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俺の穴倉は弾薬庫になったらしい。
2000発の30-06を野ざらしにする訳にいかないからどこかないかとノリスに相談したら、ショットシェルと.300WinMagもつけてこの借家に運びこまれてしまった。危なくて仕方がないわ。何かあったらボカンだぞ、おかげで火気厳禁になりシエラの家事から料理が消えた。まぁどっかから持ってきてくれるから現状は変わんないけど。
金を抱いて死ぬならまだしも俺は松永久秀にはなりたくないなぁ、小銃弾が詰まった樽には美術品の価値なんかねぇわ。
そんでもってレミントン持ちのエルフたちはちょくちょく30-06を取りに来る。誰も彼も4発ずつ持っていくんだ。俺はもっと持ってけばいいじゃんて言ったんだけど、そんなに撃たないですサーって言うのよ。
これがまた皆して何当てたか報告してきて面白い。アルラビスとかいう兎には威力が強すぎて弓の方がいいらしい。鹿はアルバクスって名前でエルフは呼んでいて、それを凄い狩りやすいって喜んでいたりする。やることない俺の暇つぶしにはすんげぇ助かるなぁ。それに狼のアルウォルフはすばしっこいから、兎みたく短弓の方が良いとかも言ってる。どうも弓とレミントンを使い分けるのがサウスエルフ流らしい。ボルトアクションは弓を駆逐するところまではいかないってことだ。ただもっともっと現代兵器を出してやる予定だからどうなることやら。
ちなみに最近シエラはサコーでアルウサス、熊を狩りました。まぁ確かに30-06とは装薬量が違うけどさ、そんな簡単じゃないと思うのよ。やっぱおかしいわ。
あといつまでも弾をここに置いておくわけじゃない。安全を喜ぶべきか戦果報告が無くなることを悲しむべきかは複雑だが、今その話をしようかと思ってる。
昼下がりのシエラ先生の講義中にノリスが尋ねてきた。聞けば彼が紹介してきた16人のエルフ分隊は慣らしを終えたらしい。おかしいなぁ彼らはだいたい20発ずつくらいしか撃ってないんだけどな...500ヨルド先のアルバクスを射ったとか報告は貰ってるから信じるけどさ。でも1ヨルドだいたい1mくさいのよ、エルフの血はおかしいわ。
「俺はアルファンの森には玄関が必要だと思うんですよ」
シエラが狩った熊は体長3m超えの大物で大きい絨毯になってくれた。この客人用の敷物の上にシエラとノリス、フォールの里の上役二人に座ってもらっている。
「...どういうつもりなの、この里じゃダメなの?」
シエラ先生はどっしり構えるのがお好きらしい。別に駄目じゃない、この里を守るにはそれで十分だ。ただ俺には消極的すぎるな、打って出たいぜ。ファイア&ムーブしない?したくない?
ノリス軍曹はは顎に手をやって動かない。戦力的には足りてると思ってんのかな。ノリスから説得しようか。
「カルマン人はベースキャンプを張ってそこから分散行動をするんですよね。じゃこっちも同じことをしませんか?より高度に」
「前線を上げるのか。常駐するのはどのくらいの見積もりなんだ?」
あー、こっちは今何人だ?16人に俺とシエラとノリスか。
フォーマンセルでだいたい5組。結構やれるな、それもいろいろ。
「4人ずつに分けましょう。それを分隊にして最小単位で動かします。里に一組残して、奴らがキャンプを張るエリアのすぐ前に拠点を作って入ります。15人もいれば相当に堅い奴に仕上げて見せますよ」
急にノリスがニヤつく。そっちもなんか思いついたか。
軍隊で言えば俺は少尉でノリスは軍曹だ、頼もしいのは歓迎だよ。
「明日コルディの里のエルフが8人来るそうだ。これで23人だな」
いいじゃんか。5個分隊もあればなんとかなんだろ。寝ずの番と偵察と非番に3個分隊だろ?で余った2個分隊は臨機応変にって感じだな。俺とシエラ、ノリスも自由に動けるから十分だ。まぁ固定の仕事がある3個分隊以外は即応待機が基本だろうけど。
