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やさぐれジョンとアンクルサム  作者: イエローモンキー
25/27

25

アルファンには、いつものそれと変わらない精霊の声が響く。穏やかな風はエルフの民の安寧を変わらず願っている。


て言うのはジョンが嫌うわね、彼にとってはただの風が吹いているだけだもの。付け加えるなら、彼は宗教的観念を否定はせずに理解を示すわりには、それらに険悪する顔を覗かせる。彼の生き様、思考の発露、心の色がそれを教えてくれた。

多分、それは独特な死生観や豊かさの反動の虚しさがそうさせるんだと思う。無意識的なレベルだと思うけれど、宗教的な意義を嫌い民族的な自立を求める思索、大義名分に他責を許さない意思を感じさせる。

また彼の感性は豊かであるのに、その陰には諦観や落胆を帯びている。持っている能力に対して、極端に釣り合わない期待が伴っているのはなぜか。私たちエルフは救いを見た、けれど彼は閉塞感を抱いている。贅沢すぎる嫌いがあるとしか思えないけれど、そうではないんでしょうね。


憂いの色を隠さない彼は何を見ているのかしら。青い心の色を見せつける黒髪の異邦人を、私は引き付けていられるか不安でしかない。


「今日も異常はなし。打って出る必要があるかも知れないけど、どう考えてるの?」


タナモ陣地南方に残された負傷兵を救うべく、王国軍は少数部隊での迂回機動を用いながらの夜戦強襲を試みた。迂回攻撃は陽動、本命は威力偵察部隊の救出ってところでしょう。

流石に夜目はそこまで効かないから救出自体は許してしまったけれど、それでもティルクが強襲部隊を破ってくれた。成果は上々ね。だけどジョンは何を不満げにしてるんだか。


「あくまで要撃に拘るべきでしょ。遊撃はリスクとリターンが釣り合ってないし」


胡坐しながら膝に頬杖を突く彼は、あくまで喜色を出さない。目に映るのは沈静を意味する青、これじゃ理由を聞き出すのは無理そうね。

とは言っても数日動きがない以上、主導権を放棄した王国軍からそれを奪い取る機会を逃すべきではないと思うから、これぐらいは話して欲しいわね。

ノリスはどうなのかしら、私のすべきことの範疇にないから何かしら知恵を出してみなさい。


「そういうことなら主攻方面を早期に特定することは気にして欲しいとは思うかな。正面突破か迂回による浸透強襲か、いずれにしても王国軍の動きに対応できるようにすべきだろうね」


フォールの次席戦士長は、私の目配せを知ってか知らずかジョンに迎合した。

そうね、私と父様、各導師は気が逸っていすぎなのかも知れない。失地回復の甘い夢に囚われすぎているのかもね。私たちはティルクを笑えない、無碍にできない。

だから、数千居るフォールの里の民を守るために最善を尽くさないといけない。導師階級の者としてバーリンの悪夢を払拭する役目を果たさないといけない。


「なら偵察を出すべきでないか?この小丘の陣地からでも飯炊きの煙くらいは見えるが、それでは足るまい」


甲斐甲斐しいと言う他はないんでしょうけれども、その危険な役目は誰にやらせるつもりなのかしら。

大方、自分でやるつもりで言ったんでしょうがそうはならないでしょうよ。ジョンはそういうの喜ばないのよ、失敗を自分たちの犠牲で贖うというやり口は駄目よ。


「...ティルク戦士長、偵察は欲しいですけど必要があれば自分が行きます。それか偵察専門の部隊でも作りましょう」


どこか縋るように償いを求めた老臣は、素知らぬ様でにべもなく断られた。

そうでしょうね、彼からしたら命の張り方に不満があるんでしょう。カナリアは必要ない、そんなところかしらね。


「ジョンと私でやるっていうのは分かるけど、専門の部隊ってどういう想定か聞いても良いかしら」


「最低単位で二人組、多くても8人くらいで偵察させんのよ。例えば二人組のパターンだと、一人はスコープ付きのスプリングフィールドと照明弾なり狼煙なりが簡単に出せる奴を持たせる。もう一人はウィンチェスターとイングラムかグロックを持つって感じ。んでその装備はもしもの時以外は使わずに、1000ヨルド以上の距離から一発も撃たずに偵察し続ける」


