表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やさぐれジョンとアンクルサム  作者: イエローモンキー
19/27

19

俺は密度の低い林の中からカルマン人の拠点を確認している。前方50mくらいだろうか、日差しが出始めたせいか靄が酷くなり距離感がどうも掴みにくい。だが泣き言言ってる場合でもない、最終確認しねぇとな。

まず俺の身長くらいの防壁が左右に見える、左は木製で右は石造りだ。だがそれらにここの位置より近づくには遮蔽がないから厳しいな。こっからは戦闘しながらになりそうだ、気が滅入るねぇ。で歩哨の方は石壁近くに11人、木の方は8人立ってるな。セミオートのスプリングフィールドで十分やれそうね。OK、OK。

他の建築物は防壁の後ろには縦に長いテントが4つある、これが最重要目標だな。ここから出てくる前に仕留めないといけない。支えが何で出来てるかは知らんがミニミとM79でボロクソにしてやらんとな、それも可及的速やかに。

不安要素としては、左奥と右奥の二つの家屋の様子が掴めないことだな。右奥の方がデカいからこっちが倉庫かなんかだろうな。それで左は馬屋だろ。また、それらがある拠点後方に獣人がいるらしい。ただなぁ、俺じゃ見えないんだよ。出たとこ勝負になっちまうわ。きっちいなぁ。


「左の配置は完了しました。さー」


ひょこひょこした足取りでマリアが戻ってきた。報告も気持ちのんびりとしたいつもの抑揚で、声も体も疲れた感じがない。

これでもスプリングフィールドと10発マガジンが6本、M79と40mmグレネードが4発持ってるんだけどな。元気だねぇ。


「よし、ここから仕掛けよう。皆準備してな」


俺はウィンチェスターの散弾銃のフォアエンドを一回上下させてチャンバーにショットシェルを送り込込む。

グワンタナモを出る時からチューブに7発入れてあるから、俺の準備はこれで終了やねんな。やることがねぇわほんと。それに比べて皆はいっぱいあるんよな、スプリングフィールドにリュックから取り出した弾倉入れてコッキングレバー引いたり、それやった後にM79に40mmグレネード突っ込んだり忙しそうだ。特にボルトアクションの機関部に一発ずつ込めるのとかミニミの給弾カバー開けて弾帯セットするのとか勇ましくて羨ましいわ。


「視界不良でここまで来れたのは良いけどこの後はどうするの、またジョンが先頭かしら?」


シエラが1911にロングマガジンを突っ込んで、スライドを引きながら聞いてきた。

そうっすよ、指揮官先頭じゃなきゃ駄目なんだからさ。それに俺が教唆してんだから責任くらいとるわ。大体シエラもサコー背負い直して1911準備した時点で出る気満々じゃねぇか。


「勿論そのつもりだ。コーマ、俺の分隊で突っ込むから一呼吸開けてついてきてな。ウィルキーは一旦ここで援護だ。左の防壁に取りつくのは合図が出てからな」


指示を出しながら、俺はウィンチェスターを一度背負い直して1911の準備をした。

その準備は右太ももに付けたエルフ謹製の牛革ホルスターから1911を抜いて、スライド引いたって塩梅。これでサムセーフティ掛けりゃ十分だな、

どうでもいいけど携行の取り決めしてなかったような気がする。俺はコック&ロックでいいが、グリップセイフティ外したシエラは使う時までスライド引かない方が良いんじゃねぇか?こんど話した方が良いかもしれん。


「グレネーダーはどうしますか。初撃で撃ちます?」


自分の分隊の擲弾兵から俺に視線を移したウィルキー。

別に自由射撃で良いんじゃないの。あーでも今回俺たちが持ち込んだ40mmグレネードは8発か、それ気にしてんのかね。足りなきゃサムを呼べば良い気がするけどウィルキー分隊が近くにいるとも限らんからそれは良くないか。まぁどっちにしろ適度に使えば問題ねぇな。


