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里からはすんなり出れた。生きて出られるか怪しんでいたのは取り越し苦労だったらしい。見張りをやってた連中はシエラの父親のシーガンに集められてどこかで会議中じゃないかとシエラが言うから、極力静かに動いたらすいすいと外まで出れた。
まぁどうだっていいさ。取りあえずはリリアを助ければ良いんだろう。
「なぁリリアって子はどうやって探すんだ?俺には当てはないぞ」
里から出て暫く経ったからもういいだろと思って俺はシエラに話かけてみた。
「当ては一応あるわ。あなたが始末したカルマン人はどこかでベースキャンプを張ってるはずよ、それなりの集団でね。そして幾つかのパーティに分かれてクソ仕事に勤しんでいるのよ。だからあなたが仕留めなかった魔術師の痕跡を追えばたどり着けるはずだわ、途中で死んでなければ血痕が案内してくれる」
おっかねぇなこの女。ただあの銃創じゃ十中八九死んでんだろ。
「案内してくれなかったらどうするんだ?言っとくけど俺は魔法なんて使えないからな」
「まぁあなたは人間なんだから魔術なんだろうけど、とんでもないのが使えるじゃない。それに二の矢はあるから大丈夫だと思うわ」
そう言うなり、細かい男ねぇと口にする代わりかは知らんが口を尖らせているシエラ。様になってるからイラつかんが。
それに他にも策があるならいい。
「魔術も使えねぇよ。あるのはちょっとした道具だけだ」
そうだよ。なぜか出てきた、今両手で持ってるウィンチェスターと右腰のショットシェルポーチだけが頼りだ。
「私あんまり冗談は好きじゃないわよ。その黒いこん棒でやったこと見てるんだから、どんな高位魔術よ」
ジト目で見られたって魔術じゃないわ。散弾銃は魔術じゃないからな。
「なぁ、傷はどうしたんだ?あれだけ傷塗れだったのになんでそんなすべすべになってんだ。羨ましいんだけど」
シーガンの話に入ってきたときにはもう治ってたんだよな。意味が分かんねぇ。出鱈目だよな本当に。こっちは噛まれた傷が疼いて仕方がないわ。
「ほほ、光の精霊様に感謝ですわよ。ああ、ごめんなさい。光の魔法で治せるのよ、怪我はね」
自慢げに玉肌を披露してくるシエラ。意外に陽気だなこいつ。
「なぁこれも治せたりしないか?」
俺は右袖を少し捲って見せてみた。
情けないが痛いもんは痛いんだ。ダメでもともとだ。どうですシエラ先生。
「ばかっ!早く言いなさいよ。これくらい治すに決まってんじゃない」
飛びつくくらいの勢いで両手を傷跡の前に翳す。そんな急がんでも逃げねぇよ。
なんて呑気なことを考えてたらだ。
淡く白く光ってそれで、傷が塞がった、というか無くなった。鈍い痛みも消えた。
「はぁっ...なにやった?」
「魔法よ魔法。別に驚くことないじゃない?あなたはもっとすごいんだから」
こてん、てな感じのシエラ様。
ああ、異世界だなぁ。気が遠くなるぜ。
「ありがとうな。礼って訳じゃないけど真面目な話、俺は魔法も魔術も使えないんだ」
「じゃその黒い妙なこん棒は何なのよ?」
銃を知らん感じだなこれ。まぁ日本にも知らない人はそれなりにいるだろうけどさ。
「簡単に言うと火薬って言う爆発する粉を使って金属の欠片を飛ばすんだ、筒の中から。だからな、誰でも使える」
「私にも?」
「もちろん」
ああ、原理は興味ない感じ?説明したいんだけどなー、ちょっとだけでも聞きたくない?
