1話 断罪
その日、12歳の第一王子はむくれていた。
「ハワード王子!今日もとても素敵ですわ!」
「ハワード王子はなんて博識なんだ‼」
「あぁ、ハワード王子が居れば王国は安泰ですわ!」
この日のお茶会は、サニカル王国第一王子、ハワード・クリストフの未来の側近と妃を決めるためのもの。
金髪碧眼の彼は見目麗しく、そしてたった一人の王子でありその聡明さは誰もが知るほど。
そのため次期国王はほぼ彼と決まっており、この日、親に言われて彼にすりよる子供は後を絶たなかった。
褒められることはハワードだって嬉しい。
だが全員高位貴族とはいえ、子供は嘘を吐き慣れていない。
彼らの目は、ハワードの権力や親からの賞賛を見ているのであってハワード自身を見ているのではない。そのことがたまらなく彼を悲しくさせるのだ。
そんな中、一人の令嬢がハワードに近づいて来た。
水色の髪に深い青の瞳を持つ令嬢。
「ハワード様‼わたしもご挨拶を…………キャア‼」
ズテッと彼女は盛大に転び、ハワードの目の前で顔を押さえボタボタとその可愛らしい顔から鼻血を垂らした。
「だ、大丈夫か⁉誰か‼医師を!」
すぐに使用人がとんできて、ハワードは彼女と共に茶会退出した。
令嬢は茶会から退出する際もずっとハンカチを顔に当てながら俯いている。
参ったな、こんなことになるなんて……。
一つ面倒ごとが増えた。
そうハワードが落胆したとき、隣の令嬢はクスクスと笑い出した。
「??ご令嬢?」
「えへへ、面倒なお茶会、脱出成功ですね!ハワード殿下‼」
ニッコリと微笑む彼女の顔にはもう血は一筋もついていない。
ハワードも使用人も目を見開く中、彼女は笑顔で手に握りしめていた物を見せてくれた。
「カリシの実です。潰すと血みたいに赤黒い汁が出てくるんですよ!」
驚きと共に、じわりとハワードの中に不思議な感情が沸き上がった。
「ご令嬢……まだ名前を聞いていなかった。名前は?」
ハワードが聞くと、令嬢は一歩引いて幼いながらに完璧なカーテシーをとる。
日なたの様な水色の髪がふわっと小さく舞った。
「マクミラン侯爵家の長女、シンディー・マクミランと申します」
「そうか……シンディー嬢、もし良ければ僕の婚約者になって今日みたいに僕を支えてくれないだろうか」
ハワードがそっとシンディーの手を取ると、シンディーも軽く握り返してきた。
「はい、喜んでお受けします」
誰も彼もがハワードの後ろにある権力を見ていた。
そんな中、ハワード自身を見てくれたたったひとりの少女、シンディー。
その事実がハワードを嬉しくさせたのだ。
しかし、彼は知らなかった。
シンディーこそが、この欲望まみれのお茶会で最も己の欲望に忠実に行動していたことを。
これが私、シンディー・マクミランとハワード殿下との出会い。
全ては私の計画通りに進んだ。
いくら完璧王子とはいえ子供。
彼がこのお茶会に辟易していることはちょっと考えれば誰だって分かる。
そして、二人きりになり好印象を強くすれば全て計画通りに彼は落ちた。
そう、ここまでは計画通りに進んでいたのだ。
私はこのまま、王妃になれると思っていたのに王立学園入学後、徐々に殿下の心は私から離れていった。
そして、出会ってから6年後の卒業パーティーに〝それ〟は起こった。
「シンディー・マクミラン‼‼貴様は僕の愛しいアンナを傷つけた罪により極刑と処す!もちろん僕との婚約も破棄だ‼‼」
「そんな‼殿下!私は彼女を虐めてなど‼」
「うるさい‼お前の言うことなど誰が信じるものか‼」
王立学園の卒業パーティー、その中心でハワード殿下は私を断罪した。
誰も彼もが殿下やぶりっ子アンナの味方をする。
アンナは男爵家でありながらハワード殿下に縋りつき、そのピンクの瞳を潤ませて可哀そうな女の子を演じている。
私は心の中で舌打ちしながら、表向きは毅然と姿勢を正して二人を見据えた。
「証拠はあるんですか?いくら殿下とはいえ、証拠も無しに侯爵家の私を裁くなど出来ません」
私の言葉に殿下は勝ち誇った様な笑みを見せた。
「当然、あるとも‼」
殿下の合図と共に十数人の高位貴族の学生が前へ出た。