「俺らが右の防壁に取りつくまでに一発だけ撃ってくれ、それと合図までに再装填してくれてれば問題ないから。撃ち込むのは左の防壁近くの歩哨たちが丁度良いじゃないかと思う。他に疑問がある奴はいるか?無いなら襲撃に入ろうか」


はいと短く返事をしたウィルキーは分隊員を呼び、対象を指差して二、三指示を出し始めた。

こんなもんだろうな。皆俺から敵拠点に目線が移り始めたしそろそろ始めようかね。


「こほん、最後に1つ。マリアがグレネーダーを撃ったら俺の分隊が前進を開始する。ウィルキー達は見張り台に動きが出次第始末してくれ。コーマ分隊の発砲はウィルキーに合わせてくれな。こんなもんだな、分隊長は自分の分隊に戻ってくれ」


ウィルキーとコーマはそれぞれ頷き、林の中に分散する自分の分隊に戻って行った。

そんな彼らの戻り際の表情からウィルキーは多少の不安、コーマからは好奇心を感じた。けどまぁ大丈夫だから安心してくれな。確かに楽な仕事じゃないがそんな気負いするような仕事でもないからよ、フラットにいこうや。その為にも俺も頑張るかな。


「シエラとマリアは準備いいか?良ければ始めてくれ」


「ほはぁ...待ちくびれたわ」


シエラ嬢が欠伸かいてりゃぁ。マリアはグレネーダーを中折れさせて確認してんだから、それ見て見習ってくれや。

ただまぁ眠いもんは眠いか。今6時ちょいすぎくらいだもん、俺も眠い。だから欠伸がうつる前にシャキっとしてくれよな。

つーこってマリアさん撃とうか。


「撃ちます」


俺の目くばせに応えてくれたマリアは40mmグレネードをぶっ放した。これで嫌でも眼が覚めるな、物騒な早朝バズーカなもんだ。


「行くぞ!」


俺は防壁に向かって駆け出した。俺を先頭に1911を持ったシエラとスプリングフィールドに持ち替えたマリアが続く。12ゲージと45口径と7.62㎜の銃声のアンサンブルはどこまで仕留められるかね。