随分悠長な偵察ね。いや、強硬策を好んで選ぶわりには安全さに拘るジョンらしいといえばそうなんだけれども。


「なるほど、迫撃砲弾の観測などに丁度良さそうだね。ただ即時性に欠けるとも思うが解決策はどうだろう、あったりするのか?」


「ありますけど訓練が必要なんですぐには無理ですね。取りあえず、今回の偵察は自分に任せて貰えればと思います。あと、ここまでの防衛戦闘で効果的だった物とそうでない物があったと思いますけど、それを踏まえて装備についての希望ってあります?特にバーリン小隊は苦労をかけたんで、要る物を言ってもらえると」


ノリスもセンスが良いわね。私にはさっぱりだわ、情報を持ち帰らず現場に張り付かせる意味って良く分からない。

個人的には馬をまったく使わないのが気になるけれど、もしかして要らなかったのかしら。彼のやり方は謎が多くて困るわね。


「報告してあることではあるが、45口径では効果が薄い鎧が散見出来た。数は無さそうではあるが有力な部隊が未だ温存されていると見るべきであろう。クレイモアを増やしたい」


悪魔の園だったかしら、これは有用だったみたいね。

まぁ有用でない訳がないか。ちょっとばかし発想がおかしいんだから当たり前、手間と成果が釣り合ってなさすぎるのよ。彼の国は命が軽すぎるんじゃないかしらね。殺しが洗練されすぎているとしか思えない。


「ええ、グワンの倉庫に予備があるんで持ってってください。...ただ地雷原の只中で戦闘するのは流石に避けて貰えると」


しかし安全策ねぇ。私も見に行ったけど、あれじゃエルフは引っかからないと思う。余程気が散ってなければワイヤーに引っ掛けることはないでしょうに。全体的に不自然すぎるのよ、あえてそうやってるのが言われなくても分かるくらいにね。

ただ側面防御には最適ではあるから、頼もしいことは頼もしいのかもね。物理的に進軍できない地域を設定できるのは、私でも素直に有用だと思える。


「相分かった。それと色気を出しすぎたようで済まぬ」


「いや、こっちこそ想定が足りてなかったんで申し訳ないです。落ち着いたら強襲向きの装備を整えるので、それまで踏ん張ってください」


ティルクが肩を落としているを、見て見ぬふりで謝絶するジョン。

彼かお国柄かは知らないけれどね、素直に受け取ってくれなきゃこっちは立つ瀬がないのよ。もうちょっと何かこう、気を使ってくれないかしら。

そういえば父様たちがジョンへの報酬に頭を悩ませているけれど、私も悩ましいわね。この厭世観の強い男を放さずにすむ代価を見つけないといけない。


「反省なんていらないんじゃない?多少の手傷なら私が治すんだから。それと結局は決戦を凌がないといけないのよね?」


ティルクが小さくなった。ったく、やるせないのは私の方よ。

ただ目下の課題の方を優先せざるを得ないから、棚上げで良いでしょう。そして、幸か不幸かアルファンには大軍を送り込めない。だから決戦らしい決戦とはならない。とはいえここで完勝出来れば、これは大きな意味を持つことになる。

彼の思想を持った軍を組織するためにも、ジョンが身を守れるように彼の地位を押し上げるためにも、ここは結果が必要ね。


「まぁそうね。南の正面玄関でも西の裏口でも何とかなんでしょ。勝てるだけの手筈は整えたと思うんで、ほどほどに頑張りましょう」


「これだけ道具があれば大丈夫だろうね。それに恐らく正面だ、数を展開するにはそれしかないからな。ジョンドゥ、期待してくれて良いぞ」


ジョンって人に任せる時は不安げなのよね。少しはノリスだったり私だったりに寄りかかってくれて良いと思うけれどね。だからもう少しシャキッとなさいな。

あとはそうね、偶には物を強請ってみる方が良いのかしらね。自信がないならつくまで充実させれば良いと思うけれど、どうでしょうね。


「ねぇ、マリアは何か欲しい物はないの?ノリスもティルクも無欲が過ぎて困ってるんだから言ってみなさいな」


この娘は愛嬌があって良い。わざわざ身の回りの世話を頼むくらいだからお気に入りだと思うし、可愛いとこ見せてあげたら良いかもしれない。

だからひょっとこ顔してないで、程々にアピールしてみなさいよ。程々に。


「あっはい、シエラお嬢様。...サイズは大きくても良いのです。60mmじゃなくても40㎜で良いので連射出来たら面白、いえ効果が期待できると思います。さー」


「そうね、M2みたいな使い方で良いならおススメがあるよ。すぐ使えそうだし後で出しとくね。ただグレネーダ―と微妙に弾が違うから共用できない、つってもこれは後で良いか」


