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現在王国軍は大軍でウェイポイントニール、ミリア、シーリカを通過して北上中である。つまりはグワンタナモ砦に攻勢をかけようとしてるって感じ。俺達エルフ中隊の断続的な襲撃に耐えかねた連中は橋頭保を作ることを諦めて、全軍での長距離行軍を選んだらしい。
どうでも良いけど、哨戒ルートの経由地点に当てられた人名はフォール組とバーリン組の親族の行方不明者と戦死者だったりする。あー業が深いんじゃぁ。
俺としてはグワンタナモ砦の防備はばっちし整えたのでバッチこいやで。サウスエルフの休暇組の2個分隊も砦に戻してのフルメンバーだ、もう何も怖くない。
で、その為にも今一度確認をせないけん。ので中隊の幹部連にはいつもフォール組の宿舎に集まってもらった。どうです、歓迎委員会のやる気は足りてますかねぇ...
「防備と手筈の確認をしたいと思います。ティルク戦士長、バーリン組にはグワン西側の宿舎の防衛をお願いするわけですけど、クレイモアと鉄条網の敷設は終わってますよね?」
まずミニ渓谷のエルフ側の防備を確認していこうか。
ここにはバーリン組とコルディ組の宿舎が沢づてにあって、獣人難民の仮設テントもある。最重要防衛目標やね、手抜かりが一番許されん場所だ。
「50個程度を森に設置し、ワイヤーで起爆させる方式を選択した。言いつけ通りに地図も作ってあるし、誘導出来るように鉄条網も木々に付けてある」
「完璧です。引き込んで始末するか、その前に仕掛けるかはお任せするのでコルディ組から適宜人員を引き抜いて柔軟に対応してください」
相分かったと満足げなティルク准尉。
クレイモアは結構気にいったらしいね。まぁワイヤーに引っかかったら作動する対人地雷とか、無差別に殺す気満々だから条約なんてあったら違反も良いとこだがそんな条約なんてないしな。好きに使ってどうぞ。
「クレイモアもそうですけど、ノリスさんもタナモ前方のIEDは好きに爆破してください。こっちもコルディ組を必要に応じて抽出してください」
地雷はクレイモアだけじゃない。タナモの一番外側の空堀には105㎜榴弾、今まで溜めてた空薬莢とC4を詰めた木箱をいくつか置いてある。
いやぁ、ホントにやべぇな。装甲戦力じゃなくて対人目標にこんな物騒なの準備してるとかオーバーキルも良いとこじゃんか。
「予備兵力としては要らないと思うが、交代人員として使わせてもらうよ。それと火炎瓶についてだが...」
イケオジのノリスが歯切れの悪い返答だ。
どうしたってんだろうね。ハイラックス用にもらった軽油をドワーフ製のガラス瓶に詰めただけの即席火炎瓶だから俺としてはそんな期待してないんだけどなぁ。良い使い方でもあんのかね、もしもの時の退却に便利そうって意味合いくらいしかないんだけども。進路か退路か分からんけどそれを潰すくらいじゃないの?
「ジョンドゥ、夜戦で使えるのではないか?敵軍の進路に投げてやれば浸透強襲の起点に対する注視に役立つと思うんだが」
あー、夜戦か。全然考えてなかったわ。
夜戦やるなら迫撃砲でフレア撃っちゃった方が良いと思うんだよねぇ。それか暗視ゴーグルとIRレーザーの導入とかしたい。ただ追加装備の訓練やってる時間ないから、あるもんでなんとかしよう。
「良いですねそれ。全体で共有するのに最適だと思います。迫撃砲の弾に照明弾って、灯りを打ち上げる奴があるんでそれと一緒に使っていきましょう」
夜戦は日本人大好きだからな、俺も全力で手筈を整えたいねぇ。
つっても夜戦なんて実際やるかは知らんけど。
「ただ、なんて言うんですかね。夜戦は奇策の部類だと思うんですけど、王国軍ってその辺熱心なんですか?」
「ジョン、あなたは連戦連勝だから実感がないかも知れないけどね。今回は王国軍の常備兵なのよ?一通りは訓練された兵士が来ているんだから、戦術的にはなんでもやってくると思うわ」
副官シエラはえらく不満げに口を尖らせた。
あー、即応軍な訳だ。んで森だから大軍を使えないってデメリットが精鋭を選抜するっていう理由に変わってるかもしれない訳で、猶更手強い連中が来てる想定をせないかんのね。めんどくせぇこった。
「じゃ、何が来ても何をされても良い準備しないといけんのね。夜戦はあると思っておくよ。それと追加で何を想定しとくべきだと思う?」
エルフ的には封じの魔晶石っていうアンチ魔法の道具が怖いんだろうことは分かるけど、俺には関係ないしな。強いて言えば医務官兼任のシエラの光の魔法が使えなくて負傷者の回復に不満があるくらいだが、そもそもそれはそこまで頼る気ないしで強いデメリットには感じないんだよねぇ。
