を娶り、奴隷解放を成し遂げ、貴族にも平民にも誰にでも優しい理想的な王をしていたと伝えられている。
彼には様々な話があるがそれを後世に伝える助けとなったのが彼の趣味である日記だった。
しかし彼の王太子時代、聖女が死んだ時期の日記だけはなぜか見つかっていない。
「聖女が死んだときのショックから彼はその前後の日記を書かなかった、燃やしてしまったとも言われていますが私の考えは違います。
彼の日記はまるで自分の考えを整理するために書かれている。そんな人が毎日の習慣だった物を書かずにいられるでしょうか??特に、ローレンスが即位したのは聖女の死後数日の出来事。そんな心があやふやな中、書かないでいられるわけがない。
で、もしもあるならば王太子時代を過ごしたこの王子宮の私室だと思うんです。
それを探します」
「なるほど……だが僕の知る限りそんな物は無かったはずだが?」
首を捻る殿下を放置し、私は部屋を見回した。
部屋の中は絵画、本棚、書斎机に他は暖炉などで変わったものは無い。
「……ですが、脱出口はありますよね?」
私がニヤリと笑いながら聞くと、殿下は視線を逸らした。
ハワード殿下はレイと比べてまだまだ子供、嘘の吐き方も何もかも下手くそだ。
私は迷わず一番奥の本棚へと向かった。
殿下がこの部屋に入ってから何度も見たあたりの本を漁っていく。
「ま、待てシンディー‼‼そこには何も無」
私に触れようとしたハワード殿下の手をキクチヨが掴み、動きを制した。
「おい‼‼僕を誰だと思っているんだ‼‼」
「どなたであろうと、私の主人はレイモンド様ただお一人ですので」
「~~~~~っ‼」
そうこうしている間に私はお目当ての本を見つけたらしい。
本棚の奥深く、普段は取らないであろう歴史の本の後ろに隠れるようにその本は置いてあった。
抜き出し、偽りの表紙を剥がすとそこには……。
『これであの子もイチコロ‼キラメキときめき♡デートプラン大全‼‼』
「「…………」」
スッと何も言わずに私は本棚の奥深くに件の本を戻した。
「おい‼せめて何か言ったらどうなんだ‼‼」
「……勉強熱心デスネ」
「棒読みは止めろ‼‼悲しくなってくる‼」
私は必死で笑いをこらえ、キクチヨも心なしか口元がムズムズしているようだった。
気を取り直して、私は部屋を見回した。
何の気なしに絵画の裏を覗き、また閉じる。
怪しげに見える本棚を押したり引いたりするが、何も見つからない。
少なくとも日記は無くとも脱出口くらいはあるはず、それなのに見つからないのは目の付け所自体が間違っている??
例えば今は何かを動かしたり、ある物を見ているけれどそれがわざとだとしたら??
じっと一番初めに漁った本棚を見た。
この本棚、奥行きと実際に入れる本の大きさが合っていない。
だからこそ、殿下があの羞恥本を隠せたのだが……。
これがわざとだとしたら?