まぁそんなナードみたいな真似しても誰も得しないからいいや。
「私ねぇ弓置いてきちゃったの不味いかなって丁度思ってたのよー。なんて冗談よ、それ怖いから貸してなんて言わないわ」
猫撫で声で強請ってきたと思いきや、すっと畏まってみせるシエラ。
結構気の良い女の子だよな。救いになるよ、始末した連中に罪悪感を感じずに済む。
「たぶんもう一丁は用意できるんだけど、要らんならいいか。で弓なくて大丈夫か?」
チューブに4発、ポーチに12発。最後に撃った時にポンプアクションしてないからチャンバーに空薬莢入ったままって感じ。補充は要らないと思うけどこれで大丈夫かねぇ。だがサムってそんなホイホイ会えるのかあいつ、やるしねぇかこれ。
「...それってそんなにすぐ用意できるの?あなたどこから来たの?あっいや...別に他意はないわよ?」
そんなにテンパんなよ。
...まぁそうだよな。知り合いが散弾銃持ってきて欲しいか聞いてきたら誰だって恐いよな。そんなホイホイ手に入んのかよ、何に使うんだって話だよな。
「俺はジパングって遙か遠い国からやってきたんだよ。それに用意できるのは俺だけだ」
剣だの弓だの鎧だのなんて似非中世な世界に銃を作れる訳がないわ。それにこの世界の倫理観で銃社会とか、俺生きていけんよ。
「...ねぇ、簡単なので良いから1つお願いできる?」
シエラが怯えている。
多分、こんなの簡単に用意できる奴が敵か味方か分からんってのはプレッシャーだろうな。
良いよ、シエラは良い女だ。いつでも俺を始末出来るような奴をプレゼントしてやるか。安心させてやらなきゃいけない。
目を閉じてサムを呼んでみる。
「パイオニア、調子はどうだ?フロンティアが少しだけ広がったみたいだが」
何言ってんだ。だからフロンティアってなんだ。そのビール腹にヤクザキックしてやろうか。
「なぁ、いい加減教えてくれても良いんじゃねぇか?」
「少ししか広がってないからな、少しだけだぞ」
人差し指を左右に振るのを見せつけてくる。何のアピールだよ。
はぁ...いいや。聞くだけ聞こうか。
「フロンティアは希望だとか夢だとかそんなもんだ。希望が薄い奴、夢が遠い奴には必要なんだ。で、少しとはいえ広がったから取り扱いも増やせる。OK?」
少しもOKじゃねぇな。しかし悲壮感たっぷりに漏らすように言う話なんかこれ。
「参考までに今までの取り扱いは?」
「厳密には違うが、銃器店にあるものはあんたに渡せるって状況だ」
出鱈目だ、ホント出鱈目だ。だから軍用は駄目だって言ったのかよ。はいはい民生用使えば良いんだろ?
「で今の取り扱いは?」
「国家には何が必要か決まってんじゃねぇか?鉄ときたら次は油だろ」
下品だな、ホント下品だな。侵略戦争でもする気かこのノータリンメタボリック。
「乗り物が欲しい時は出せるって言うんだろ?植民地でも欲しいのかあんた」
「違うな、民主的じゃないなぁそれは。我々の都合で援助して我々にとって都合のいい国を作ってもらうんだよ。サムおじさんらしいだろ?まぁ冗談だが」
赤くならなきゃ良いし、あんたのとこの資本を受け入れてくれれば良いってことだろ。奴隷と何が違うってんだか。まっ俺には関係ない話だがな。
「もういいや。今回は銃が欲しい」
「パイオニア、用途はなんだ?」
別にそんな御用伺いみたいな真似は要らんちゅうねん。そんなネクタイいじいじしてアピールすんなや。ビジネスマンのアピールのつもりだろうが、スター&ストライプで俺を恫喝してるようなもんなんだからよ。
「どうせ民生用しか出せねんだろ?」
ちょっと今回はイラついたから他所の国の商品もらおう。ついでに俺の国のもつけさせよう。
「サコーのモデル85クラシック、弾は.300WinMagな。どうせあんだろ?今回はウィンチェスターもレミントンも貰わねぇからな」
「サムおじさんに用意できないものなんかない、もちろんあるさ。スコープは要らないのか?」
そうかい。なんでも用意できるときたか。傲慢すぎて笑えるわ。
「ニコンのライフルスコープで良いのないか?50㎜くらいのレンズの奴で」
「ブラックFX1000でどうだ?6-24X50で1000ヤードくらいはいける」
ああなんでもありますねぇ。アメポチなのが悲しくなってくる。次はホーワでも要求するか?
