4話 怪物王弟
俺、レイモンド・クリストフは通称怪物王弟と言われている。
理由はただ一つ。
先祖返りの影響で俺は人の心が読めるから。
王族の先祖は魔導士とも繋がりがあり、彼らほど正確には読めないが、ある程度心の声が聞こえる。
そして俺は10歳の時、初めてのお茶会で大失敗をした。
誰も彼もが嘘を吐き、上辺だけの関係をすることに嫌気がさして、近場に居る者から順に不倫や浮気、横領、その他の犯罪や果ては数十年隠し通してきた老紳士の性癖まで漏らすことなく他人の秘密を証拠と共に暴露した。
秘密を暴露され、慌てふためる皆の様子は見ていて楽しかった。
その様子を見ていた人間達が俺を怪物王弟と名付けた。
だって、初めて本音で人生を謳歌した様な気分で楽しかったんだ、仕方が無いだろう。
10歳まで俺はこの力をひた隠してきた。
異質な物は排斥されると相場が決まっているし、何より現国王である年の離れた兄に目をつけられたくなかったから。
茶会の夜、兄は俺を呼びつけた。
18歳差の兄は俺を見るなり顔を輝かせた。
「今、私の思っていることが分かるか??」
「…………俺を飼い殺しにしようとしていますね」
俺の言葉に兄は更に顔を輝かせ、二人きりとはいえ、現国王は俺に頭を垂れた。
「頼む‼その力を国のために使ってくれないだろうか‼‼」
「…………国のため、ではなく陛下のため、でしょう?」
「頼む‼どんな願い事も私が全力で叶えよう‼だから‼」
年の離れた兄は弱い人だった。
その性格に見合わぬ重責を負わされ、いつもいつも心が参っていた。
そんな中、俺の力は道しるべにでも見えたのだろう。
「いいですよ……別に、やりたいことも無いし」
今日のお茶会は久しぶりに楽しかった。
でもあんなこと、毎回やっていれば俺から人が離れていくのは目に見えている。
だから、他にやりたいことも無いし兄上からの提案を受け入れた。
それから俺は、兄上の言うがままに気配を消して王宮の一室に待機し、高位貴族や犯罪者の心を見ていった。
17歳の時、転機が訪れた。
「文通?」
偶々奴隷商を捕らえた時の縁で俺の従者になったキクチヨは俺に文通を勧めてきた。
「はい、文通であれば相手の心を読むことも出来ないでしょう」
黒髪に黒目の背の低い美青年、キクチヨは無表情だが、その実、忠誠心が誰よりもある。
俺が心を読めることが分かっても東邦での訓練の賜物か、眉一つ動かさず、心にもあまり波を立てなかった。
文通を面白いと思う反面、やるなら賢く面白いヤツが良いと思った。
暇を持て余していた俺は少々手紙に細工をして、孤児院に居る掘り出し物探しも面白いかと思い、手紙をばらまいた。
すると……。
「ブッ‼ククッ!見ろキクチヨ!これ」
『はじめまして♡私はピクシーと言います♡♡
お手紙とっても楽しく読ませもらいました♡特に富も学問も必要無いけれど、貴方とはお友達になりたいと思っています♪
お返事待ってます♡♡』
「……頭の弱そうなのがかかりましたね…………それにこの香り、もしや男では?」
「ブッ‼アッハハハハハハハ‼‼‼騙されているぞキクチヨ!これは多分……女、少なくとも子供だろうな‼アッハハ‼‼」
久方ぶりに俺は大笑いし、ピクシーの正体を突き止め、俺はシンディーに夢中になった。
とは言ってもこの時俺は17歳、シンディーは10歳、夢中と言ってもシンディーを女性として見ているわけではなく、楽しい小さな友人として接していた。
手紙を重ねていく中で俺はシンディーが年に見合わず、ずば抜けて頭が良いことを思い知った。
俺は同年代の中でもかなり頭の良い方に入るが、シンディーは7歳も離れているというのに俺の話についてくる。
時に付け焼刃の知識が見え隠れすることから、恐らく話についていけないときは調べてから返事を書いているのだろう。
何はともあれ、お互いに悪戯好きでとても気が合う。
手紙の隅にa-3.ポーンと書けばすぐさま彼女もチェスだと気がついて次の手を手紙の隅に書いてくる。
シンディーのおかげで毎日が楽しくなった2年後、彼女は甥のハワードの婚約者になった。
やはり奇想天外な方法でハワードを射止め、彼女が探しているという治癒の力探求の第一歩となった。
ズキッと心が少し痛んだ気がしたが、これは特に気にしなかった。
俺にはシンディー以外の友人は居ない。