「人数は問題ないですね。偵察して片っ端から射って回るお仕事になります」
「今なら100人くらい殺れる気がするよ」
よし、ノリスは満足げだ。こっちはOKだな。
「シエラはどう思う?」
ノリスは戦闘員の束ね役だけどシエラは里の代表の娘だ。こっちも疎かには出来ない。てかシエラが来てくれないと俺は生きていけないのよ。彼女の料理は美味いし、それになんか俺が落ち込むとそれとなく寄ってくれるのよ。
あれ、なんか俺情けなくね?シエラに保護されてるわ...バブみ感じそう。
「そんな顔しなくてもジョンについていくわよ。あなたの一生くらい面倒みるって言ったでしょ」
ゆるふわロングをかき分けて即答するお嬢様。男前やな、ぽって感じですわよ。
「ただ負傷者が出たらどうするかと資材は何が必要か、それと食料のことは聞いておきたいわね。フォールから持ち出す分はどれくらいなの?」
ああ、結構頭が痛いこと言うなぁ。まぁでもだ、輜重兵科のシエラ副官を口説ければなんとかなるだろう。戦闘兵科のノリス軍曹はOKだしたようなもんだ。
「今は春と夏の間なんだろ?秋まで拠点に入れればいいと思うんだ。春の種まきが終わったからカルマン人は森に来る余裕がある、でもそれも秋の収穫が始まるまでだ。冬は向こうもこっちも動けないから関係ない。だから食料はその間持つ分で良い」
そう、この世界というかアルファンには四季があるという。まぁこっちの世界の地球?もどうせ丸いんだから驚くことでもないけどな。
そんでシエラはまずまず頷いてる。ただ問題もあるんだよな、その辺りは丸投げするしかない。
「資材は現地調達でいいと思う。木を切って出来る物くらいでいいし、後は俺に任せて欲しい。負傷者はシエラにお願いするしかないかな。ごめん」
「まぁその為のフォールだからね。良いわ、任せて」
導師フォールの家系の者は光の魔法、治癒魔法が使えるらしい。医療者が指導層を担うのがエルフの決まりでコルディの里も同じだとか。なんか弱みにつけこんだようでバツが悪いが一蓮托生だ、最後まで付き合ってくれ。
突然、扉がゴンゴンと来客を知らせてきた。ノリスは腰を浮かせ、シエラは怪訝そうな顔でもって振り返る。
そして扉が開き、金髪ボブのマリアが申し訳さなそうに入ってきた。
「抑えきれませんでした。さー」
どうにでもなれと吹っ切れた感じで報告していた。
よく分からんからノリスとシエラを見た。ノリスだ、ハーブティーを飲みながらそっぽ向きやがった。
俺がノリスを問い詰めようとしたらグヘェとマリアの潰れる鳴き声がした。
「あんたか!あのエライ工芸品を作ったのはあんたかいな!」
ちんまい髭モジャおじさんがマリアを押しのけて吠えている。顔が真っ赤っかだ、興奮状態だ、これは止まらない奴だ。
これは俺に言ってるのか?俺は別になんも作ってねぇけど、これは言っても通じないだろうなぁ。
「矢じりが全然売れんし包丁研ぎはやたら頼まれるんでなんぞあったかと思えば、れみんとん!ありゃなんじゃ!凄まじいのう。バラしてみたがどれも同じサイズじゃわい面白いことしてるのぉほれほれ」
なんかくねくねし始めたぞ。あんた誰やねん。
サムおじさんは工場規格の生みの親なんだから同じサイズに決まっとろうが。
...アッこいつバラしたって言った?不味いだろそれは。
「あんたは誰だ?そんでバラしたのか?」
「わしはブラッカスじゃ!工芸士よ。バラしたし元に組み立てたわい。ついでに筒の煤汚れも取ったし
油をさしておいたぞ。しっかし妙な油じゃな、調合が大変だったの。ワハハ」
分解清掃してくれたん?マジ?
あーなんか色々追っつかねぇ。俺のウィンチェスターとシエラのサコーもやってくんねぇかな...