「M85に載せといてくれ。弾の方は20発くらいポーチかなんかに入れてくれると助かる」
「了解だ。さぁフロンティアを進めて行こうぜ、パイオニア」
うるせぇ野郎だ。
「ああ、弾は180グレインのソフトポイントにしといたからな」
うるせぇ。
瞳を開ければなんとやら。ドサッとボルトアクションライフルと小ぢんまりとしたポーチがシエラに降ってくるじゃありませんか。ほんと出鱈目。
シエラがびっくりはしたがライフルをすっと取り、優れた反射神経を見せる。まぁポーチはぼてっと落ちた。
「危ないじゃない!出すなら言ってよ、顔でも腹でも吹き飛ばすんでしょこれも!」
お怒りである。多分玉入ってないからそうはならんぞ。
「焦んなって、そのままじゃ誰も吹き飛ばないから。ほら貸してみ」
ウィンチェスターをその辺の木に立てかけてサコーを受け取る。
そんな恨めがましい顔してくれるなよ。
「基本動作な。この...ボルトハンドルっていうんだけど、この突起みたいのを上げて引く。そんでもって押して戻す」
俺は木製のストックを肩に当てて左手で銃を支えて右手でガチャガチャと実演する。
エルフって木が好きなイメージってか、木の家に木製の家具使ってんのを実体験したから木製ストックにしたけど気に入ってくれるかな。
「すごいわね。木の仕上げ方が綺麗だし、すごいしっかりとした金属ね...ってちゃんと話は聞いてるわよ!」
顔に出したつもりはないんだけどな。でも確かに聞いてんのかこいつ?とは思った。まぁ、反応が愉快で面白いからヨシ。
「でトリガー、これな。これを引くと、金属が筒の中から飛び出して当たった何かが多分吹き飛ぶ」
俺は、右手の人差し指を小刻みに動かしてからトリガーを引いてみせた。
「でもなんにもならないわよ?」
そら弾入ってないねん。そういや何発まで入るんだこれ。猟銃だから大して入らないとは思うけども。4発くらいだった気がする。
「そこに落ちてるバックを開けてくれない?」
「これ?なんか見たことない...まぁ入ってるわね」
なんか形容するのを諦めたなこいつ。
取りあえず入ってるのは.300WinchesterMagnum弾。分かんない人は分かんない。分かる人には7.62X51㎜NATO弾の弾丸に、それより大きい薬莢にそれより多く火薬を詰めた弾薬って言えば分かると思う。マグナム弾て、単にあれこれやって火薬増やしましたっていう力技だからね。
「それ1つちょうだい。んでまたボルト引いて、ここに弾を入れる、ちなみにこの細いのは弾って言うから。でボルトを戻す...デカい音鳴るけど大丈夫か?」
「大丈夫じゃないの?雷が落ちたとでも思えばなんてことないわ」
いや晴天だが。いいや、良いってんだから良いじゃんもう知らね。
俺はスコープを覗いて適当な的を探す...やべぇゼロインどうしよう。あーこれどうしようもなくない?分かるならメートルでもヤードでも良いけどさ、距離分からなくね?あー詰んだ。いやもう知らんわ。
適当な木に撃つ。そしてボルトを引いて空薬莢を出す。
「...これあなたのと全然違くないかしら?いやこれも十分おかしいんだけど」
「これはシエラにあげるから撃ってみて」
シエラにサコーを渡す。
いやぁどうしよ。200mくらいでゼロインしたいんだけど、どうやって合わせればいい?