なかなか無茶な注文だと思ったけど言ってみるもんじゃない。やったわね、マリア。

ただM2って言ってたけれど、まさか40㎜グレネードを連射するの?これだけで頭が痛くなってくる。ジョンっていったい何と戦ってるの、本当にどこの人か分からない。

どうやって作ってるのか、どうやって持ち込んでるのか。詮索は失礼だからと避けてきたけれど、切実に頭が痛い。これじゃ出したくても森から出せないわよ。この特別な存在であろう異邦人はなんなのかってアルダンの図書館辺りで調べれば出て、こないでしょうね。奇跡に初めて会ったってことかしら、本当に分からない。


「...出鱈目すぎて言葉が出ないわ。まぁとにかく遊撃は出来なくても追撃なら出来るでしょうね。で私が話を流しちゃった偵察のことなんだけど、スコープで不十分なら出るくらいで良いと思うわよ」


「で良いか別に。正直手が足らないし、ほんと視力に期待してるから。頼んだ」


ニコンがあれば見えない物はないわ。

一生の面倒を見ることより大したことないし、それすら大したことではない。もう少しだけでも返せることを探していかないと。結局、彼の心の色を視ていかないといけない。何を望むのかしらね、私に出来ることだったら良いけれど。

ああ、光の精霊はどうしていないの。導師は神になれないというのに。





うんざりだ。この糞を越えた地獄に突き落とされた状況下には何一つ希望がない。私に出来ることなど何もない、第22騎士団、コーリング大隊大隊長の職権など何の役にも立たない。糞に塗れて死ぬ定めしかないとでも言うのか。


まず1000人だ。1000人の死傷者を計上をしても猶、前線補給拠点を確立することを能わなかった。しかし予想することは出来たはずだ。誰の所為でこの愚行を強いられたと思っているのだか。

敵軍の奇襲戦術は出立前の時点で明らかだった。ごく少数の兵力で容易く入植者を狩っていく連中であることだけは分かっていたというのに、先の戦争で得た戦訓通りに事を運ぼうとする愚かさが恨めしくて仕方がない。連中の手口がまるで変ったというのに何故我々は変化を求めずに済むと思われるのか。頭を割って見てみたいとしか言い表せられないな。


「阿婆擦れ共の砦を攻略するなど、何を考えているのか!いたずらに危険に近づくのは愚かだと思わないのか」


この腐れ男爵の所為で我々は無防備な戦力で死地に入ったというのに、何を賢しらに吠えるのだかな。

エルフは新兵装と新戦術を得た、それは一方的な殺戮を可能にしたということを認めた上での言葉か?そうでないなら、その舌をねじ切ってやる。


「カルグラル男爵、我々は既にヴィルデ川を越えたのですぞ。奴らの弓からは逃れられますまい。この期に及んではこれを打破せねば退却自体が危ういことがお分かりになりませんか!」


「そうは言うが、先陣を務めた傭兵は何の成果も上げていないじゃないか!挙句、その救援に貴族の子弟を注ぎ込むとは愚策でしかないと判断せざるを得ないな。...ユースリング団長の指揮能力に疑義を申し立てる他はないと承知せよ!」


軍議の出来など後方でやれ馬鹿たれが!帰れると思うなら、その後気の済むまでやれば良い。帰れるならな!