「そこの銃も弄るか?」
ひったくるような勢いでもって2丁を掴んでノッシノッシ歩いてくる髭モジャちびのブラッカス。
ノリスを肩でどけてドカッと座ってきた。
「良いのか!?ほー、すんごいのぅ、あーだいたい同じじゃなぁ」
こいつ良いのかって言う前に弄ってんじゃねぇか。
当のブラッカスは机の上で流れるような手つきでサコーをバラしてみせる。早いし丁寧やなほえー。
で訳の分からん出鱈目も披露してくれるブラッカス。こいつ指からなんか噴射したわ。
「なぁ今指から何だしたんだ?」
「油じゃよ。お主ドワーフ見るの初めてか?ドワーフは火と鉄と油のことは大概なんとかできるわい。甘くみるでない」
ああやっぱお前ドワーフか。
ブラッカスは一切こっちを見ない。サコーはもう仕上がっちまった。クッソ早ぇなおい。
それを見てシエラはむすっとした顔だったのを止めた。まぁ綺麗になったからね、多めに見ようって気になるよね。
「工芸士。これは毛色が違うの、うーん、あっこうか...これは鉄でもないし木でもないし、あ˝あ˝」
ウィンチェスターは苦戦するのね。ブラッカスが予習したレミントン、ボルトアクションだもんな。ポンプアクションは確かに毛色が違うわ。それにストックは樹脂製だしな、見たことないのか。
「俺はジョンドゥ。あんたは何しに来たんだ?」
「何ってのぅ...エルフの里で鍛冶仕事やらして食料買い込むんじゃ、工房にこもるためにの。じゃがこれ面白いし...いつもなら出稼ぎして終わりじゃが、うー」
煮えたぎらない返事のブラッカス。そのくせ手は淀みないんだよこいつ。めちゃくちゃ短いけどドライバー用意してるしな。意味が分からん。
「なぁノリス。何があったんだ?」
そこで黄昏てないで教えろよ。
「ドワーフは面倒だから隠しておこうと思ったんだ。だがブラッカスの工房はうちの里の大部分の鉄製品を作ってる。どこかでレミントンを見られてバレたんだ、レミントンを持ってこの家を出入りしてるのもな」
疲れた顔して答えてるけどそりゃ疲れるわ。勢いがヤバいもん、絶対ジャンキーかなんかだよブラッカス。
「でこれは何に使うんじゃ?針が動くだけじゃのぅこのままだと」
ウィンチェスターも終わったらしい。
ドワーフは理解力も出鱈目だわ、ファイアリングピンに気づくんだ。
これは弾薬については黙っておくべきか?いや説明だけして実物は教えなきゃいいや。
「カリマン人に向けて使うんだよ。バレルっていう筒の中で火薬を爆発させて鉛の粒を当てるんだよ」
「...見れるか?」
そっかー、見たいのかー。
どうなんだこれ?見せて良いのか分かんねぇなぁ。
判断つかないときはパスだな。丁度良い人いるじゃん、俺の保護者でエルフの上役の方。
「シエラ、どうよ」
どうよって言われても困るよな...めっちゃ百面相してる。うわっブラッカスもシエラ見つめだしたわ。みんなシエラを見てプレッシャーかけてる。ブラッカスは良いよな良いよなって感じに、ノリスは止めろ止めろって感じ。
「前線拠点作りに連れて行くのはどう?食事は出すわ、3人くらいで来てくれない」
おおまるで駐在武官だな、良いなそれ。ドワーフもどうせ戦闘力高いんだろ?ランボーやってくれて良いんだぜ?
ただカルマン人狩りに巻き込んで良いのかね。ドワーフのお勉強は受けてないんだよね。
「ブラッカスはどうなんだ?バチバチに殺し合いになるぞ」
「儂らは西部のドワーフじゃからカルマン人と関わりはないわい、じゃが東部のドワーフは奴隷狩りにあっているでの。殺そうとは思わんが死なれたところでどうでも良いのう。危なくなる前に帰っても良いなら問題ないわい」
シエラ先生は頷いてらっしゃる。これで交渉成立か。よし整備はぶん投げよう、拠点も重武装化出来るしな。それに帰さない自信が俺にはあるのだよ。ふふふ。
しかしすっげードライだな。あまりにテンション低くて興味が湧かないのが丸わかりだわ。
「私たちはコルディのエルフと打ち合わせしたら出発するからね、早いとこ連れてきなさいブラッカス」
「そう急かされんでも急ぐわ!レミントンと...あと二つ、見事じゃのう。また弄ってやるでな」
愛おしそうに机の上のサコーとウィンチェスターを撫でるブラッカス。彼が今日の勝者だ。
押しが強いと思っていたエルフもドワーフには負けるんだとちょっとした発見は面白いかもしれない。
「4人で良いかのう」
「良いわよ?」
「じゃ5人はどうかのう」
「駄目よ!」
ちょっとしたオークションだ。そっかーブラッカス以外も来たがる感じかぁ...折衝はエルフにぶん投げよう。俺は餌を用意するだけだ。
机に両手をドカンとおろして渾身の拒否をするシエラ先生。そんなんじゃ身が持たないぞー。