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やさぐれジョンとアンクルサム  作者: イエローモンキー
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6

助けたうち一人はやはりリリアだった。

背格好からして10代前半にしか見えないこんな小さい子が攫われるなんて酷い話だと思い色々話を振ってみたが、分かったのはやっぱり出鱈目ことだけだった。

リリアは28歳だというがちゃんちゃらおかしいわ。俺と同年代じゃねぇか。これが人間ならどんだけ欠食な暮らしをしてきたんだってことになる。

参考にシエラは、20代前半くらいに見えて身長は160ちょいある感じに胸はそこそこあるしで脚はカモシカみたいに筋肉質な感じでスリムではあるけどガリガリな体つきじゃない。つまり栄養状態は別に悪くない。

だからこういうもんなんだろうな。


で、残り二人はコルディの里のエルフで男の子と女の子はそれぞれカルとカーラと名乗った。双子で歳は19歳だとよ、見た目は一桁の子供だけどな。この子たちの里は導師コルディが顔役の里だそうで、その里もサウスエルフ。つまりは人間嫌いだ、二人はもっぱらシエラと会話し、時折俺の顔を伺ってくる。

幸いなことはカルマン王国人に黒髪黒目はほぼいないらしく、アジア系全開の俺は警戒はされなかったことだけだな。


今俺とシエラと子供たちは焚火で暖を取っている。

ベースキャンプを夕暮れ時に襲撃した結果、あれこれ終わったころには夜が来ていた。今夜はここで動かず夜更けを待つことにするらしい。森初心者の俺はエルフに従うだけだよ、専門家を無視して幸せになることなんかないんだからな。


「あの、ありがとうございます。えと、これどうぞ」


おずおずとカーラが木製の食器に入ったスープと木のスプーンを差し出してきた。その後ろではそのスープを火にかけているシエラがサムズアップしている。

何をしろっていうのかね?こんな子供相手に恩着せがましい真似したくなんかねぇよ。取りあえず配膳に礼を言いながら受け取っておいた。


「うう、お肉はもうちょっと待ってもらえますか...」


馬車の物資からくすねた香草漬けの肉を焼いているカルがこれもまた所在なさげに言ってくる。

なんで子供にこんな顔させなくちゃいけないんだかな。俺も何か仕事があれば少しは気分がマシなんだがエルフたちは何もしなくていいと止めてくる。勿論リリアだって焚火のために枝を集めたり食器を洗ったりしている。俺だけ何もしていないから居心地が悪いのなんの。


「なぁそんな気を使わなくていいよ。俺は大したことはしちゃいないって、ほとんどシエラがやったようなもんだからさ」


天才狙撃手エルフがほぼほぼ射殺したからな、キルスコアは倍の開きがあるわ。


「いいえ、それでは精霊を裏切ります。どうか...どうか私たちを受け入れください」


リリアが枝をくべながら祈るように言う。

そう宗教染みた返し方されると返答に困るわ。いったん棚上げだな。


「シエラ、俺たちはカルマン人の半分は逃がしただろ?そいつらが戻ってきたりしないのか」


気候的には数日くらいなら森に放り込まれても死なないだろうとは思う。だから物資が貴重って訳でもないと思う。確かにのほほんとしても良い気がしないでもない。だがここには高価値らしいエルフがいる。損きり出来ない馬鹿がいたら危ないし、夜襲なんざ食らいたくもない。


「たった二人に分隊の半分を殺されたのよ?奴らは馬鹿じゃないし素直に逃げるでしょうね。それに分隊って言ったけど奴らは軍属に見えなかったから猶更逃げるわよ」


シエラ先生の講義が始まった。

そうね、俺は奴らのことなんて毛ほども知らない。スープ飲みながら拝聴しよう。


「軍属じゃなかったらなんなんだ?それに軍属とどう違うんだ?」


「今回死んだのは冒険者とか衛兵とか町教会の司祭とか。自分たちの判断で金稼ぎにきて自分たちで撤収の判断をするのよ。王国軍だとノルマがあるし損害より目的達成を重視するわ」


また出鱈目だ。なんだ冒険者って、糞みたいにファンタジーじゃねぇか。そんでそういう市民は損害を無視しないわけね。で王国軍は命令優先と。


「で、どっちが強い?」


「基本的にはクソ市民ね、連中は実力主義で腕自慢な奴だけ来るの。弱いのは逆にエルフに殺されるから。軍の方はピンキリよ、森に入るのは弱っちいのばかりだわ。数回だけ魔術師部隊が来たことあるくらいかしら」