石壁右の歩哨5人に向かって走り出すと、視界の右で40mmグレネードが着弾するのが見えた。銀色に光る鎧をきた6人が吹き飛んだりすっ転んだりしていく。

破片が関節部に刺さったたり変形した鎧の所為で自由がきかなかったりで、6人が6人寝転がってから起き上がらずに呻きだした。効果ありだが、すぐ始末せないかん。


―――敵かっ 阿婆擦れシルフィだッ 敵襲ッ


40mくらいまで詰めると前方の歩哨達が叫び出す。全員鎧で兜も着てんのかよ、骨が折れるな。

俺は一瞬立ち止まって、一番近い鎧に散弾を一撃浴びせた。シエラは二人の頭を雑に射ち抜き、マリアは丁寧に奴らの一人に胸の中央に2発ぶち込んだ。

OOバックは鎧を抜けたか分からんが、45口径は兜を抜けるらしい。どうも倒れた奴で血が見えないのは俺が撃った奴だけみたいだ。

ポンプアクションじゃセミオートに勝てなさそうだな、色んな意味で。それに射手の能力に開きがありすぎるわ。まぁ勝ち負けなんてないけどよ。ってことで仕事に集中しよう。


息が上がりそうになるのを我慢して、俺はフォアエンドを手で上下させながら走る。が、その間に残りの2人も倒れた。シエラかマリアか分からんが射撃が上手いわほんと。

それに二人だけじゃない。連れてきた3個分隊全員が撃ち始めたのが音で分かる。左右に首を振ってみれば、そこかしこでバタバタ倒れる敵兵達が居る。


そんな地獄を見渡していたら、俺は防壁から10mくらいの位置まで詰めていたらしい。俺は気合を入れて、仕留め損ねたっぽい寝ながら左右に転がる鎧に2発ぶち込んだ。

当然走りながらやった。いやぁきっつい、目の前がチカチカするわ。


「コーマ!壁の逆側に回って拠点の南西側を確認してくれ!途中に転がってるのは銃でも鉈でも良いから絶対に確認しろ!」


そんなこんなで取りついた壁に背を持たれて後ろを振り返り、俺はこちらに走ってくるコーマ分隊に指示を出した。

なんでコーマ分隊は楽しそうに笑ってんだ、ハイキングじゃねぇのよこれ。詰まらんミスは勘弁よ。


コーマ分隊の壁伝いに西に回る動きから目を切って俺は、右の拠点北側の木の防壁に目を向けた。俺の居る石壁の右端から20mくらい空いて防壁が建っていて、その防壁の外側にも死体と負傷者が倒れているのが見える。

あれだな。少しでも動いてれば、いや動いてなくても1発撃つか一刺しするかした方が良いな。でも言わなくてもウィルキーならやるか、フォール組はこの辺手厳しいしな。


「シエラ、ウィルキーに合図だして!マリアはグレネーダーを装填!」


シエラもマリアも、俺が顔を向けたら目を合わして頷いてくれた。どちらも余裕を浮かべた表情だったわ。

駄目だ、森育ちには勝てんわ。息が全然上がってないのよ、俺は死にそうなんだが。

そんなダサい俺の横ではシエラはハンドサインをし、マリアは40mmグレネードをリュックから取り出した。


俺も仕事しなきゃいけんね。他の分隊も働いているのが銃声で分かるからな、戦果を確認しないと駄目だ。

石壁から顔を少しだけ出して中を伺うと、拠点の右側に建つ2軒のテントが見えている。割合素早くテントから出てきたであろう奴らの死体が10人だか20人だか転がっている。ところどころ血に染まった各テントの中からは複数の怒号が放たれてもいる。

そして俺が確認しているこの瞬間も、アスラ分隊のミニミは短連射を繰り返している。テントの血の染みが増えていくのが見て取れるわ。


「ウィルキー達が着いたわよ」


俺の後ろから肩を叩くシエラの報告は、いつも通りに優しく耳をなぞるようだった。

落ち着いてるねぇ。いやまぁ、シエラが一番場数踏んでるんだけどさ。


「ありがとうな。...良し、時間が勝負だ。ウィルキー分隊にもテントにグレネードを撃ち込ませよう。混乱から立ち直る前に蹴りをつける。マリアはどう?」


「いつでも撃てます。さー」


右側のテント2軒はほぼ壊滅だ、聞こえるのは怒号だけで出てくる感じはない。なんでか分からんが拠点右半分は戦力喪失状態だ。

ただなぁ、テントに居てもやられると思うんだがなんで動かないのか。武具を纏うのに時間がかかるのか、伏せて機関銃の弾が止むのを待っているのかのどっちかだと思うけどどうなんかね。それともテントから出た瞬間撃たれるのを恐れているのかだろうか。実際出た奴から死んでるし。

まぁいいや、テントはグレネードで崩してやれば良いか。


「拠点の左半分はウィルキー分隊とアスラ分隊で予定通り方が付きそうだ。だから俺たちも右半分をやろう。マリアは持ってる40mmグレネードを全部テントに放り込んでくれ、俺とシエラでそれの援護だ」


拠点右側のテント2軒が目途が立ってないのはコーマ分隊の銃声で分かる。素早く始末しねぇと面倒になる。アスラ分隊のミニミ掃射のダメージが左2軒と比べて浅くなっているはずだから選り取り見取りだろうよ。


