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やさぐれジョンとアンクルサム  作者: イエローモンキー
23/27

23


「招かれざる客人がお着きになった。手筈の確認をしようか、気になることがある者は?」


あまり私のやり方には沿わないがジョンドゥに倣うとするか。

何故か彼は一兵卒の疑問にも配慮をする。戦士らしくないが、本職はなんだろうか。ジル顧問官は内政官とも違うと推察していたがそうなると候補がなくなる、困ったものだ。


「戦士長、我々はやれと言われたことをやるだけです」


生真面目なウィルキーが不服そうに目を細めた。他も似たようなものだ。カルロはぼおっと南の茂みを眺めているし、ルーイは息を深く吐いている。

少しで良いから知恵を貸す気はないのかね、お前らは。


「そういうことではない。私の判断が付かないことが多すぎるってだけだよ」


運動戦の中で強襲をかけるならエルフの戦術教義にもある。だが防衛戦闘はさすがに手に余るな。先人たちなら砦を出て野戦をするんだろうが、私は陣地に立てこもりだ。


「狩り長はなんて言ってたんすか?」


それなりには指示を受けているが悩ましいことばかりだ。任せると言われても逆に困る。それにコルディ小隊はティルク戦士長に回すべきであるからして、この16人でやらねばならないだろう。どうしたものだろうか。

カルロ、お前は飲み込みが早いから何時でも代わってやっても良い。


「引き付けてくれれば良いそうだ。外周の空堀辺りが一番効率的だろうな」


砲迫で吹き飛ばしても良し、IEDで塵に変えても良し、M2で掃射しても良し、火炎瓶で火葬してやっても良し。なんでもできるが、かえってそれが迷いを生む。手順を間違えたら人手が足らなくなる。


「では100ヨルド辺りまで引き付けますか?」


ウィルキー、それでは真面目すぎる。もう少し悪辣さが欲しいな。

ただ彼の持ち味は愚直さだからあまり矯正したいものでもない、少し濁しておくか。


「それは明日にとっておこう。どうせ今日は一当たりして終わりだ、最大で600ヨルド程度の目標を撃とうか。ただしバイタルパートは避けるように」


「森に転がしとくんすね」


そこまで煮詰まってない現状、負傷兵を無視して士気を落とすなんてできない。付け加えるなら負傷兵を助けようとする奴は優秀な兵士だからそれをやれたら大きいのもあるな。


「そういうことだ。今日中に救えればどんなに良いことだろうかね、明日には死体に変わるだろう。中々気の毒な話だよ」


明日がくれば悲惨だ。タナモ陣地に向かうたびに友人の死体が飾られた森を通らなければならない。猶更短期決戦になるかも知れないな。連中の食い扶持も多少奪っていることだし余裕がなくなるんじゃないかね。


「今日は見えた者から射て、関節部を狙え。しかし遊撃は禁止とする」


「じゃゆったりできそうですね」


ルーイ、欠伸なんかしてるんじゃない。

楽な戦闘なんてないんだぞ。じきに忙しくなる。


「そうだ。M2も今日は使うな、射っていいのはスプリングフィールドとウィンチェスターだけだからな。無駄弾は要らないのと、投射火力の限度を覚らせるなよ。それとルーイは後ろも見ろ。ジョンドゥが送る合図を見逃すな」


「要らない事を言うからだ、背中に目でも増やすのをお勧めするよ」


ウィルキー、お前も仕事を増やしてやろうか?

後のことは相手の出方を見てから対応するか。まったくジョンドゥは悪辣なことを考えるものだ。

さぁ狩りを始めよう。バーミントがやってくる。


「分隊長は持ち場に戻れ。自由射撃を愉しんでこい」


―――これじゃマガジンは使いきれないんじゃないか どうせ狩り長に抜いて保管しろって言われるんだぜ あぁあぁ後始末が大変だわ


若い奴は気楽で羨ましいものだ。後始末で大変なのは報告書だというのに何を言ってるんだ。シーガン導師の意向を教えてやろうか、後ろは想定外が重なりすぎて頭がパンクしながら埒の外に行きそうになっている。