嫌ってるわりにはカルマン王国に詳しいな。それもそうか、エルフだって生き残るために必死なんだろう。


「じゃ今夜は取りあえず安全でいいのか?」


聞いておいてあれだが安全らしいのは分かってる。でも世界は危険だらけだ。取りあえずは居場所くらい守れたいから警戒はかかせない。


「だから食事よ。次はお肉よ」


ただシエラな俺の臆病は知らんとシエラが顎でちびっこいカルに目線を向けるよう仕向けてくる。カルは表面をナイフで削った木の枝に刺した肉を俺に手渡してきた。

ハーブと胡椒の香りが食欲をそそる。いいもん食ってるなカルマン人。味は癖が強い豚肉に近いなにか。ジビエのなんかだろうな、分からん。


スープのお代わりをカーラに頼みつつ、俺はみんなを見渡した。

飯食ってる時ぐらいは穏やかでいたいという俺の思いが通じたかは知らんが、子供たちの顔は悪いもんじゃなかった。カルとカーラは肉の焼き加減で何やら言い合ってたり、リリアはリリアでコンソメっぽいスープに麦をつっこんで麦がゆを作ったりしている。ほんとに麦かは知らんが。そう悪い食事じゃなかった。良いことだ。


そして食うもん食った俺たちは無言で焚火を車座に囲っていた。狼のラルフもいつのまにか森に帰っていて、残った5人は示し合わせたわけでもないのに口を噤んで沈み込んでいた。


「寝ずの番とかいるのか?」


空気に耐え切れず俺は星を見ながらこぼした。

星は良い。現代日本じゃ見られないくらいの満点の星空だ。この世界の唯一の美点かもしれないな。


「私がやりますから、ジョン様は休まれてください」


リリアが畏まっている。だからそんな顔すんなよ。

俺が助けたんじゃない、君たちが俺を助けたんだ。こうして安らげるのはシエラがいたからで、サウスエルフが善良だからなんだ。


「俺はエルフじゃない。君たちは子供で俺は大人だ。なんて言えば良いか分かんないけど、もうちょっと無責任に頼ろうや」


リリアが真一文字に口を結ぶ。リリアだけじゃない、カルもカーラも力なく首を振って不満げにしている。

不器用なまでに義理堅いサウスエルフたち。シエラの父親のシーガンだってそうだ、人間嫌いなはずなのにあんなに気を使ってくれた。なにがそうせるのかな。シエラは他のエルフより融通は利くみたいだが義理堅いのは同じだしなんでここまでしてくれるのか。


「ジョンだけならそれでいいかも知れないけど、この世に過不足は出しちゃいけないのよ。例えば森から食料を取りすぎたら来年取れなくなるように、取らないことで増えすぎて獣を呼び荒れるようにね」


シエラが俺を諭そうとしている。

もういいか。一度彼らの思うようにやらせてみるか。


「分かったよ。じゃあ君らに任せて俺は休むから」


意味ありげに微笑むシエラ。お気に召したようで幸いだよ、降参だよもう。


「あら、押し問答してたらその必要が無くなっちゃったわよ」


また出鱈目なことを言い出したよ。

今度は何だ?人攫いは解決したんだろ。ってことは不都合が飛んでくるわけじゃないだろうからもういいや、もう眠いんだよ。


だがシエラは唐突に、眠たい俺を無視して得意げに指笛を吹いた。タッタッタータッタてな感じのリズムでもって辺りに響き渡る。

間をあけずにラルフがシエラに駆け寄ってくる。この狼森に帰ったのにもう呼び出されるのか、仕事熱心なことで。ただ、ラルフを呼ぶ合図ではない気がする。気がするだけだけど。


なんて呑気な考えに胡坐をかいて後ろに両手をついていたら遠くの茂みからぞろぞろ金髪エルフが出てきた。夜中に森歩きとか精が出るねってのはあれか。不謹慎だな、身内の誘拐なんだからそれくらいやるか。で10から先は数えるのを止めた。だから数は分からんがそこそこ大勢の弓や剣で武装したエルフたちが安堵と困惑の入り混じった目つきで俺を見下ろしている。

