13
起きてからずっとうんざりした気分だ。
いやカルマン人の素敵な山小屋ロッジを襲撃してからずっとだな。
ほんとシエラには頭が上がらないわ。
襲撃自体が噴飯だってのにその後も最悪だ。
気絶した宗教者をフン縛った俺の分隊はカルロ分隊に合流の手信号を送った。で合流まで暇だったから一応確認して回ることにしたんだ、物音一つしないベースキャンプをな。
成果はあった。井戸の近くの布張りのテントには、一つに一人カルマン人がいた。何故か皆、収容キャンプのユダヤ人みたいな体つきだった。どういうことかシエラに聞いた俺は、世の中に万能はないことを知った。
回復魔術には欠点があるらしい。酷い怪我、例えば手足を失うような怪我を治すと酷く消耗するというんだ。寿命を削ることを代価に手足を生やしたと俺は解釈した。シエラは患者の生命力を使って治すのよって言っていたが似たようなもんだろ。一気に治したガタが来たんだろうな。
もちろん特効薬を処方したさ。OOバックで楽になって良かっただろ。
それからカルロ分隊が合流したから、みんなで死体を家屋に放り込んで燃やした。
でも全部じゃない。井戸にも2、3放り込んでおいたからな。せっかくだから最後まで俺たちの役に立ってくれると嬉しい。
ベースキャンプにいた馬を5頭全てと法衣の宗教者一名をグワンタナモ砦にご案内して業務終了となった。いや、カルロとマリアはノリス軍曹に連れてかれたか。ノリスは羊皮紙と羽ペンを用意して待っていたからデブリーフィングかなんかをやったんだろうな。
戦訓は大事だ。特にエルフの血ではなくカルマン人の血で書く戦訓はな。エルフの血で書くなんて死んでもごめんだ。舐めちゃいけん、一方的に狩るんだ。その為には労力を惜しんじゃいけんのよ。
帰った俺はすぐ、疲れ切った体で渓流に降りて汚れと汗を流した。
俺が持ってる唯一の私服も随分草臥れてきた。体と一緒に洗ったがそろそろさようならが近いかもしれない。
ただ何故かシエラも着いてきたんだよなぁ。俺はすっぽんぽん、シエラもすっぽんぽん。
だから俺は体と服を洗うのに出来るだけ集中した。しょうがない時はシエラの首から上だけを見た。
話しかけんじゃないよ、何がご飯食べて寝ましょうだよ。おかげで下の毛も金髪なの見ちゃったじゃねぇかよ。役得ですかそうですか。
ただおかげで気分はマシになったからありがたかった。シエラの女体のおかげか瞳のおかげかは知らんけどな。
たまに瞳が琥珀色に優し気に光るのは何だろうな。なんかやってるのは分かるが、俺の心が落ち着くだけだから聞かないでおいた。
出鱈目ばっかりな世界なんだ。一つくらい俺に優しい出鱈目があってもいいだろ?全部聞いてたらキリがない。野暮はしない方が良いしな。
水浴びの後、食欲が出た俺はパンとスープに肉を食った。どんな食事かは覚えてない。よっぽど腹減ってたんだろうな。皆に笑われたことだけは覚えてる。いつまにか仲良く出来てたらしい。俺たちは戦友だ。同じ釜の飯を食うってのは良いもんだよ。だがそんな光景が心をしょっぱくした気が少しした。
食い終わったからは日が暮れ始めてたから、すぐ寝た。というかシエラに寝かせられた。
グアンに作ったいつもの竪穴式ログハウスで、二人で横になって寝た。途中、シエラが胸元に俺の頭を寄せてきたが、俺は拒めなかった。
今まではエルフに入れ込む気持ちが湧くのに戸惑っていたりはしたが、間違ってなかったと思えた夜だった。
最初は打算や義憤だったけど、情がどんどん溢れてくる。
君を救ったのは愛じゃよ、なんて魔法学校校長のジョンブルのクソ爺が言ってたよな。俺はライオンの寮監が好きだから、精一杯にグワンタナモ寮を守ることにする。
エルフに守られ守ることは、それすなわち愛じゃよ。俺は愛を、自己本位にエルフの敵にぶつけよう。
キャンプグワンの小さな高台には、今日も涼し気に風がふく。
良い心地だな。糞みたいな気分も一緒に流れていくぜ。塹壕の屋根の下でのんびりしたかいがあったってもんだ。
「やっとマシな顔になったじゃない?」
へいへい、心配かけて悪ぅござんした。
風に流れるウェーブロングの金髪を手で抑える女神様のおかげだよ。
最初に出会ったのがシエラで良かった。
「で今日はどうよ。朝起きてからここでずっとゆったりさせられてるから、変わったことがないか聞きたいんだけど」
なんか俺、非番扱いなんだよな。たまにシエラに報告しに来る人はいるけど、俺にはなんもない。