だいたい事の発端は貴様の監督権の強行でこの死の沼と言えよう様に陥ったことを忘れるんじゃない。エルフが各個撃破を思考しているのが分かっていて何故陣地構築に拘ったのだ、この愚か者が。


「ではいずこに退きましょうや。この敵拠点から1500ヨルドもない地から、如何して退きましょうや?此度のエルフは随分と効率良く殺戮します故、背を向ける愚かさを何をもって拭いましょうや?しかとお答え頂きたい!軍権を預かる騎士として、軍権を監督する貴族、カルグラル爵に確とお答え頂く上はありませんぞ!」


背を向けて川を越えるなど蛮行でしかない。単眼鏡で微かに見えるような距離から弄る阿婆擦れ共からどう逃げるというのか。進退が正しく窮まれた状況下で、どういった部隊機動をしろというのか。

大軍でもって雌雄を決する以外に解決の糸口があろうはずがないのが何故お分かりにならんのか。手傷を負わせずして、撤退行動の安全をどう図るというのかここではっきり示されよ、俗物が。


「それは貴様が考えることだろうが!決戦主義を声高に主張した貴様が何をやったか、俺ははっきりと見ているんだぞ!たかだか傭兵だからと許可してやったが、あの様ではないか。しかもその解決に、貴族の血を無為に流させた蛮行は重いと思え、この厚顔無恥が!」


防備の情報も無しに決戦など出来るか!それは貴様も承知していただろうが、廃嫡されたごみ貴族の足りない頭で何をこねくり回しやがって糞野郎!

ごちゃごちゃ煩くするのは結構だが、戦場で青い血が役に立つか俺が確かめてやろうか?


「国軍が傭兵を、市民を見捨てて何の意義がございましょうや。何のための国軍でありましょうや。この度の派兵の意義は、領民、開拓民の平穏を守ると言う意義でありましょう?国軍そのものの存在意義は、如何お考えでございましょうや」


刃物をちらつかせたくらいで怯えを見せるくらいなら、最初から吠えるんじゃない!この負け犬の復権の為に命を張った覚えなど、万に一つもないと言うことを何故理解できない。


「...ユースリング団長、男爵は気分が優れないようだ。お休みいただいた方が良いと思うが」


「ああ、そうした方が良いな。君、天幕までお連れしなさい」


実務を担うもので軍議を進めねば。これ以上混乱に振り回されては生き残ることすら危うい。

まずは気を遣わせたこの傭兵から結束を固めるべきか。


「赤い月の、申し訳ない」


「なんの。救援の恩に代える程のことではない、それに私としても建設的な議論を求めていたところだ」


屍で築く解決しか待っておらんだろうな。

いや、そういう嘆きは失礼でしかない。それにどうにかして事態を好転せねばな。難戦著しく、負け方を探らねばならんような状況で、何を求めるべきか。


「...国軍の指揮官としては、まず傭兵紅い月に見識を求めたい。先人は大軍に用兵術は必要なしと数を頼みしつつ魔晶石の発明に威信をかけた訳だが、それが逆転しかけているように見える。これはどう見る?」


「間違いなく何らかの脅威的な発明はあるだろう。だが、数は多くないと考えている。いささか希望が過ぎるが、今はまだ数はないのではないか?」


コーリング伯が求める新兵器、数はないと見るべきと言っているのか。しかし、それは現状であって先行きは怪しいと。

これを鹵獲することは厳しいのであろうな、この思索は捨てねばならん。


「やはり数が無いのであれば大軍で踏み倒せる、そう考えて当たるしかないと私は思う。タロップ、ダルクの騎士隊長各位、貴君等はどう見る?」


各々頷きが返ってきた。

苦しいがやはりそれしかあるまい。それに言えぬことだが、将兵の数が減れば降伏を受けてくれるかもしれない。このまま嬲り殺されるよりも奴らの溜飲を少しでも下げてやった方が、僅かながらでも可能性は出てくる。業腹ではあるが全滅よりは考慮すべきか。


「...負傷兵を復帰させれば1200、その我らの総兵力を正面にぶつける。側面防御はかなり固い上に部隊の展開が効かぬ以上、無理押しするより他はなし」


魔晶石が効かないという情報を重視するべきであったな。魔術兵団からあと数百借りておければ...

剣士、弓兵、騎兵。なけなしの魔術師に複合兵科の傭兵団。これをどういう手順でぶつけるべきか。


「梯団方式でいきたいと思う。おのおの方は編成に意があれば、存分に申し付けて頂きたい」


サルファス教国を打倒せんと誓い辺境伯下に参じた我々が、何故この辺境で負け戦の勘案をせねばならないのか。

この際、腐れ男爵は首の一片までも将兵につくしてもらう他はない。頭は役に立たずとも、首には価値が残っていると信じたいものだ。

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