「これ、面白いわね。遠くが綺麗に見えるし、横のポッチをクリクリ回すと景色が少しだけズレるのね」
あっ馬鹿!お前適当にいじったら戻せなくなるぞ。
ああ、いや真ん中に合わせりゃ良いんだよ。落ち着け俺、冷静にだ、冷静に。
つうか、シエラはスコープのズレを実感してる訳で...もうこいつに好きにさせてみるか。
「なぁシエラ。お前、視力に自信あるか?」
「視力が弱いエルフなんていないわ。弓の民の名が泣くもの」
勇ましいこと言うわりにクリクリクルクル遊んでスコープに夢中のシエラ。
まぁいいや、賭けてみるか。
「普段、歩幅で距離測ったりするか?」
「私は森の民よ、みんなに距離を伝えるときに使ったりするから誰でもできるわよ。私が122歩歩くとだいたい100ヨルド」
こんどは森の民かい。クラスチェンジに忙しいねぇ。
あとヨルドはなんやねん。そんな単位知らんわ。それよりシエラって身長何センチだ?172cmの俺より少し低いから、160ちょいか。歩幅は70㎝から80cmか?ああめんどくせーな、200ヨルドでいいや。多分そんなもんでいいだろメートルもヤードもなんもねぇんだからな。
「200ヨルドくらい先の物ってなんかない?」
「あの熟れたシードをつけてる木が丁度200ヨルドね」
熟れたシードってなんだ?ちょっと先にリンゴみたいな果実つけた木があるのは辛うじて分かるけど、それなのか?シエラさんねぇ、なんか指差してらっしゃるけどほんとに丁度か?つかどの木だよ。その辺りどれもシードが成ってるけど、どれが熟れててどれが熟れてないのよ。知らんわ。
「弾を込めてみて、あっ1個だけじゃなくて...もう一回。そうそう連続で詰めてみ?」
そうそう、良い感じ。シエラが弾をポチポチ入れてく。やっぱりキャパシティは4発かまぁ十分だな。んでシエラはボルトを戻す。俺がいじった感じだと硬かったんだが、ヒョイと戻してますねぇ。ちょっと傷つくなぁ...
「なんか狙って欲しいな...十字の真ん中にシードを重ねてくれよ。トリガーは徐々に引いてな、絞るように」
「引いていい?」
なんか当てそうだな。絶対当たんないと思うけど、雰囲気が違う。立射で良いのかなぁ?依託射撃はめんどくさいからいいやもう。
「いいよ」
一呼吸置いてシエラが撃つ。結構綺麗に撃つのな。俺より姿勢は綺麗だ。弓が出来るらしいから素養が違うのか。
「ふぅ...ズレたわね」
ああ、やっぱ外した?シエラの射撃姿勢をチェックしてたから見てなかったけど、外したらしい。
上と右に、なんてぶつぶつ言いながらニコンのスコープをクリクリいじるシエラ。満足したのかボルトを引いて空薬莢を飛ばしてボルトを戻した。
「ねぇジョン、これって4回詰めた場合ってどうすれば撃てるの?」
「ボルトを戻したときに次の弾が撃てるようになるんだよ。だからもう撃てるし、あと3回までなら同じ動きで撃てるから」
「そう...もう一回撃つわね」
シエラは深く息を吐きながら、トリガーガードを使って人差し指を一回伸ばして―
はぁ、なんでそんな手馴れてるんだ。そしてトリガーを徐々に絞って射つ。当然ガク引きじゃない訳で。
「当たった。ふふ、これは世界が変わるわ。なんて名前の道具なの?」
随分と色気のある微笑みでございますわね...ええ...これヤバいんじゃないの?
「...サコーでございます」
なんかとんでもないことした気がするわエルフにボルトアクションはヤバいのか。スペック的には1000ヤードくらいまでの狙撃なんだろうけど、それじゃ済まん気がする。