「そうね、コーマたちが崩れないうちにやりましょう」


俺が振り返ったら、シエラがサコーのスリングを肩から外して構えていた。

ああ、そう。近いのは任せるって感じですか。つっても1911なんて腰のホルスターから抜けばすぐだし、どっちかというとあるもん全部使うって感じかもしれない。

俺は取りあえず頷いておいたが、頷きに軽く微笑んで返してくれた。これは任せてってことだろうかね。ほんと頼みにしてるから頼んだぞ。


「ウィルキー!グレネーダーでテントを吹き飛ばしてくれ!それとアスラ分隊を前に出しても良いからな!」


「了解!左を抑え込みます!」


俺とウィルキーは怒鳴り合うように会話した。

防壁の間が20m空いてるからデカい声出さなきゃ通らんわ。ホントは奴らにこっちの段取り聞かせたくないけどしゃあないか。まぁ大声出して緊張が解れたとでも思っとこう。

でこのまま気合と衝撃力で押し切っていきたい、このまま一気にいこうや。


俺は勢いが死なない内に動こうと、石壁から少し出て膝立ちの態勢でウィンチェスターを構えた。後ろで二人が似たような態勢で構えたのも気配で分かった。さぁここが勝負どころだよな。

前を見ると被害軽減なテントが残っていた。その血染みの少ないテントから、締め忘れた蛇口みたいに敵兵がちょろちょろと出て来る。

その内の一人に俺は撃ってみたがなんとか胸に当たってくれた。30mくらいしか距離がないから動いていても当てられそうで助かる。ただ数十人で来られたらきついからバンバン撃たねぇと。

皆もそう思っているのか、コーマ分隊のミニミも短連射で勢い良くぶち込んでいるし、マリアも一発グレネードを撃ち込んでズタボロに変えていっている。

支えが壊れたのかテントの前半分がぐしゃっと潰れ始めた。人や家具の形が浮かび上がってくる。こりゃ出ても来ても立て籠もっても地獄だろうよ。

案外早く撃たないと仕事が無くなりそうかもしれないのかもな。


「出てきたわね」


後ろで蔑むような笑い交じりの声がした。

仕事がないと思ったことを笑われた気分だ。グレネードでのテントの倒壊にびびったらしい連中がわらわら出てきたからな、見積もりが甘くて申し訳ないわ。個人的に。


「全部やろう。マリア、グレネードを撃ち尽くして」


さー、と微かに笑みを籠めたマリアの返事が聞こえた気がした。

もう何が何だか分からん。すぐ後ろのマリアの声より、銃声と怒号と騒音のがデカいんだよ。確認するより始末した方が早いわこれ。

ってことでテントを出た瞬間にドタドタと走ってきてるお前らからだ。


俺は向かってきた一団から適当に一人狙って撃った。胸の鎧に赤い穴をあけて後ろに倒れこむのが見える。他の奴らにもコーマ分隊がミニミとスプリングフィールドを、シエラがサコーを射っている。

距離が近いからか皆して大雑把に胸目掛けて射ち込んでいて、倒れた奴らが血を吐きながら弱くえずきだす。

その倒れる者の力ない眼差しに、マリアはにべもせずグレネードをテントに撃ち込んでいく。グレネードは布を押し込みながら、あるいは突き抜けてながら弾けた。破片が作った亀裂から爆風が漏れ出しながら、テントは潰れていく。

俺たちは誰に言われたでもなく、的が足りなくなった者から布が作る人型に向かって銃弾を浴びせた。布張りのテントは赤く染まり黒く変色していく、ただそれだけだ。


そして微かな呻き声以外しなくなった。

縦に長いテントには出入り口が複数あったが、どこの出入り口も死体だらけだ。血に濡れた各テントも倒壊した部分が多く、無傷の者がいなさそうな気がする。こっからは確認作業だな。


「シエラ、一回皆を集めよう」


俺は振り返ってシエラに声をかけた。シエラはニンマリと満足げ微笑みながら左手で髪を右耳にかけている。

右手では1911持ってるから油断はしてなさそうだが、まだ終わっちゃいねぇぞ。朝靄が酷いせいで、まだ状況不明な木造家屋が2つあるんだ。どうしたもんかね。


「そうしましょうか。それとライカンはどうするの?」


シエラは俺の後ろの方を見ながら言った。

一体何が見てんですかね、俺には家屋の影が見えるくらいだったんだが。まさかそこにいるとか言うのか?

