7話 子供、時々大人
私に婚約破棄を突きつけておいて自身を婚約者とのたまうハワード殿下、お風呂に入るまではご機嫌だったのに現在は機嫌最悪のレイ、そして私の三人で応接室にて話し合いをすることになったが……。
嫌だなぁ。
私はこういう暗かったり、誰かが怒っている状況が心底苦手。
そのため、私は侍女とお茶の用意をすると言って早々に台所に避難していた。
「やー、シンディー様大人気ですなぁ‼」
台所でケーキを切り分けてくれるのを待っていると、料理長が話しかけてきた。
「レイは目的がよく見えないけど、ハワード殿下は私を好きだから私に執着しているわけじゃないわ」
「??ではなぜ?」
そう、ハワード殿下は私を好きとかそういう感情じゃない、シンプルに権力のために必要になったから追いかけてきただけなのだ。
「ハワード殿下は第一王位継承者、レイも王位継承権は放棄していないから第二王位継承者、そんな中私は王子妃教育も終えてすぐにでも王家の力になれる重要なカード。
今まではハワード殿下が優勢だったけど、ハワード殿下はアンナに誑かされ侯爵令嬢に無実の罪を着せ、大衆の面前で婚約破棄までした。
対してレイはアンナの所業を暴き、私と結婚した。見た目もさることながら、実際に見てみると性格はともかく頭はとても良さそう。しかもハワード殿下が婚約破棄をした後とはいえその日に私との婚姻を許可するほどに陛下はレイに甘い。
どっちの方が王位に近く見える?」
「ははぁ、政治の世界ですなぁ」
「そう、そういうこと」
ハワード殿下の言葉が唐突で動揺したが、冷静に考えてみれば分かる。
彼から見て、私はただの道具でしかないのだ。
三日前、あのままレイと婚約者の様なあやふやな関係を続けていれば確実に今回のことはもっと大事になって私は巻き込まれていた。
今でも巻き込まれているといえばそうだが、既に私とレイは婚姻も済ませている状況でハワード殿下が駄々をこねているようになっているため、周囲もただの笑い話としてとらえているのだ。
レイに何か恩返しをしたいな。
彼のおかげで無実の罪を免れ、治癒の力探しの資料が手に入り、政治利用からも逃げられている。
切り分けてもらったケーキを料理長に最後の手直しをしてもらい、私は侍女と共に台所を出た。
応接室では二人が無言で睨み合っていた。
「お待たせしました」
「いや、大丈夫だ。何だか久しぶりな気がするなシンディー??」
「ハワード、〝元〟婚約者とはいえ今は俺の妻だ。呼び捨てにするのは止めろ」
ギスギスでは言葉が足りないくらいに二人の仲は険悪だった。
私は溜め息を吐いて侍女に合図を出し、自身はレイの隣に座る。
全員の前にケーキがおかれ、私は上品に一口食べた。
甘いチョコレートケーキが口の中いっぱいに広がって、今この瞬間だけは幸せで満たされる。
レイも同じように一口食べたことにより、ハワード殿下もそれに倣って一口食べるが……。
「しょっぱ‼‼何だコレは‼‼」
「プッ‼アハハハ‼」
「シ、シンディー⁉」
ハワード殿下は笑う私を見て目を見開いているが、隣のレイはククッと笑って私の手をとってキスをしてきた。
「この悪戯っ子め」
「フフ、レイには敵わないけどね」
料理長に少しだけ仕返しをしたい旨を伝え、彼は最後にハワード殿下の食べる分だけに塩分過多のチョコレートを塗ってくれた。
もちろん、塩分を抜いた普通のチョコレートを私とレイの分にも塗ってカモフラージュまで協力してくれる。
二人でクスクス笑っていると、突然ハワード殿下が机を叩いた。
「……僕を馬鹿にして楽しいか」
「はいとっても。殿下も私を晒し者にして随分楽しんでいたではないですか?」
「っ!……そ、それはアンナに」
しどろもどろになるハワード殿下を私は正面から見据えた。
「殿下、私はもうレイと結婚しているのです。アンナさんとのことがどうなったにせよ、ハワード殿下のご事情は私にはもう関係の無いこと、違いますか??」
「シンディー聞いてくれ‼僕は騙されていたんだ‼だから‼」
悲痛に叫ぶハワード殿下の言葉を私は手で制した。
普段は絶対にこんなことはしない、けど今はこの三人しか部屋に居ないし、何より大丈夫そうな雰囲気だからやった。
「ですが、ハワード殿下が私の願いを一つ叶えてくださるというなら婚約者に戻ることは出来なくとも殿下の名誉回復にご助力することは可能です」
「???その願いとは?」
食い入るように見てくる殿下に私はにっこりと笑いかけた。
「殿下の部屋、家探しさせてもらえませんか??」
「はぁ⁉」
と、いうわけで現在私とハワード殿下、キクチヨはハワード殿下の私室に来ていた。
ちなみに、ハワード殿下の塩ケーキは一口分のみ塩を入れていたのでその後は普通に全て食べてもらった。
私がハワード殿下の部屋に入るのを猛反対したレイはというと、廊下の途中で使用人に呼ばれてしまった。
「レイモンド殿下、陛下がお呼びです」
「後にしろ」
「お急ぎとのことです」
「…………分かった少し待て」
レイに急ぎの仕事?
レイは怪物王弟という異名こそあるが、王位継承権に関わってくるためハワード殿下を優先するために公務はしていないはず……。
じっと見つめているとレイと目があった。
レイの綺麗な赤い瞳はいつも人をからかったり、楽し気な気持ちが宿っている。
でも今は、ただただ何かを嫌がっているように見えた。
「レイ、大丈夫??」
思わず手を握ると、軽く握り返してくれる。
そして額に軽くキスをして、瞳を覗き込んできた。
「シンディー、俺に何かお礼したいだろ?」
「‼‼‼‼な、何で……」
フッと彼は笑ってまた頬にキスをしてくれた。
キス、し過ぎじゃない??
キスされたところが熱をもったように熱くなり、思わず頬に手を当てるとその手に被せるようにレイは手を添えてきた。
「お礼、期待してる」
レイはいつも子供っぽい部分を見せているのに、偶に大人な部分を見せる。
でも今はまるで助けを求めている子供の様で……。
つい、私からも彼の肩に手をついて背伸びをして頬にキスをしてしまった。
「き、期待しててください。公務頑張って!」
侍女もハワード殿下もキクチヨさえも目を見開いて固まっている。
「プ‼アッハハハ‼やられたな!流石は俺のピクシー‼……キクチヨ!シンディーを誰にも指一本触らせるなよ‼」
「はい、仰せのままに」
ククッと笑い、いつもの調子に戻ったレイは後ろ手に手を振りながら去って行った。
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