「正直、脅威には感じないけど騎兵突撃は頭に入れておいた方が良いわね。後は敵軍じゃなくてこっちの弱点を抑えておけば良いんじゃない?ライカンはティルクが守るにしても、ドワーフはどうするかとかね。彼ら短距離はともかく長距離は走れないからどこに置いておくかは考えた方が良いわよ?」
なにそれ、ドワーフってあれ速筋は凄いけど遅筋は全然って感じなんか?種族特性なんて全然分からんから俺はどうしていいか分からんぞそれ。
んで騎兵は塹壕と森で動きづらいことこの上ないし、銃火器と砲迫、地雷の爆音で言うこと聞かんだろうから脅威ではないからどうだって良いのは分かる。でも馬の扱いは気になるか。エルフって馬の鹵獲に熱心なのは考慮せんと。
「今回は馬も纏めてやるつもりでいこうか。正直手が足りないんで欲目は捨ててください。あとブラッカスは配置に希望はあるか?105㎜榴弾砲の運用に何人か出してくれれば、残りは工房に籠っていつも通りに過ごしてくれても良いけど」
人員配置はタナモの塹壕にフォールの16人、グワン南西の森にバーリンの20人、戦術予備と迫撃砲運用にコルディの16人って感じ。だからグワン後方のドワーフ工房に籠ってくれてて問題ないと思うんだよね。ついでに言えばM102榴弾砲の人員も出してくれなくても良いし、ドワーフにも銃火器は一通り渡してあるから自分で身を守れるだろうし言うほど弱点でもない。
だから苦虫嚙み潰してるブラッカスは好きにしていいぞ。工房仕事でも観戦でもお好きにどうぞ。
「儂らが何故居残ったのか考えて欲しいのう。この城塞のない砦がどれほど強固なのか、ドワーフは自信があるんじゃ。榴弾砲と迫撃砲はこっちで引き受けてやる。何が出来るか見定めさせろ、それだけじゃわい。何なら弾薬もタナモに運搬してやるわ」
なんか目をギラギラにして闘志を迸ていらっしゃいますわね。
自分の作った砦と手入れした銃火器に執着してる感じか。まぁ観戦しつつコンバットプルーフを心置きなくやってくださいな。
あと運搬は要らねぇんじゃねぇかな?グワンの倉庫とタナモの地下壕にはしこたま弾薬入れといたから、アパムが出なけりゃ何とかなんだろ。
「んじゃ砲迫は任せたから、ノリスさんとティルク戦士長の要請通りに頼むな。んでノリスさんとティルク戦士長。俺とシエラとマリア、サール分隊とドワーフが数人でグワンの小丘の塹壕に布陣するんでそこを戦闘指揮所にします。何かあったら伝令でも手信号でもお願いします」
こんなもんじゃないの?皆もおずおず頷いて納得したみたいだし大きいとこはこれでいいでしょ。
後は細かい装備類の確認すりゃ十分ね。
「あとはそうですね。各自、欲しい装備品があればいってもらえれば」
「グロックが4丁欲しいくらいかな。あとM2は3挺とも持って行っても良いか?」
ノリス准尉が早速要求してきた。
全然良いすよ。いつものスプリングフィールドとウィンチェスターが個人装備でM79とミニミが追加で選択してるのにプラスでグロックね。ボルトアクションのウィンチェスターか重機関銃のM2の担当者に渡す感じでしょ?問題ない。それとM2も俺のとこの塹壕で使わなくても手は足りてるし、あれだったら追加で出せば良いから良いよ持ってって。
にしてもグロックは4丁で良いのか、あんまし好きじゃない感じかね。まぁ幹部要員の試射の時だってフルオートはほとんどしてなかったし、予想はしてたが。
「全然持ってってもらって構わないです。グロックは試射だけは済ませてくださいね。ティルク戦士長の方はどうです?」
「イングラムを10丁全部回してくれると助かるな。あとはIEDを一か所でいいから設置させてくれ」
森林の遊撃チームを率いるティルクは短機関銃をご所望ですか。
結構接近戦志向ぽいな。多分イングラムは50m前後で使う気だろうから、ちょっと配慮がいるかもしれん。無理は禁物よ。
「了解です、短機関銃は全部回します。あとコルディ組は優先して回すつもりなんで無理せずにお願いしますよ」
「何、丁度良い洞があるだけよ。追い立てて吹き飛ばすくらいは容易いではないか」
何を良い笑顔で言ってんだこの還暦野郎は。
えげつねぇ追い込み漁だなおい。だからサウスエルフはやる気がありすぎて困るんだよ、今回は正規戦やねんで?ちょっと確認した方が良いんじゃないのこれ。
「...あのですね。今回は便衣兵とか民兵じゃないじゃないですか、正規軍相手ですよね。エルフ的にはそこに配慮したりとかはしないんですか」
タナモ前方のIEDは纏めて吹き飛ばすってより、こんなことを出来るって見せびらかして戦意を挫く目的のが強いんだよね。俺の想定ではね。
奴隷を返還させるには対話が必要で、その為には和平をどこかで考えなきゃいけない訳だ。確かにやれるだけやるとは考えてるんだけど、正規軍相手に皆殺しは不味くない?えっ俺が温いの?