いいや、取りあえず集合かけよう。


「取りあえずライカンより安全を確認しないか?ってことでマリア、分隊長にここに来るように言ってきてくれ」


「連れてくるのは分隊長だけですか?さー」


スプリングフィールドを両手で抱いたまま目を瞬かせるマリア。

こっちはまだ戦闘態勢やな。これだったら全部言わなくても勝手にやってくれそうだけど主犯は俺だからな。だからまぁちゃんと口に出しておこうかね。


「分隊長だけで良いよ。残りの人とマリアで安全を確認して、終わったら馬連れてきてな」


俺の指示に満足したらしく、マリアはさーと返事してから駆け出した。

マリアの確認が一番信用できるからな。それに本人もやる気だし任せておこう。


にしても酷い状況だな。死臭ってのはこういう匂いなのかと実感するような有様だ。

別に腐った匂いなんかしないし、硝煙と鉄の匂いしか風には混じってない。でも靄があるせいで、靄ごと良くない何かを吸ってる気分になる。贔屓目に行って最悪だわ。数十人の死体はあちらこちらにあるしと4つの崩れかけたテントの下にもあるだろうから、もうあかんわこれ。


「ほら、集まったわよ」


呆けていたら、シエラの琥珀色に淡く光る眼と目線があった。シエラの手が俺の両頬を包んでもいることにも気づいた。温もりの所為か心遣いの所為かはしらんけど、少しだけ胸がすいた気がする。

そうね、何も終わっちゃいないよな。だからそんな目じり下げてしょげなくて良いよ、俺より沈むことなんてないよ別にさ。


「もう大丈夫だ、ありがとう」


ゆったりと撫でるように、俺の頬からシエラは手を外した。

随分色気たっぷりやんね、別の意味でクラクラきちゃうだろうがよ。おかげで気は晴れたから仕事でもしようかな。


「ライカン達は話聞いてくれますかね?」


コーマは期待のこもった声色を使ってきた。

話聞いて欲しいなら、その抜いた鉈を納めた方が良いんじゃねぇの?あとライカンはしらんがシエラは話聞いてくれなさそうだぞ、ジト目に変わっちゃったもん。俺は知らないからな。


「まぁ取りあえず会ってみようか。木造家屋の辺りにいるんだろ?コーマとウィルキーが先導してくれ、俺とシエラでついてくから」


コーマははーいと間延びした返事をして、ウィルキーは肩をすくめるを返事にして木造家屋に向かって歩き出した。そしてシエラが苦笑いして俺と一緒に後に続く。

ジト目に込めた気持ちはコーマ以外にしか伝わらなかったみたいだな。コーマは鉈をプラプラさせながら歩いてる。

まぁこんだけ派手に殺して呑気なんだから許してやろうや、PTSDになるよか大分マシやねん。だからため息つかなくてもいいんでねぇの。

それとあれだわ、俺もウィンチェスターから1911に持ち替えた方が良いな。何かがあったらその方がしやすい。


「14人で潰せるものだったのね...」


歩きながら辺りを見渡したシエラがポツリと溢した。

100人規模とか言ってたっけな。そりゃ対等な条件なら逃げる相手だもんな、そういう感想にもなるか。ただデルタだのシールズだのはこういう事例それなりに経験してるし、こっちはメリケンの相手以下だからなんとかなるもんよ。指揮官がド素人でもだ。


「あと1000人いるんだろ?まだまだ秘密の手段があるから期待してくれて良いぞ」


「ふふ、ジョンは何が相手なら逃げるのかしら」


1911を両手で構えながら軽くお笑いになった副官シエラ。

そうな、魔術師部隊が気になるかな。どういう戦力なんだろうかあんまり想像がつかない。ブラッカスは迫撃砲の60㎜榴弾を見て火の魔術とかいってたから、まぁ似たような感じなんだろうけどどう対策すればいいか分からん。