キクチヨは頑なに俺を友人と認めないし、唯一の友人が甥に取られただけで悲しかったのだと自分を納得させた。
その5年後、夜会に来る連中の動向を探るため俺は観客から見えにくい位置で待機していた。
そんな中、シンディーと甥のハワードが入場し目を見開いた。
シンディーは18歳、俺は25歳。
かつて子供だと思った少女は美しい女性となっていた。
空色の髪が美しく靡き、深海を思わせる瞳はキラキラと輝いている。
心臓を鷲掴みにされた感覚と共に、どうしようもなくシンディーが欲しくなった。
そして、俺は驚くべき光景を目にした。
エスコートしているはずの甥はシンディーから手を離し、頭の中は権力と男のことで溢れかえっている女の元へそそくさと行ってしまった。
俺は意を決し、シンディーの心の中を見ると彼女はハワードへの恋情など一欠けらも無かった。
そのことに安堵し、ある一つの作戦をたてた。
シンディーはただ王家とのつながりを望んでいる。
だったら俺でも問題無いだろう。
甥達がシンディーとの婚約破棄を企てていることを知り、俺は卒業パーティーへ乱入した。
パーティで無事にシンディーを引き取ることに成功し、現在、俺はシンディーに求婚した。
「顔良し、身分良し、給料良し、性格良し、シンディーの治癒能力探しに協力的で8年間付き合いもある。こんな優良物件そうそう無いと思うが?俺と婚約してくれないか?シンディー??」
「あの……その…………レイモンド殿下……」
(どうしよう……友人として同情してくれてる?)
「俺は一人の女性として、シンディーのことが好きなんだ」
俺が心を読んで訂正すると、彼女の顔はみるみる赤くなってきた。
すかさず隣に座り手を握る。
触れた瞬間ビクッと手を動かしたが、彼女は嫌がっているわけじゃない、動揺しているだけだった。
「シンディーがハワードと婚約した理由はなんだった?」
「えっと……王家の資料を読みたくて」
「俺と婚姻を結べばいくらでも読ませてあげよう」
「ほ、本当に⁉……ですか?」
俺が言った瞬間、シンディーは飛びつかんばかりに喜んだ。
その様子が可愛らしくて愛おしくて思わず笑ってしまう。
「あぁ、陛下は俺には甘くてね。そのあたりはいくらでも進言出来る」
「…………」
シンディーが考え込む中、俺は彼女には悪いが心を読んだ。
この力はシンディーには絶対にバレたくないが、このまま彼女を野放しにしてしまうことだけは絶対に避けたいから仕方が無い。
(確かに、レイモンド殿下と結婚すれば資料は読めるだろうけど……)
チラリと俺を見る。
(レイモンド殿下は私のことを好きだと言っているし……まさかこのまま部屋に連れ込まれるなんて…………いや、いつかはそういうこともするだろうけど、でも会ったばかりは嫌だな)
ズキズキと俺の男心は傷つき笑顔が崩れかけるが、ここは我慢。
俺はシンディーをこの8年間ずっと見て、人となりも知っている。
方やシンディーからすれば会って1時間程度の男、嫌がって当たり前だ。
むしろ、会って数秒で俺に色目を使ってくるアンナとかいう男爵令嬢がいかれていると言える。
ここはあくまで紳士的に。
「……シンディー、今すぐ俺を受け入れてくれなくてもいい。ただ、俺と結婚しなかった場合どうする?治癒能力探しは遠のくどころか絶望的になる、だろ?
約束する、俺はシンディーが嫌なことは絶対にしない。ダンタリオンの名に懸けて誓おう、8年来の友人よ」
俺がふざけた雰囲気で芝居がかった風にお辞儀をすると、彼女はクスクスと笑い出した。
固く握りしめていた手の力も抜けてきている。
「フ!アハハ‼脅しているんですか?それともふざけているんですか??」
「ククッ‼どっちも、だな」
「……」
(ちょっと意外だったけど、本当にずっと文通していたダンタリオンだ……だったら……)
「お父様がどういうか分からないけれど、私個人としてはその申し出、お受けします」
シンディーの言葉に俺は満面の笑みを返し、彼女の心配を払拭した。
「分かった、じゃあこれからお父上を口説きにいこうか」
丁度馬車が止まり、シンディーに手を差し伸べると彼女はハワードと俺との違いに驚き、微笑みながら俺の手を掴んだ。
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