こっちに目線をもって行くためにわざと作られた本棚だとしたら、一番目立たなくなるのは……。
私は本棚の足元の床や壁をぺたぺたと触り始めた。
令嬢にあるまじき行為だが、殿下はあの羞恥本で精神的に参っているし、キクチヨはそもそも私のやることにとやかく言う感じじゃない。
触っていくと突然、カコン!と軽い音と共に壁の一部が沈んだ。
そして次の瞬間私の足場が下に下がる。
「え?……ちょ…………イヤァァァァアアアア‼‼」
叫んだ割に下に落ちてみると、立てば私でも顔が出るほどの高さだった。
「お、お怪我は‼‼」
キクチヨは意外と表情があるらしく、眉間に皺を寄せて私を心配してくれた。
「だ、大丈夫、ちょっとびっくりしただけ。それよりも見て‼本当にあった‼脱出口‼‼」
中を覗けばそこは蜘蛛の巣だらけ。だが、暗い室内なのにその天井にはどこまでも吸い込まれそうな程に美しい星々が輝いていた。
「綺麗……」
星々に見惚れつつ、前に進もうとして私は歩みを止めた。
あぁ、また視線を誘導されている。
私はにっこりと微笑んで足元の石畳を見つめた。
暗い中、少しずつ手探りで触っていくと一つだけ、手触りの違う軽石で出来ている物があった。その石畳を持ち上げてみるとそこにはとてつもなく古い、赤い本が出てきた。
私の呼吸は早く、心臓はドクドクと血をめぐらせる。
「あった」
取り出してみるとそこには……。
『治癒を求める君へ』
「~~~~~~っ‼‼‼あった‼本当にあった‼‼あった‼‼‼」
何度も何度も私は繰り返し、暗い中飛び跳ねて頭をぶつけた。
夜、ハワード殿下の部屋から戻り、私は貪る様にローレンスの日記を読みふけった。
その中には確かに、聖女の力の在処が記されていた。
「楽しそうで何よりです、お怪我はもう大丈夫ですか?」
キクチヨが紅茶を入れながら聞いてくる。
頭を軽くぶつけただけだというのにキクチヨは心配して、私に触れない様に手当してくれたのだ。
「ありがとう、大丈夫…………ねぇ、キクチヨ聞きたいことがあるの」
「はい、何なりとどうぞ」
私はじっと彼の漆黒の瞳を見つめた。
その瞳からは感情そのものが感じられないが、私はもう知っている。
彼が、レイのことをどれだけ大事に思っているのかを。
でなければ、レイが軽く言った指示をここまで徹底することなんてない。
「レイは…………人の心が読めるの?」
「なぜ、そうお思いに?」
「これまでのレイの行動はおかしい。観察眼がある、頭が良いにしてもちょっと行き過ぎているし、何より今日思い出したの。
賢王ローレンスの妃、アルジュナは銀髪に赤い瞳、そして人の心を読むことで賢王をさらに発展させたんだって…………ねぇ、私の言っていること、間違ってる??」
「間違っていない、と言ったらどうするんだ??」
耳元に突然、レイの声がしてビクリと私は跳ねた。
いつの間に部屋に入っていたんだろう。
その顔は疲れた様な感じで顔色が悪い。
「レイ、大丈夫??」
私がソファに座ったまま手を伸ばすと、彼は手を握ってくれたがその手は冷たい。
「シンディー答えてくれ……俺が…………人の心を読めるとしたら気持ち悪いか?嫌か??」
そんなこと、私の心を読めばすぐに分かるだろうに彼は縋る様に聞いてくる。
恐らく、見たくないんだろう。
その様子がなんだか小さい子供が泣く直前みたいで、見ていて痛々しくなる。
私は立ち上がり、ゆっくりとレイの頭を抱きしめた。
身長が届いていないので、レイが私の行動に従ってゆっくりと身を任せて屈んでくれる。
「レイ、私ずっと考えていたの、本当に治癒の力を見つけたらどうしようって。私は見知らぬ力を見つけることにしか興味が無い、その先はどうでもよかったの。
でも、今は違う。治癒の力を見つけたら貴方のために使いたい。貴方を王家から、陛下から解放したい、そのために使うわ」
告げると、レイは私の背中に手をまわして抱きしめてきた。
「ハハッ!それがお礼か?」
「そう、ご期待には添えた?」
「期待以上だ」
言うと共に、レイは私を抱きしめる力を強くして肩を震わせた。
音は立てていないけど、何となく泣いていることを察しながら私は彼が満足するまでずっと優しく彼の頭を撫で続けた。
「…………シンディー、このままベッドに」
「行かない」
「…………そうか」
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ここで悪戯令嬢と怪物王弟の章は終了です!
次回から新章ロンダン王国編です!