「魔術師って奴が何が出来るか次第で逃げるかな。逃げた後に対策はするし仕留める自信もあるけど、逃げの準備はいるかもとは思ってる」


俺の言葉にシエラは鼻で笑って応えてきた。

結構派手で蔑み全開だったんだがどうしたよ。魔法が使えるエルフ的には面白い回答だったんかね。


「魔法が使えない魔術師に出来ることなんて魔法以下のことしかないわよ。ジョンなら逃げる必要が生まれないと思うわよ?」


少しだけ顎を上げてそう嘲笑しなすった。

なんか激しく嫌ってるみたいだ。ただ、魔術は魔法の真似事だと言わんばかりに馬鹿にしてるけど実際はどうか聞きてぇな、雰囲気が鋭くなったから今度にしようとも思うが。


「まぁそうなることを祈ってるよ。...であれがライカンか」


分隊長二人の先導する先の木造家屋の壁がハッキリ見えてきた。壁には鎖が列になって複数垂れていて、その鎖の手錠があった。つまり鎖と手錠でライカン達は壁に繋がれている。

皆毛むくじゃらで、人と大きさだけは変わらない顔は猫や犬そのものだ。ああファンタジーやな。滅茶苦茶ファンタジーで且つ糞みたいな光景だ。


「手錠に魔晶石が付いてますね」


コーマが顔を顰めたのが硬くした声で分かった。

気に食わないのはこのライカンの扱いか封じの魔晶石かそれとも両方か、俺には苦い心当たりがたくさんあるわ。多分エルフの奴隷も同じような扱いなんだろうな。こんな感じに体中が傷だらけのまま貧相な体つきになる程度の食事しか与えられないんだろ、糞みたいな話だ。


「まずは外しましょう。こうやって魔晶石を砕けば、手錠は風の刃で切れます」


ウィルキーが黒い毛で猫顔の獣人の手錠を鉈の棟側で叩いて砕き、一瞬風を纏わせた鉈の刃で手錠を撫でるように切った。

光景全部がファンタジーだ。ゴリゴリ削られる気分だな、常識なんかどこにもねぇや。


「封じの魔晶石ってのは風の魔法には影響しないのか?」


「手錠に付いているのは内向きのタイプですから私が魔法を使うには問題ないですね。ただ嵌めたら使えませんから注意しないといけません」


そういう感じか、まぁどっちにしたって糞みたいな話だ。どういう風に対象を絞っていようが糞は糞には変わんねぇ、さっさと壊して外してしまおう。


「...あんた知らねぇ匂いだけどよ、何しに来た。エルフを従えて何をする気だ」


今ウィルキーが助けた黒猫の獣人が毛を逆撫でられたみたいに警戒してきた。

別に取って食おうって訳じゃねぇよ。それに勝手に俺をボス認定してるけど違うからな?俺は軍事サービス提供してるだけの被雇用者だ、本来のボスはシエラかノリスだろ筋合い的には。

ただどうでも良いことは後で良いか、必要な話だけしよう。


「そうだな...エルフを助けてカルマン王国を殴り飛ばすんだよ、カルマン王国から奴隷を無くすためにな。差し当たってはここからエルフの砦に逃げ込む気はないか?飯食って体洗うくらいはさせてやれるぞ」


黒猫ボーイはお口あんぐりだ、余程衝撃的だったらしい。

ほら選べ、実質選択肢は一つしかないんだから乗ってみようや。お前さんだってこの拠点に詰めてた兵士がどうなったか見えてたんじゃないのか?


「...分からねぇな。分かるのはあんたからはエルフと似た匂いがすることとカルマン人にはいない髪と顔なことだ。俺たちを捕まえて何させる気だってんだよあんたは」


怯えが浮かんだ眼差しを向けてくる黒猫。

似た匂いねぇ、それは同じもん食ってる所為か硝煙の所為か分かんねぇや。随分鼻が良いこって。

あと当分は何もさせないし出来ないだろうよ。体付きが貧相ですぐに兵士にはできないだろうから回復を待ってからアルダンに押し付けるってのが一応の本筋かな。違う道もあるにはあるが今はいいや。


