3話 ダンタリオンとピクシー
『昔々、あるところに治癒の力を持つ聖女が居ました。
彼女は王国の皆から好かれ、国王様からも王妃様からも民からも、もちろん王子様からも好かれていました。
彼女は皆から好かれていましたが、たった一つのことを悩んでいました。
それは後継者が居ないことです。
出会う人々全員を愛し、慈しむ聖女。
彼女には目に映る人々全員が善人に見えてしまいます。優劣なんてつけられません。
悩んだ聖女はたくさんの魔導士達と共に相応しい後継者が現れるまで治癒の力を隠してしまいましたとさ』
8歳のとき、孤児院のボランティアでこの話を聞いた時、私はワクワクが止まらなかった。
「ねぇシスター、このお話は本当なの??治癒の力はどこに隠されたの?」
私が聞くと、孤児院に出入りしていたシスターは微笑んだ。
「本当だと私達は聞いていますよ。いつか、聖女様の様な心根の美しい人が現れた時、治癒の力はまた姿を現すでしょう」
「でもおかしくなあい?皆が良い人に見えるなら皆で使ってねって残すはずでしょう?それに、聖女様は王子様と結婚したんでしょう?なんで魔導士達と隠したの??」
「…………シンディー様、ほら皆にご本を読んでもらえますか??」
「うん?分かった‼」
突然、話題を変えたシスター。
私はこの時の疑問が忘れられず、ずっと考えていた。
そして導き出した。
聖女は恐れていたのだ、王族に治癒の力が渡ってしまうことを。
だからこそ、私はハワード殿下に近づいた。
約1000年前、聖女亡きあとに必ず王族は治癒の力を探したはず。
なら、見つからなくとも近いところまでは何か資料や痕跡が残されているはずだから‼
治癒の力を見つけて何かをしたいわけじゃない。
私はただただ、隠された物を見つけたい。今は無くなってしまった魔法をこの目で見てみたい‼
その探求心だけで突き進んできた矢先に今回の婚約破棄はされた。
ゴトゴトと馬車が揺れる中、私は目の前で微笑む美丈夫を見据えた。
「どこに向かっているんですか?レイモンド殿下?」
「そう他人行儀にしないでくれ、俺とシンディーの仲だろう?俺には敬語も敬称もいらない、気軽にレイと呼んでくれ」
「……流石に恐れ多いです」
文通相手、ダンタリオンことレイモンド殿下。
ダンタリオンとの出会いは彼が孤児院に手紙を送って来たことから始まる。
「悪魔からの手紙??」
10歳の時、シスターのことが好きで、それと詳しく治癒の力の在処を聞き出すために私は孤児院に通い詰めていた。
そんな中、孤児院の子供達から渡された一通の手紙。
博識で心を操ると言われている悪魔、ダンタリオンと名を入れた横に折られた異質な手紙。
そこにはたった一言。
『返事を返せた者に、富と学問を授けよう』
それ以外は文字か模様かも判別が難しい線の集合体が並んでいた。
「ただの悪戯だと思うのだけど、この手紙王国中の孤児院に届いているんですよ」
シスターは困ったように言っていた。
「返事を返せばいいんじゃないの??どこかにおいでって言われたら断ればいいだけだし」
私が言うと、シスターは視線で宛名の部分を見るように促した。
そこには悪魔の名前のみで住所などは記載されていない。
確かにこれでは返事のしようが無い。
「ふふ!なにこれ面白い‼」
恐らくは金持ちの酔狂、富も学問も欲しくはないけれど無性に私はこのダンタリオンに返事を返してやりたくなった。
「シスター、しばらくこの手紙借りてもいい?」
「いいですよ、孤児院に置いておいても気味が悪いですし、飽きたら燃やしてしまってください」
「はぁい」
シスターから手紙をもらったその日、私は日がな一日中手紙とにらめっこしていた。
侍女からはただの悪戯で返事など求めていないと呆れられたが、私にはどうしてもそう思えなかった。
「…………そういえば……この手紙、何で横折りなの?」
基本、縦に長い手紙は縦に折って入れるのが普通。
だがこの手紙はわざわざ横に折ってから縦に折っているためちょっとした違和感を覚えた。
試しに普通の手紙の様に縦に折ってみると……。
「‼‼‼‼‼‼」
手紙の紙質が異様に薄いこともあり、模様の様だった線の集合体が重なり、光に透かしてみれば一つの文章になった。
そこには王都郊外の一軒家の住所が書かれていた。
「すごい‼すごい‼‼面白い‼」
10歳だった私は飛び上がって喜び、ダンタリオンへの返事を書いた。
もちろん、普通に書くのでは彼に失礼なので同じ様に薄い紙質の用紙を用意し、富も学問も間に合っているが友人になれないかと書いた。
飛びきり可愛い文字で名前は悪戯妖精のピクシーと書きつつも、最後には父の香水を軽く吹き付ける。
こうすることで少女を装ったオヤジが返事を書いたと思われることだろう。
「プ‼クスクス‼」
「楽しそうですね、お嬢様」
「うん!」
その後、ダンタリオンからの返信はすぐに来た。
彼からの手紙は今回は普通に書いてあり、そして……。
『可愛らしい文字で装っていますが、香水の香りでバレバレですよ。貴殿とは良いお友達になれそうです』
と、返ってきていた。
身分どころか、名前も姿形すらも知らない相手を騙せたことに私はとても気を良くしていたのに、まさかバレていたなんて……。
「……どうやって私がピクシーだと分かったんですか?孤児院を見張っていたんですか?」
手紙のやり取りは全て孤児院を経由していた。
私がおずおずと聞くと、レイモンド殿下はククッと笑った。
「男物の香水の香りが強すぎたんだ、あれは確実に直接吹きかけていることが分かる。
それと、香水の種類だな。辿っていくとマクミラン侯爵が独自でブレンドした物だと分かった。
侯爵は厳格な方だし、まぁお茶目な性格だったとしても普段から香水を使っているからわざわざ吹き付ける必要は無い。となると答えはただ一つ。
まだ香水の付け方も知らない年端もいかない侯爵の娘が出したとみてまず、間違いないだろう?特にその娘が熱心に孤児院に通っているとなればもう言い逃れようもあるまい」
「…………」
手紙のやりとりをしていても、相手がかなり教養もあり、頭脳明晰なことは分かっていた。
だがここまでとは思っていなかった。
私は自分が騙していたと思っていたのに、彼の手の平で転がされていたことに少々むくれて外を見た。
「……?もしかして、王宮に向っているんですか?」
てっきり家に帰してくれると思っていたがどう見ても王宮への道だった。
聞くと、レイモンド殿下は一度頷いて私の前に跪いた。
「シンディー・マクミラン侯爵令嬢、甥のハワードが大変失礼なことをした。お詫びと言ってはなんだがガキ臭い男の婚約者は辞めて、俺と友人以上の関係になってもらえないだろうか?」
「ゆ、友人以上の関係??」
思わず繰り返すと、レイモンド殿下は茶目っ気たっぷりにウィンクしてくる。
「顔良し、身分良し、給料良し、性格良し、シンディーの治癒能力探しに協力的で8年間付き合いもある。こんな優良物件そうそう無いと思うが?俺と婚約してくれないか?シンディー??」
面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>
既にしていただいた方、ありがとうございます‼
次回22時過ぎに更新予定です。