「あらぁ、大変そうねぇ。何人か見えてるけど始める?」


そう思うならわざとらしく口元に当てた手をどかすんだな、ミズロザリー。


「ああ、始めよう。ロザリーとネルで目に付いた害獣から射っていけ。ラミアは薬莢拾いだ」


「なんだい、アタシは蚊帳の外かい」


「悔しいなら射撃の腕を磨け。嫌なら土嚢でも作らせるが?」


グロックを撫でながら不満を垂れる時間があったら働くんだな。

それに君たちの好きな殺しの時間はすぐには終わらないさ、正面に設置したIEDの起爆もそう遠くない内にさせてやる。


7.62㎜の音が辺りに響き始めた。双眼鏡でも覗いて様子を見てみるか。

膝や肩を血に染めたカルマン人が倒れるのがここからでも良く見える。裸眼でも見えないこともないが、こちらの方が集中して見れる分眼が楽でいい。


「あそこってカルロの分担よねぇ?頭に当ててるけど」


「気にするな、指揮官と魔術師は確殺していいことになっている」


ついでに言えば宗教者も殺しの対象だが、これは伝えないでおこう。それにどちらかといえばジョンドゥの趣味の話だ。何が気に食わないのかは把握していないが深入りできる話ではない、シーガン導師も彼に配慮するようにとの申しつけであるから誰も聞けずにいる。シエラ様に聞いてもらいたいがいつ聞けることやら。


「ほら、あそこ。木の根っこに隠れてるでしょう。さっさと射ちなさいな」


ネルが木にライフル弾を当てながら、じれったく急かす。

女が三人寄れば喧しい。黙って射てないのかと言いたくなる。他の分隊は見ろ、ウィルキーのところなんかは黙々とやっているだろう。

二人一組でいい塩梅でやれている。一人が負傷兵を作り、もう一人が寄った者を射つ。なかなか良い精度だ。健気に頑張っているじゃないか。

カルロのところはまさに自由射撃だな。指揮官を手分けして探して好き放題に射っている。逃げる一般兵を押しとどめる者を探すのが優先らしいな、これもなかなか良い手段だ。そのまま続けてくれ。


しかし連中も対応してきたな。遮蔽に隠れる奴が出始めた。木陰や段差、岩が邪魔になってきた。この分だと少しばかり退かれて睨み合いになりそうだ。牽制射撃を加えたいところだが、今手の内を明かすのは愚策に思える。全力で火力投射をしては退却されてしまうだろうし、されないとしても見切られて突撃されるのは困る。限界を見られた上で、人海戦術でいけると踏まれるのは不味い。


「戦士長ぉ!一発デカいのが来ます!105㎜です!」


ルーイ、もっと叫べ!ギリギリでしか聞こえない、銃声に負けているじゃないか。

ジョンドゥもせっかちだな。迫撃砲を通り越して榴弾砲を撃つのか。どうも尻を叩かれているらしい。


「ここから王国軍の動きが変わるぞ!遮蔽から連中が出てくるようだったら膝を撃ち抜いてやれ」


視界のずっと奥で森が爆ぜた。

軽く見ても地面に穴ができたのではないだろうか。まったく大した威力だ。

ただ照準が甘い。あの一帯では奥過ぎる、もう少し手前だと効果的ではあったんだがそれは高望みすぎるか。


「ルーイ!修正を求められたならお前が教えてやれ!他の者は気にせず射ち続けろ!」


分からないことばかりだ。王国軍に逃亡を図る者と遮蔽に閉じこもる者が出るのは分かる。だがぼさっと立ち上がる者が若干名いるがあれはどういう事だ。

ここから見える規模でいえば総勢約300名の内、半数が身を晒しているが数十名はぼさっと立ち上がっている。その愚かな兵士は順に片膝を撃ち抜かれていく。

戦場は変わったとは思うが不思議な変化をしていくものだ。まるでこれでは100年前の闘争ではないか。我々エルフが軍事的優位を持っていた頃の反応だ。圧倒的な戦士を前に呆然自失となり魂が抜け落ちるなど二度とこの目で見ることはないと思っていたが、随分と懐かしいものが見れた。