「何も出来ないだろうに何を言ってんだか。で、どうすんだ?俺たちはここの食料巻き上げに来たんだぜ、ついて来ないと大変だと思うが」


黒猫は目を瞑って考え始めた。

ここにいちゃ先が無いんだ。助かる気になってくれないかね。


「...16、いや15人いる。俺以外の奴も連れて行ってくれるのか?消耗が酷いのもいてあんまり遠くに行くのは厳しいけどよ、それでも全員連れて行くってんなら乗っかっても良い。目瞑ってついて行ってやるし他のライカンも説得する」


黒猫は敵意でもあるんじゃないかって睨みつけながら交渉してきた。

こいつだけじゃねぇな、他の奴も息を殺して俺らのやり取りを聞いている。一言も口挟まないでやんの。それに黒猫は無理難題を吹っかけて断らせようって腹だろ、人夫やってた奴隷が人夫を拒否だからな。

だが一応下手には出てきてるのは運が良い。100人だか殺すの見られてこの程度なら纏まる範疇よ、問題なんかない。


「それくらいお安い御用だぜ。飯と寝床はなんとかしてやるから着いてこい。ウィルキー、コーマ、ライカンの拘束解いて回ってくれ」


黒猫よぉ。そんな顔びくつかせてねぇでシエラ見てみろよ、余裕の薄笑いだぜ。交渉するならそれくらいじゃなきゃ駄目だからな。見といた方がいんじゃねぇの、俺と交渉したいならよ。


取りあえずコンボイが必要だな。油は初めて要求することになるけどちゃんとくれるんだろうな。

サム、ほら出て来いよ。





俺の瞼の裏に真っ白い世界が映りだした。当然ここの主のスーツ姿の太っちょも現れる。相変わらず脂ぎった顔してやがるわ。


「どうした、鉄か油かそれ以外か?残りの一つはオートミールでもフロックコートでも、エロクトロニックでもいいぜ。ただし一つしか選べんがな」


そう矢継ぎ早にいうなや。大体俺はまだ鉄しか頼んでねぇだろがよ、そんなにすぐ選べるかってんだ。


「今回は油だよ。一人きりのコンボイだ、おまけに難民輸送だから乗り心地が良い奴が欲しい」


「移民とは調子が良いな。でベトナム走らせるんだろ。何が欲しいんだ、テクニカルか」


短髪を押し付けるように撫で上げるサム。

あと森って言っても、こっちはアルデンヌとかヒュントゲンみたいなヨーロッパ風な森だ。行ったことはないけどそんな雰囲気を感じる。だからジャングル戦仕様の窓も屋根もドアもねぇのは要らねぇぞ。


「テクニカルには後で改造するから純正でくれ。ハイラックスでMTに右ハンドル、ダブルキャブのモデルってあるか?」


「ハァ...本国人がその仕様で乗ってるよ、用意しよう」


ちょっと不機嫌になったわ、そう口の片側を吊り上げんでくれや。

まぁ気に食わないのは分かるよ?大好きなATじゃないし、そもそもジョンブル仕様の日本車だしで気に入る要素なんかねぇもんな。でもあんたの国の特殊部隊は日本車を購入するって決まったらしいのは聞いてるからな。俺だってそれに倣うまでのことだろ。


「我慢してくれりゃ本当に難民が移民に変わるかもしれないからよ。お詫びって訳じゃないが期待してくれていいぞ」


「...フロンティアが広がるなら何でもいいさ。1台で良いのか?」


フロンティアを強調するときだけご機嫌になったサム。

気に食わないとこ申し訳ないがハイラックスはそこそこ頼むことになりそうな気がするわ、1台だけなのは今回だけな気がするんだよな。


「今回は1台で良い」


あとは獣人をハイラックスの荷台に積んで運ぶだけだ。これと馬6頭で物資も奪えるだけ奪っちまおう。そうすりゃエルフから食料貰わんでも黒猫たちも暫く食いつなげるだろうから、その間に今後のことも決めてもらえば良いか。

多分獣人もハイラックスもいっぱい増えるんだろうな。エルフとドワーフだけでもいっぱいいっぱいな感があるのにどうなることやら。これじゃ先行きが明るいのか暗いのか分かんねぇや。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