いやボケっとしてそれ聞いてない俺も悪いんだけどさ。
「何もないわよ?ノリスが全部仕切ってるから大したことはないわ。報告は捕虜のことくらいかしら」
今日はノリス軍曹で回してるのか。
そりゃそうなるのは分かるけどな、ジョン少尉とシエラ副官はここでサボってるから。
「あいつはどうしたんだ?」
右足の膝から下を失った老人の宗教者は、口に布を詰められて後ろ手に縛られてたのは覚えてる。馬にくの字で乗せられてグワンタナモまでやってきた訳だがどうなったか。
「水だけ偶にあげてタナモの塹壕に放り投げてあるわ。変わったのは残った左足を足首と股関節で縛ってあることくらい。夜はルーイたちが監視して、今はノリスが見てるわよ」
おー、グワンタナモらしくて良いじゃん。でも本場はもっとえぐいのやってるかな。
それと昨日の夜勤はルーイ分隊か、じゃあ今日の非番もルーイ分隊な訳だ。仕事は頼まないようにしよう。人材管理は大切にせなあかん、ゆっくり休めよ。そして狩りに励んでくれ。
「じゃあ少しは従順になったでしょ。事情聴取をしよう」
「ふふ、ジョンは一人で橋を渡れるのかしらね?...嘘よ、二人で渡りましょ」
艶っぽい声で小悪魔みたいな真似をするシエラ。
止めてくれって。あの板床の丸太橋はあぶねぇよ。俺たちの重さで撓るんだよ、それが怖いんだよ。
そんな俺の視線の抗議は通じなかったらしく、俺の視線を躱すようにしてシエラは塹壕を出た。
置いて行かれたら不味いわ、急いで着いて行こう。
「マリアっ、仕事っ、よー」
高台の急斜面をいちにのさんで降りて行かれなすったわ。あれは山猫といい勝負だな。
底の磨り減ったスニーカーじゃキツイなこれ。今度エルフの靴貰おうかなぁ...
彼ら牛革の良さそうな革靴履いてんだよね。どうも靴は拘りがあるらしい。服は麻生地のワンピースに腰を紐で絞ったりとか、これまた麻生地のシャツとズボンのセットだったりで地味なんだけどね。
森歩きに特化してるわ。
「シエラ様、参りました」
マリアもひょこひょこやってきた。
歩きは柔らかいけど、ピシッと背筋伸ばして返事をしてる。俺の時と微妙に違うのよね。シエラのことはお嬢様扱いで、俺のことは近所の兄ちゃんみたいな感じ。まぁ良い娘だから、どっちにしても礼儀正しいのは変わらないけど。
「ジョン、要るものはある?」
そうね。テロリストの首魁みたいなもんでしょ?
そうな、サムおじさんはコーランが大嫌いだからね。ラングレーが連中にやりそうなことするか、俺の勝手なイメージのラングレーだけど。
「頭陀袋、頭が入るくらいの布袋と、それと水。水は小さくていいから樽かなんかで持ってきてね。足りなくなったら追加頼むかも...ごめん、あと縄」
こんなんしなくても喋ると思うけどね。相手は老人だしな。
ただ今後の為にノリスに教えておきたい。こういうやり方があるんだってさ。
なんでかって?他のエルフじゃ絶対やりすぎる、やりすぎるかすぐ殺すかだ。尋問なんかしないで絶対殺す、そんな自信が俺にはある。
「後で持って行きます。さー」
跳ねるような足取りでフワフワと、道具を集めに竪穴式ログハウスに去って行った。
燥いでんだろうなぁ...頭が痛い。
「ほら、繋いであげる」
声の方に顔を向けると橋の前で、半身で手を差し伸べて急かすエルフがいた。
こっちのエルフは落ち着いてるんだよな。必要だから殺す、迷わず。って感じでさ。
マリアは取りあえず殺しましょう、カルロは落ち着いて殺しましょう。そんな感じが彼らの手口からする。
「今日はチャレンジするのね」
なんかシエラが橋に一歩踏み出した。
辞めてって、あんな手すりもない撓る橋なんか渡れるかよ。
駆け寄った俺がシエラの手を必死につかむと、鈴の音みたいな小さい笑い声がした...気がした。
橋をずんずん進むことにドキドキしてんだか、違うことにドキドキしてんだか分かんねぇなこれじゃ。
そんな10mと少しの悩ましいアトラクションは安全に終わった。
俺は言いたい。補修しろ。せめて杭でも差して縄を張れ。馬も頭おかしいよ、エルフが鬣撫でたら苦もなく進むってどういうことやねん。
「もうちょっとなんとかならないか?手すりが欲しいよ俺は」
「非常時は落とすんだからあれで十分よ。多数決でも取る?」
俺のいじめるのが楽しいらしいな。良い笑顔でいらっしゃる。
もう仕事だ、仕事。ノリスがボケっと塹壕を掘りごたつみたいにして座ってる。あそこなんだろ?