「キール正教の牧師連中が出てきたっすよ!」


「それは全てやれ!」


牧師は死者や負傷者に寄り添い、忌まわしい聖句を詠う気らしいがそれはさせない。

熱心なことだ。倒れる者の手を握り、瞳を閉じさせ救いを齎そうとなさる。神の身許にはまず君たち自身が行ってみせろ。そうして、アルファンからは天国には繋がってないのを確かめてくれ給え。


そこかしこで血しぶきがついた木々や茂みが目立ち始めた。それと半比例するかのように連中の動きが鈍り始めたのも見て取れる。

ここは一度罠を張ってみるか。連中をタナモ陣地に食いつかせなければいけない。


「撃ち方止め!分隊長は集合するように!」


ジョンドゥは105㎜を一発しか撃たなかったことを踏まえて、一つ小細工を弄してみよう。連中の動きがほぼほぼ止まった今、次の手を考えてみるべきだろうな。

まずカルマン人は視力が弱くて助かる。ここまでで我々を目視で捉えた奴は少ないだろう。塹壕から林まで300ヨルド、そこからさらに100ヨルドくらい離れている状況は大変好ましい。その状況下で隠れて動かずにいる賢いのが残っているのも喜ばしいね。君たちには良い配役をあげようか。


「戦士長。揃いました、下知をどうぞ」


「ありがとう、ウィルキー。さて、ここでひと休憩を挟もうか。そうするとどうなるだろうね。カルロ、どうなるかをいってみろ」


取りあえず皆元気そうだな。といってもダラダラ射撃していただけのことで根を上げてもらっても困るがね。腹の辺りにつけたマグポーチからマガジンが減った者もいないことだし、このままゆるりといこう。

それにしてもジョンドゥは服にも拘りだしたのは驚いた。初めて会った時から一張羅を大事に着続けていたが、駄目になった途端に戦闘服を出してくるとは面白い。


「立ち直るんじゃないすかね。具体的にはこっちの攻勢に限界がきたとでも思うかもしれないっす」


「そういうことだ。希望的観測を頼りに迂闊な者が出る。痺れを切らして逃げを打つ者を待って良いし、退却の援護に来た部隊を射っても良い。餌は個人でなければならない決まりはないからな」


負傷者が百人前後転がっているだろうことを思えば、動きたくなくても動かざるを得んだろう。助けるでも見捨てるでも好きな方を選んでくれ。


「獣が湧きそうに思いません?面倒になりますのよぉ」


ネル、今は分隊長と話してるんだ。お喋りなら後にしてくれ。


「面倒ってなんです?ウォルフでもウサスでもカルマン人と一緒に射てば良いのでは」


「間違ってラルフを、なんてことになったらシエラお嬢様がカンカンじゃありませんの」


ああ、それは確かに面倒だ。それに猟で得たバクスの内臓をラルフにやって可愛がってるのもちらほらいるからな、保護しなければ。


「ルーイ、伝令にいけ。至急ラルフを保護するように伝えてこい。他に危惧するべき点がうかぶ者はいるか?」


ジョンドゥがラルフを苦手としているようだが、それは我慢してくれ。

ただ肉食獣が湧いたところで困るのは王国軍だからあまり気にならない、だから憂慮はいらないだろう。他に気を配ることはあるかどうかが大事だ。


「今じゃないっすけど、夜に焚火をするかは気になるっすね。獣除けにはなるっすけど、弓兵には狙われそうっす」


「夜間の灯火は禁止だ。ただ香は焚いても良しとする。他には?」


悪いが灯火管制は崩せない。目を慣らさなければならないし、照明弾や火炎瓶の邪魔になる。トレーサーをを使うともジョンドゥは言っていたしな、これ以上光源は増やして良いことはないだろう。敵に指向する光源が多い状況で、味方が光源を持つのは危険すぎる。


「戦士長、ヴィジランスは使っても良いですか?一度だけですが魔術防壁を張られたので、念のため使用許可を求めたいのですが」


ウィルキー、君が言ってるのはあの50口径のデカ物か?あれを使いたいのか君は。

まぁ使いたければ使えば良いと思うが、そうか魔術師がいたか。私は確認していないがこれは気に留めておかねばならないだろう。


「こちらでは魔術師を確認していないが、強度はどうだった。脅威に感じたか?」


「7.62㎜で抜けますが、抜けるだけです。防壁越しでは、盾や鎧でライフル弾が止まります。ただずっと張れるようではなかったので脅威度は低いと思いますね」


魔術自体はいつも通り脅威ではないが、これは困ったことになったかも知れない。連中は封じの魔晶石を使ってないということだ。魔法だと勘違いしたままでいて欲しかったが、それは高望みだったようだな。