「この者達は貴様がアンナを虐めるところを目撃している‼さらにこの脅迫状を見ろ‼これは間違いなく貴様の筆跡だろう⁉それにアンナの物が無くなった時間、貴様が誰にも目撃されていないことは分かっている‼‼」
「…………私じゃありません……」
思わず声が小さくなると、ハワード殿下も周囲の学生も鼻で笑ってきた。
アンナはハワード殿下の肩に顔を埋めながら時折下卑た笑いを私に見せている。
目撃者の大半は男子生徒。
しかもアンナと親しくしていた者達ばかり、女生徒も居るが彼女達は明らかにアンナを怖がる素振りをしている。恐らく弱みを握られているのだろう。
そして脅迫状。
古代語の授業でクラスメイトが面白半分に翻訳してくれというから書いてしまった。
まさかこんな使われ方をするなんて……。
私は奥歯を噛みしめ、敵となってしまった元婚約者を睨みつけた。
どうすればいいだろう。
ハワード殿下への恋情など、出会った時からこれっぽっちも無い。
でも私にはやりたいことがある、そのために彼、いや王族とのつながりは必要不可欠なのだ。
これは……うん、腹をくくるしかないわね。
もうプライドがどうのなど言っていられない状況に私は意を決し、震え始めた。
お腹を押さえてその場に座り込み、すすり泣く。
「うっうぅ……ハワード殿下…………私は貴方のことを愛していたのに……だから学生の身でまだ早いと思いながらも肌を許したのに…………」
ざわっと全員の顔色が変わった。
ハワード殿下など青ざめている。
「う、嘘を吐くな‼ぼ……僕は貴様に指一本触れてなど‼」
「うっ……うぅグスッ!お忘れですか?殿下、三か月前の夜会で酔った殿下は自室に戻るなり私を押し倒して…………それに、その証拠に今私のお腹の中には殿下の赤ちゃんが居ます‼」
「なっ‼‼」
「ハワード??本当なの⁉」
「殿下、婚約者とはいえ学生の身で手を出すなど‼」
「これは……どうすればいいのだ⁉」
ザワザワと周囲の反応が変わっていく中、私はお腹を大事そうに撫でる。
もちろん全て真っ赤な嘘だ。
アンナが殿下とあまりにも親しいので、念のため三か月前に殿下の飲み物に睡眠薬を入れ、意識が朦朧としている殿下を介抱しつつ朝を迎えた。
殿下が起きる時には肌着になり、殿下の服はギリギリまで脱がして散らかした。
猛烈に恥ずかしかったがこれも全ては婚約破棄回避のためと頑張ったのだが、いかんせん、効力が弱かったらしい。
そのため仕方が無く、赤ちゃんが居るのよ作戦に入らせてもらった。
「これは一度父上に相談して…………」
「ちょっとハワード⁉本当にあの女と寝たの⁉アンナを王妃にしてくれるんじゃないの⁉」
「や、ちょっと待ってくれアンナ、大丈夫……大丈夫だから……」
「何が大丈夫なのよ‼‼シンディーなんて女として見ていないって言っておいて‼‼」
あらあらぶりっ子アンナさん、かなり素が出て来てますよ!
心の中では思いながらももちろん口頭で注意などしない。
アンナに惚れていた自称目撃者達の男性陣はその豹変ぶりに若干引いてきている。
このまま、このまま上手くいけば‼‼
そう私が楽観視した瞬間、不意に肩に男性物のジャケットがかけられた。
驚いて振り向くと、そこには銀髪に赤い瞳をした20代半ば程の男が立っていた。
今日は王立学園のパーティーとはいえ、部外者の入場は禁止されている。
男はゾクゾクするほどに綺麗な顔を緩ませ、私を見つめるとゆっくりと跪いた。
そして耳元で静かに囁く。
「嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐くと良い」
私が驚いて目を瞠っていると、痴話喧嘩から復活したハワード殿下が男を見て叫んだ。
「お、叔父上⁉なぜここに‼‼」
「やあ、可愛い甥っ子よ。面白そうなことが起こりそうだからやって来たんだ。早速だが君が身ごもらせたこちらの元婚約者殿、俺が引き取ろう」
「はい⁉」
こうして、私は己の計画のために必要不可欠だった王子に振られ、怪物と言われる王弟に引き取られたのだった。
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20時40分頃に2話目投稿します。