「そんなに急いでも逃げないわよー。あとエルフは逃がさないからね」
何を逃がさないってんですかね。俺とシエラの初戦果は逃げられたじゃねぇか。油断はいけません。
ちゃっちゃと片付けて行かなきゃ次が来る。手が足らなくなる、今日も頑張って行こう。半日休暇もらったから元気ばっちしだ。
「ノリスさん、様子は?」
「多少素直になったんじゃないか?誰も会話なんかしてないから分からないけどね」
困った風に鼻をいじる軍曹。
実際どうなんだろうね。俺は塹壕の中に降りて横に倒れて休んでる宗教者を見てみた。
目線を合わせると、目が見開いて眉頭が上がった。驚いているのかねぇ。分かんねぇや。
「用意が出来ました。さー」
いつもより気持ち大きい声を出して、マリアは塹壕のすぐ横に頭陀袋と縄を置きだした。低い塹壕から取りやすくていい高さやな。
その後ろでは樽が歩いている。そう樽だけが動いてる。多分ドワーフだな、手足が見えたが毛が凄いのよ。樽は小さくて良いって言ったんだけどな。
「ブラッカスか?」
「そうじゃ」
樽を置いたブラッカスはマリアと一緒に塹壕に降りてきた。
ドワーフ達は別にこう、迸る殺意はないと思うんだけどね。見に来たのか?
「水の樽はそこの角に置いてくれると助かる。どうしたんだ、気になるか?」
俺の質問には顔で答えてくれた。髭モジャの顔はくちゃくちゃになった。すんごい嫌そう。
顔芸が終わったら振り返って樽を抱え、俺が指差した方に置いてくれた。樽の水の中には小っちゃい桶が浮かんでる。
これはあれだな、調理場からそんまま持ってきた感じか。あんまり汚したくねぇな。
「工房が出来たわい、それだけ言いに来たんじゃ」
ああ、終わったのか。これで塹壕ログハウス2号は岩みたいな石みたいな炉を併設させたみたいだ。
何が出来るのかねぇ。どうせ出鱈目なんだろうな、鍛冶にも機械にも強い彼らは何をするのか楽しみだ。
「早かったな。でも俺に言う必要なくないか、俺でも何か頼めるのか?」
頼めるか聞いた瞬間、また嫌そうな顔に戻ったんだが。
俺、何かしちゃいましたとか言う気はないけどさ。あれだな、折衝はシエラに任せなきゃ駄目だ。雇用主はそっちだからな。
「何を言うとるんかい。この砦を考えてもみるんじゃのう、儂の見立てじゃと南から攻められるとして300人は釘付けに出来るわい。銃火器とかいう道具とお主の発想だけで300なんじゃぞ」
何が言いたいねん。
なんか急にヒートアップしたな。普段付き合ってるのは冷静沈着なエルフだから温度差にびっくりだわ。
「一刻あれば、300人に抜かれない砦が出来るんじゃ、こんな面白いことが他にあるかい!ジョンドゥの思想、ジョンドゥの工芸、まだまだあるんじゃろ?儂らにやろせろ」
なぁ、熱くなってるとこ悪いがよ。顔の血管キレそうにしてるけどよ。それよか大事なこと言ったなお前。別に塹壕は俺の知恵じゃないとか銃火器は俺が作った訳じゃないとかはどうでも良い。
今、一刻と申したか?ブラッカス殿。
「...ブラッカスは時間が分かるのか?」
「なんじゃい急に、分かるわい。そんなことは時計を見れば分かるんじゃあのう」
はぁ、もっと早く聞いておけば良かったわ。
なんだよ、あんじゃねぇかよ時計がよぉ。自然主義者のエルフが太陽頼りだから無いと思ってたわ。
「仕事を頼めるなら時計を頼む。デカいのしかないなら住居とタナモの塹壕に一個づつだ。もしあるなら、あるなら腕時計を、7か...7本くれ」
おい、何をそんな怯んでるんだ。そんな俺が時間に拘るのが意外かよ?