なんか言った方が良いの?俺OFFモードなんだけど。


「あなたがジョンドゥでいいのか?」


若者揃いのエルフ集団の中では珍しく年嵩を感じさせる長身の男が問うてきた。見覚えがある。フォールの里でシエラがやり込めたうちの一人だ。


「ええ」


「私はノリスという。このカルマン人のベースキャンプから賊を追い払ったのは君なのか?」


そう言うなり長身の男は俺からリリアに目線を移しほっと一息ついた。その仕草にシエラの迎えくさい雰囲気を感じる。だがシエラは我関せずと毛先で遊んでいて、リリアはじっと俺を見つめる。そうか俺が話をつけないといけんのか。


「ほとんどはシエラの手柄です。おれは手伝っただけです」


「シエラ様だけでは無理だ。弓を持って数人、風の刃でも数人なんだ。封じの魔晶石を持ち出されれば弓も強度と精度を失い、風の精霊は力を無くす。ジョンドゥ、君がやったんだろう?」


だからほんとにシエラなんだって。あの凄腕の狙撃の速射見せてやりたいくらいだよ。俺がやったのは、散弾銃に真っすぐ突っ込んでくる鎧で動きの鈍いカモ撃ちだけだから。


「エルフから見てカルマン人はそんなに手強いですか?」


ファンタジー初心者の俺としてはもっと殺れそうだけどな。シエラの狙撃は弓ありきだと思うんだ。だからあれだけボルトアクションライフルを使えるってことは弓だってすごくないとおかしくないか?風の魔法は知らん。


「数十人のカルマン人相手に、私はエルフを23人連れてきた。これが答えだよ。魔法は万能じゃない、それが封じられれば同条件の白兵戦しかないんだ。残念だがね」


思っていたより有利ではないのか、目の良さくらいしかアドバンテージがない感じか。それも遮蔽物の多い森では絶対的ではないだろうな。

銃ってヤバいんだな。考えないようにしてたがこの世界じゃオーパーツだ。


「どうやったかは聞かない。だが君がやったのは分かる、里から追い出そうとしてすまなかった」


深々と長身を腰で折って頭を下げるノリス。波が広がるようにどんどん頭を下げるエルフたち。

やめーや。米つきバッタエルフはもういらんのや。

ここらで腹決めるか。俺が何も要求しないからこいつらが頭を下げたままなんだ。


「皆頭上げてくれって!ノリスさん、それにシエラもよく聞いてくれよ」


シエラが笑みを嚙み殺して俺を見る。ノリスが神妙に耳を傾けてくる。

耳かっぽじってよく聞け。俺はここで腰据えて、いつの日かアルファンに骨を埋める気になったんだからな。


そうだよ。俺だってフロンティアがなんなのか考えたんだ。国に居られなくなった人たちが海を渡った結果がアンクルサムなんだろ?その後もずっとそうだ。カトリックに追いやられたプロテスタント、戦争に負けたゲルマンや半島のラテン民族、自国が貧しいヒスパニックにカリブだってそうだ。新天地が必要だったんだろ。じゃあそうすりゃ良いじゃねぇか。


「カルマン王国はクソなんだろ、キール正教はクソなんだろ、アルファンに我が物顔で入ってくるクソが気に食わねぇんだろ?ノースエルフはサウスエルフの血を犠牲にしてるから安全なんだろ?じゃあ吠え面かかしてやろうじゃねぇか全員な」


明日に夢見て新天地に居を移した人間の技術を投資すればいいんだ。

カルマン人なんか吹き飛ばせばいい。インディアンなんか目じゃねぇくらいぶちのめしてやる。ノースエルフはまぁ知らんがサウスエルフは独立して自由を手に入れればいいのさ。レイシストの宗教はなんかテロの温床に違いないんだ、改宗するまで追いつめてやりゃいい。

まずはアルファンがフロンティアだ。そこから徐々に森を出よう、我らが森が平穏になるまで開拓を進めてやる。


「...ジョンドゥ、本当にそんなことが出来るのか?」


ああ出来ますねぇ。別にシエラが特別凄いって訳じゃないんだろ?いや凄いは凄いんだろうけど。あんたらならやれる。

俺はこの生きづらそうなエルフたちが気に入った。エルフの子供が幸せになるまで全額ベットだ。


「できます。俺の力で20何人の半分が死んで半分が逃げた。それも俺の力をシエラが使ったからです。もちろんこの力はノリスさんだって使えますよ。アルファンから糞ったれのカルマン人を消したくありませんか?」


鉄と油はあるんだ。それにエルフの血だ、絶対勝てる。ただこの血は絶やしてはならない。

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