「もしかしてジョンは捕虜でも欲しいのかしら?それなら適当にひっ捕らえてくるけど」
シエラが業突く張りねぇなんて雰囲気の苦笑いで答えてきた。
いや、捕虜は欲しいっちゃ欲しいけど、そういう問題じゃないんだって。もしかしてだけど先のことは考えてない感じなんかこれ。
「...狩り長、君は対話を望むと言っているのかな?残念ながらそれが出来る外交チャンネルは存在しないよ」
ジル翁が胡乱気な眼差しで問うてきたよ。
俺が温かったらしいな。そりゃ国交なんてないわ、外交なんて破綻してるからサウスエルフは戦時下にいるんだよな。そうりゃそうよな、すまんかった。
「申し訳ないです。そういうことなら取れた捕虜は正規軍だけ解放します。もし捕虜に出来たら情報だけ抜いて帰しましょう。それと、もし来たらの話ですけど軍使は受け入れる方針でお願いします」
カルマン王国の外交の窓口が王国の政府なのかは知らんけど、軍部とは話を出来る状態にしないといけん。戦争のゴールを設定しとかんと絶滅戦争になりかねんぞこれは。そうなったら人口で勝てないエルフは不味いことになる。
だから皆さぁ、不満げな顔をするの止めようや。別に俺はハト派に鞍替えするわけちゃうぞ?
「何も奴らの要求をのむって話じゃないですからね。俺らの要求をのませるんですよ」
「結局殺すしかないんじゃない?今の段階だとね」
穏健派くさいシエラでこんな剣呑な答えになるのかよ。こりゃ交戦規定をはっきりせんと駄目だ。高価値目標以外は皆殺しにしかねないエルフ中隊に士官教育が必要やんな、防衛戦闘が終わっても仕事がいっぱいで嬉しいねぇ...
捕虜って捕まえるだけじゃないねんで、降伏を受け入れるってことも入ってるの忘れないでよ。
「取りあえずこの類の話は今してもしょうがないから、後々しようか」
あとこういう政治色が強い議題は知識層のジル翁に任せよう。
エルフが何を望むかは後方で決めさせないと駄目だ。ここでは無理だ。
「後で良いの同意するけどもね。導師たちの頭には森から叩きだすことしかないことと、同じ精霊の友がそれに興味をもっていることは伝えておこうかな」
一人だけ青と白の絹製の服着てるこの学者エルフが、まぁた訳の分からんワードぶっこんできたよ。
同じ精霊の友ってなにさ。獣人は精霊の子って表現してたが、それよりサウスエルフに距離感が近い言い回しだからエルフに近い種族ってとこか?いや知らんわ。
こりゃどっかでシエラの親父のシーガンさんと話さないかんなぁ。一回フォールの里に戻った方が良いのかこれ。
「はい。そこら辺は考えておきます。じゃ皆、訓練しつつ備えてください。早ければ明日にでも接敵するんと思うんで休息も忘れずにお願いします」
歓迎パーティーを頑張ってからの話はもう良いや。
50人ちょいで1000人規模相手に陣地防御だ。これから忙しくなるぞ、俺以外が。