俺はエルフ小隊の少尉だぞ、尉官だぞ。時計通りに動かない軍隊抱えてる前線将校だぞ!死活問題だ!
「...妙なもん、欲しがるのう。デカくない、時計で、小っちゃく...腕?腕に巻くんかいな?...おいエルフ、牛革を用意しておけ!」
なんか閃きやがった。良いぞ、その調子で何とかしてくれや。
いやぁこれで捗りますねぇ!時間が分かるだけで世界が変わるってんだよ。
「ジョン、手首を抑えてないで何とかしてよ!ああなったら止まらないわよ...」
そうね。あれは止まらないな。勢いが違うもん、分かりやすく違う。
ブラッカスは飛んで行った。腕力だけじゃなくて脚力も凄いのか、歩幅を馬鹿みたいに広くして走り去ったわ。俺の3歩分よりデカい一歩で行くんだよ。ドワーフって140㎝くらいなんだけどな、本気出すと足早いのか。
普段の牛歩は何なんかね。足はノッシノッシと、肩はオラオラと歩くドワーフは今日までだろうか。
「悪いけど、牛革は頼む。時計に使わないとしても俺の靴が駄目そうなんだ。だから、うん、ごめん」
シエラはなんか萎びてるなぁ。ごめん、ホントごめん。
いやぁ、でもマジで必要なのよ?うちは軍隊なのよ、輜重科ならわかってくれないかなぁ。
「終わったかい。それでジョンドゥは何をしに来たんだ?」
同情されてるのを感じる疲れた目をこすってるノリス。
俺も熱くなってすまねぇ。ほんとすまねぇ。
「...尋問しに来たんです。まずは奴さんの腕が肩より上に上がるように縛り直してください。それが終わったら左足の拘束を解いてください」
ノリスが目で合図をしたら、マリアが汚れた法衣服の老人の胸元を引っ掴んで起こした。
老人の顔が恐怖に歪んだのは横から見てても分かった。俺には驚いたのにマリアをは怖がるのか、分かるようで分からん。
多分俺のこと自体は知ってると思うんだよね。だから俺もエルフもお前の敵なのは変わらんのも知ってるだろ。やっぱ分かんねぇな。
ノリスが老人の自由になった両手首を、持ち手代わりにして上に持ち上げる。膝立ちで万歳する格好になった老人の手首を、マリアはフン縛った。それも強烈に。
「腕はこんな感じで良いのか?」
老人の手首の縄を確認したノリスは持つのを止めて、力なく倒れた白い法衣をただ眺めている。
ええ十分です。あとは天井に良い感じの隙間があればもっと良いな、というかあった。
塹壕は突貫工事だったからね、しょうがないわ。今度直すか。
縄を手に取りながらそんなことを俺は考えた。
「良い感じです。で左足の拘束を解いてください。それでこの縄と手首の縄つなげてください」
天井の隙間に通した縄の先をノリスに預け、俺は逆側の先を持ってこの長方形の塹壕で一番角に行く。ノリスは準備できたらしい。老人が頭の後ろで手を組んで尻をついて座ってる。
俺は角の柱に回した縄を引く。そうすると老人の手が上がるだろう。体も持ち上が...らないですねぇ。ごめん。ノリスこっち来て。
手招きした俺に苦笑しながらノリスが寄ってくる。すまんなぁ、後はよろしく。
「ノリスさん、もうちょい引いて。そう、そこでストップ。捲きつけて結んじゃってください」
老人は手から吊るされた。膝立ちがギリギリ出来ない、地面に膝を擦れないくらいの高さで吊った訳だ。万歳をした腕は伸びきったら痛いことだろうな、今は片足で立ってるから痛くないだろうけど。
取りあえず、出来栄えはこんなもんで良い。やり方教えて俺はグワンに戻ればいいや。
「この布袋なんですけど、こんな感じに濡らしてください」
俺は手に取った頭陀袋を樽に突っ込んで濡らして見せた。
おぅマリアがええ笑顔でいらっしゃる。つうかなんか人増えたな、ノリス分隊の皆さんやん。エルフ3人が外からしゃがんで塹壕覗いてる。それ緊張するから辞めようや。
「それ、頭に被せるのよね?」
口が酸っぱそうなシエラ。
あのね、気持ちは分かるよ?でも教えておかないと暴走する奴出ると思うんだよ、このエルフ小隊。
「そうだよ。まぁ一回こっきりだから多めにみて。ノリスさんも覚えておいてくださいね、これから尋問はこんな感じにお願いします。必要な時は」
俺はそんな周知徹底をしながら老人に寄っていき、老人の口の布を外してやる。
