2話 文通
「やあ、可愛い甥っ子よ。面白そうなことが起こりそうだからやって来たんだ。早速だが君が身ごもらせたこちらの元婚約者殿、俺が引き取ろう」
「はい⁉」
怪物王弟、レイモンド・クリストフ。
25歳と現在の国王と兄弟でありながら年はかけ離れている。
通常王位継承権の関係で王弟はさっさと爵位を渡されて臣下に下るのだが、彼だけはその慣習から外れている。
社交を一切せず、そのわりにいつまで経っても王宮に居座る変人。
そしてなぜか、その名を出すだけで震えあがる父親世代が居る謎の男。
20歳以上の貴族達は口をそろえて言う、怪物王弟が動くとき、その場に居てはならないと。
怪物王弟レイモンド殿下を見た瞬間、ハワード殿下は目に見えて顔色が悪くなっていった。
反対に、ハワードに縋りついていたアンナは目に見えて血色が良くなる。
レイモンド殿下の顔がとても綺麗なため、魂を奪われた様に見入っていた。
そして、甘えた声で胸を強調しながらレイモンド殿下に縋りつく。
「レイモンド殿下ぁ、聞いてください!アンナは何も悪くないのにそこのシンディー様がぁ~」
甘ったるく要領を得ない話し方に少々イライラしながら私は聞いていた。
私からするとこんな見え透いた演技、なぜ分からないのか理解できない程に彼女は分かりやすく男に甘える。
いや、もしかすると男性陣も気がついてはいるがそのあどけない顔にグラマラスな体というアンバランスな組み合わせに目が言っているのかもしれない。
レイモンド殿下はアンナをじっと見つめた後、その綺麗な顔を綻ばせ、そして……。
「プッ‼ククッハハハハハハ‼」
大爆笑し始めた。
目が点になっているアンナの肩を笑いながら手の甲でどかし、軽やかな足音をたてながらゆっくりと十数人の目撃者達とハワード殿下を眺めまわす。
その間も彼は目に涙を貯めながら笑っていた。
「ククッ‼ハハハ‼……お前、お前、それからお前も……あぁそこのお前もだな」
笑いながら十数人の目撃者達の男性陣のほとんどを指さしていく。
誰もその行動の意味が分からないなか、彼は目撃者の端まで来るとピタリと足を止めてまるで観劇の様に話し出した。
「若き紳士淑女諸君!君たちの目には今、このシンディー・マクミランが希代の悪女かの様に映っているだろう‼だがそれは事実とはかけ離れている‼‼」
大きな声で演説を始めたかと思えば突然口元に人差し指を当て、静かに話し出す。
その抑揚の付け方が絶妙で場は静まり返り、この場にそぐわない怪物王弟の言葉に全員が意識をもっていかれた。
「今、私が指さした者達の共通点を教えてやろう。それは……そこに居る男爵令嬢と関係をもった者達だ‼」
「う、嘘よ‼‼」
耳にキンと響く声でアンナが叫んだ。
レイモンド殿下はアンナが涙目になっているのを気にも留めず、笑っている。
「ククッ!これは嘘かどうかは証拠の有無に関わっていると言っていいな?おい、そこのお前‼そう!そこの宰相子息だ‼……それとそこの騎士団長の子息も!出て来い!」
殿下に指さされた目撃者のうちの二人はおずおずと出てきた。
「宰相子息は左の胸ポケットに入っているもの、騎士団長の子息は……そうだな、右のポケットに入っているものだ、それを出せ」
殿下に言われた瞬間、二人は顔を見合わせて青ざめた。
気温は涼しいくらいだというのに、汗がとめどなく流れている。
「どうした??出せないのか?……男の懐を探る趣味は無いのだが??」
レイモンド殿下が言うと二人はおずおずと差し出してくる。
どちらも懐から出てきたのは手紙だった。
レイモンド殿下はニヤッと笑うとそのままそれをハワード殿下に渡した。
「ハワード、声に出して読め」
「………………っ!…………だ、大好きなカールへ、私はいつも……頑張っている貴方を愛して……愛して………………」
ハワード殿下はまだ手紙の序盤だろうに涙目になり、嗚咽をもらしながら読む。
ちなみにカールというのは騎士団長子息の名前。
ハワード殿下がグズグズと泣きながら読んでいくと、宰相子息の手紙もほとんど同じ内容だった。
そして最後には……。
「本当は……エグッ!グス!……本当は貴方のことを愛しているけれど、ハワード殿下からの気持ちに答えなきゃいけないの……だから秘密の恋人でいようね♡アンナより……」
読み終わった瞬間に泣き崩れるハワード殿下、宰相子息と騎士団長子息もほとんど手紙の内容が同じだったため絶望しながら四つん這いになって打ちひしがれている。
周囲に居る男性陣も顔色が悪い。
アンナはというと……。
「アンナ‼これは一体どういう……アンナ??」
ハワード殿下が叫ぶが、そこに居るはずのアンナの姿は無い。
窓から外を眺めるとそこにはアンナと扉の護衛をしていたと思われる若手騎士が一緒に走っていく姿が見えた。
いや、どれだけ手を出していたの?
もはや男好きの驚きよりも、誰にも気づかれずに貴方だけを愛していると思わせたそのスケジュール能力に感嘆してしまう。
泣き崩れている殿下達を見ていると突然、視界が持ち上がった。
いつの間にか近くに来ていたレイモンド殿下に抱き上げられたのだ。
「え⁉ちょ……レイモンド殿下??」
「ハハ!なんだその顔‼」
いや、顔とかじゃなくて!
「あの、離していただけませんか?」
私が丁寧に頼むと、レイモンド殿下は赤い目をキラリと輝かせて顔を近づけてきた。
「仇を取ってやった相手にそれは無いんじゃないか?」
「あの……それはありがとうございます……ですが」
やけに親し気にしてくるこのレイモンド殿下の魂胆が分からない。
彼とは会ったことも無ければ、その存在も社交をしなさすぎて、本当に存在するのかすら危うかった。
彼はフッと笑って私の耳に囁いた。
横抱き、いわゆる姫抱きをされているためちょっと声を潜めれば周囲には聞こえないだろうに、必要以上に顔を近づけてくる。
レイモンド殿下の顔や身分が良く無ければ張ったおしていたが、彼は自分の顔の良さを分かってやっている様だった。
「ダンタリオン、と言えば分かるかな?俺の可愛いピクシー?」
私はその言葉に目を見開いた。
ダンタリオンとは8年前からの私の文通相手、そして私はダンタリオンに悪戯妖精のピクシーと名乗っていた。
8年間、お互いに顔も本名も知らない状態で一度会ってみたいと思いつつも、会えなかったその人が目の前に居たのだ。
「……もっとおじさんかと思っていました」
「ククッ!ハハハハハ‼だろう⁉そう思うように会話を仕組んでいたんだ!」
快活に笑う彼に、8年来の私と同じ悪戯好きの友人、ダンタリオンの姿が重なり私は大人しく彼の腕に収まった。
あれ?でもちょっと待って私どこに連れてかれているの??
ダンタリオン、もといレイモンド殿下は私を抱いたままパーティー会場を後にし、そのまま馬車に乗り込んでしまった。
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次回、9時過ぎ頃に投稿します。