「よし、魔術防壁にはヴィジランスを使っていい。M2も適宜使って対抗しようか。だが忘れるなよ、今日は前哨戦でしかない。手の内は見せすぎるな。では監視に移ろう、解散」


各々返事をして分隊長が戻って行った。

しかし少しずつこちらの手口がバレてきているのは痛い。カルマン王国の尖兵たちに情報を持ち帰られるのはただただ辛い。ジョンドゥは気にも留めていないようだが、彼は少しばかり太すぎるんじゃないだろうか。


「やーねぇ、男はいつも管理したがるんだわぁ。もう少しさせてあげることを覚えないと駄目じゃないの、ねぇ」


そこ聞こえてるぞ。ロザリー、君はどうしてそう教育に悪い言い回しを好むんだ。

ジョンドゥがマリアを預かってくれて良かった。この未亡人の口さのなさが移らずに済む。


「しょうがないんじゃねぇの。男の甲斐性ってのは管理できる物の多さって相場はきまってるんだからよぉ」


「そうですわぁ。その点ジョン様は良いですわね、あらん限りの施しを与え万事をお任せくださる。戦士長はしきりに頼りにされて羨ましいですわ」


ラミアとネルも喧しいことを言うんじゃない。

大体君らはそのジョンドゥに避けられてるだろうが。もう少し灰汁を減らすことを君たちは覚えた方が良い。いつかのクレリックの拷問はどう考えてやりすぎだ。


「その血生臭い施しと教えを受けているのは君らもなんだぞ。ジョンドゥの獲物があの木々の向こうにいるんだ、少しは熱心になったらどうだろうか?」


「まぁマリアの為にも頑張るわよぉ。ほらほら、見張ってあげましょ」


面倒くさい分隊だ。なぜ私は彼女らを選抜してしまったのか。綺麗所がいれば若いののやる気が出るかと思った過去の自分を殴ってやりたい。


ただ前哨戦の勝ちはもらったな。十二分に上手くいっている。

この塹壕から散発的に16人で狙撃をするだけでこれだけの戦果だ。先遣隊の指揮官を殺し、負傷兵を作り、救出部隊も同じように当たる。

あの一帯の増え続ける負傷者たちにいつまで拘っていられるかは見物じゃないだろうか。


「戦士長ぉ!ラルフの件は伝えてきました、馬屋も狩り長の方で面倒を見てくれるそうです」


ルーイが戻ってきた。健脚ぶりが好ましい、若いのは体力があっていい。私は少し疲れた。


「他に何か言っていたかな?」


「夜更けまでにコルディ小隊と一個分隊交換して欲しいって言ってました。それと、木々が邪魔なら105㎜で多少は吹き飛ばせるからいつでも要求してくれだそうです」


ジョンドゥは何と戦ってるんだ?地形を変えるような武具をなぜ彼は持ち出すのか。

いや、詮索屋は嫌われる。ここは提案通りに動けば良いか、精霊のお導きを願う他はなさそうだ。


「よし、炊事に私の分隊の3人を回すからそのまま交換しよう。ただ105㎜は王国軍の主攻が来るまでは伏せておこうか。ここまで釣っておいて逃げられても癪でしかない」


ルーイはこのままジョンドゥとの調整をやらせるか。砲撃支援などは彼に出させよう。

それとジョンドゥには悪いが、長期戦の恐れが無いわけではないからじっくり行かせてもらう。食いついてきた今、少しづつ弱らせていこう。最小限の手間で最大限の釣果を狙うためにも。


「まだ始まって一日も経ってない。ルーイも休み休み射っていけよ、お代わりは沢山待っている」


多少の7.62㎜ライフル弾と105㎜榴弾1発しか使ってないんだ。まだまだ出し物はあるから楽しんでいってくれ、カルマン人諸君。

評価ありがとうございます。特に星5は嬉しいです 8/19

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