なんか入ってた布がビシャビシャなんだが。水は飲ませてたってシエラは言ったけど、これ布を詰めたまま飲ましただろ。人のこと言えないだろうよぉ。
「神よ!何故人間がエルフとともにいるのか!」
「喋るなァ、俺が良いと言うまで喋るなァ!」
目を見開いて訳の分からんことを叫ぶ老人の耳元で、俺はお返しに倍の音量で叫んでやった。
耳がキーンとしたのか、一瞬静かになった。俺は間髪に入れずに老人の左足を蹴る。
右足の膝から下の無い老人は片足立ちをしているから、左足を蹴られることで地面に落ちる。でも止まる。天井からの縄は地面まで足りない、膝立ちが出来ない。
すると腕がビンと伸びて体重を支える。痛かろうなぁ、顔が苦痛に歪んで叫びだしもするよなぁ。
「俺は良いと言っていないぞォ!」
俺は老人の顔に向かって叫んでから、びしょ濡れの頭陀袋を被せてやった。
まだうるせぇなぁ。じゃあこうしてやる。
「マリア、桶に水入れて持ってきて」
「さぁあ」
俺は手で老人の額を抑えて顔を押した。すると老人の顔は上を向く。頭陀袋には老人の苦悶の表情が浮かび上がる。これで顔に濡れた布が張り付いたねぇ、息が出来ないねぇ、声が出せないねぇ。
んでこのタイミングでマリアが水桶持ってきた。なんか声が裏返ってたけど大丈夫か。
あはー、良い笑顔っすね。じゃ俺が額押し込んで老人の顔を上に向かせとくから、水かけちゃおっか。
―――無理やりだわぁ すっごぉい カモッカモンッ
なんかノリス分隊が色っぽい声出してるけどしらねぇや。
そうだ、マリア!もっと水掛けろ、口だ口!そうそう。
老人の顔は上を向いたままだ。そして水が掛かってビシャビシャな頭陀袋が顔から取れることない。
ひゃーここは地獄だぜぇ!どうだ、生き地獄は地獄行きの下調べに丁度良いだろう?聖職者様よぉ。とまぁ、一通りこなしたとこで説明に戻りたい。こんなもんでしょ。
飽きてきた俺は老人の顔から手を放して、動いても喋ってもまたやると言って前を向かせた。
「こんな感じで、布袋で頭を包んで、手から縄で吊るしてやれば楽に尋問出来ます。拳や足を痛めて暴行しなくて良いってことです」
分かってたけどシエラとノリスはドン引きしてますねぇ。
水と暴言だけなら死なないからな、文句はラングレーにどうぞ。これがサムおじさん流です。
「布袋をさらに重ねて被せれば水責めはもっと効果が出るだろうな。そして周りが見えないことで居場所や時間が分かりづらくなる効果もある。あと気絶したら水で起こせる」
ノリス軍曹が総括しながら顔は不服そうにした。利点を並べてるのに表情が渋いなぁ。
まぁシエラとノリスは必要かどうかで判断してるから、過剰に見えるこれは気分が乗らないよね。
ただ周りを見よう、とくにマリアが満開の笑みだ。それとオーディエンスに来ているノリス分隊もヤバい。アザラシみたいに寝転がって喜んでたからな。外から塹壕の尋問見ながら手をバンバン叩いてるのはヤバい。妙齢の女性が被虐に興奮してるのは怖いわ。
ちなみに観客のノリス分隊が女性ばかりなのは、元々マリアの分隊で女性オンリーのチームだったから。でそれぞれ俺の心の中のあだ名は、人妻、お姉様、アネゴ。
なんでJKみたいなマリアが分隊長だったんだろうな。そんなんどうでも良いか。早く出たいわ。
「ノリスさん。俺たちの存在がどういう風に伝わっているかとか、カルマン王国の森に近い町から奴隷狩りに来るのはどれくらいいるとか、色々聞けることは聞いといてください」
ああ、たったそれだけしか返事はない。ノリスも気づいたんだろう、雰囲気がヤバい。
俺は逃げるように塹壕から這い上がって出た。シエラも出てきた。
「マリアは?」
「分かってるでしょ...」
酸っぱそうに口を尖らせてる。そうか、まぁそうだな。
旧マリア分隊で楽しくやってくれ。ノリスが情報纏めてくれれば、俺は文句ない。それに殺さないための尋問法だ。頑張ってくれ、誰がとは言わんけど。
―――ほぉらお飲みになってぇ 上を向くのぉほらほらぁ へばァッてんじゃないよォ
なんかジョロウグモの巣が出来ちゃったな。
でも大丈夫だ、蝶は不死の象徴だろ?蜘蛛の巣の上でも生まれ変われるさ。