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エルフというのは気性が穏やからしい。
俺はすぐに出撃と決めたが、カルロ分隊のエルフ達はへそを曲げた。飯が食いたいと言われた。飯の為にカルマン人ウォッチングを切り上げてきたのかと俺は拍子抜けだった。
まぁ彼らは日が出てから少し経って朝食を取って偵察だ。森を5時間くらい歩いてた訳だから文句を言う気はならなかったが。
結局、香草風味の焼いた鹿肉と野菜の塩漬けを入れたコンソメ風スープ、パンを食いながら小休憩を取った。報告に来ていたカルロ以外の分隊員3名は飯を準備していたコルディ組と一緒にいたからな、よっぽど腹減ったんだろう。彼らはむしゃむしゃ食った。リラックス出来てて良いと思う。
食事中に俺はエルフたちに時間をどうしてるのか聞いてみたが、返ってくるのは太陽が教えてくれるだの森が教えてくれるだのばかり。そうね、太陽の傾きで把握するのね、自然主義者の彼ららしいやり方は俺には無理だと思ってあきらめることにしたよ。
そんなこんなでエルフにとっての太陽が示す、真昼に俺たちは出発した。多分12時くらい。
俺とシエラは銃と弾の入ったポーチを背負ってカールツァイスの双眼鏡を首にかける。マリアはレミントンとM79に、ボタンで開閉口を閉じる麻のリュックを背負う。カルロ分隊も似たような感じだ。麻の服に麻のリュック、麻のライフルスリング。
なんか全体的にベージュだ。服とかって染めないんだろうか、まぁどうでも良いな。手荷物が無くて動きやすいことを喜ぼう。
先導するカルロ分隊は手をくるくる回したりぐっと伸ばしたりや、腿上げしたり歩幅大きくしたり準備体操みたいなことを時折する。なんか部活のウォーミングアップみたいだ。この分隊面白いわ、心の中で運動部とこれから呼ぼう。
そしてグワンタナモ砦からこっちはまた植生が違う。
基本的にサウスエルフ側の森は広葉樹が生えていて、里の近くは桃とか林檎とか葡萄みたいな木が多い。でもこの辺りは違う、針葉樹が多い。
樹木が横では無く縦に伸びているおかげで見通しも良い。それに間引かれてるな、林道とまでは行かないがそれでも等間隔に生えているのが多い。多分他所から持ってきた種類の木じゃないかと思う。
「もう見えるっすよー」
1時間くらい歩いたかな。気持ち煩い動きに相反して静かに喋らず歩いていたカルロが足を止めて俺たちに振り返った。
カルロも目が良いのかね?エルフの動きにはついていけないからちょっと合してくれ、すまん。
「もう見えてるか?距離はどうだ」
「あそこっす。600ヨルドはあるっすね」
駆け寄った俺に指を差して教えてくれた。そう600mあるの?ふーん。
見えねぇって。あんまし俺は視力が良くないのよ、悪くもないけど。1.0じゃエルフにはついていけないわ。
「歩哨が二人いるわね」
シエラもはっきり見えてるのか、そうか。まぁ彼らと勝負しちゃいけんのよ、双眼鏡を素直に使おう。
8倍率のカールツァイスを覗いてみる。600mくらいなら70mくらいになるのかな、70でも遠いわ...
人影と煙が見えた。でもそれだけ、何も分からん。
その両隣にはサイズ違いの岩が鎮座しているのは分かる。左は大きくて苔むしていている。右は人影と同じくらいの大きさ。
なんか入口みたいな感じだな。左は人影の倍くらいの高さ、右は人影と同じくらいの高さでそれぞれ壁っぽくなっている。
「食事中ね。大岩の向こうにベースキャンプがあったの?ここじゃ見えないわね」
食事中ってよく見えるよな、呆れるわ。で煙は食事の為に焚いたせいな訳だ。
ただここまでだな。俺にも見えるもんはもうないだろ、双眼鏡はもういいや。
「そうっす、向こうがキャンプっす。ここから左に寄りつつ進むと小さく丘になってるところがあるんで、そっから確認取れたっす。壁っぽいのがあるのはここだけっす」
ニコッと教えてくれるカルロ。
良い場所見つけてあるならもうそこからで良いんじゃねぇかな?
「そこはどうなってるんだ?」
「キャンプから見て丘は北東から登れるっすけど、そこからキャンプ側は崖になってるっす。降りれるっすけど、遮蔽がなんもなくてだだっ広いんでバレそうっす」
痛し痒しやな。高所から撃てるのは良いけど突入出来ないのね。
だが7人で40人だか相手するんだから突入なんてしない。しないけど追い散らした後はキャンプ入りたいんだよなぁ...
「距離は?」
「250ヨルドっす」
即答かい。君ら距離計要らんのな...
だいたい250mか、これまた微妙な距離でございますね。当たるけど当たらないって感じかね。
「レミントンには近いくらいだと思うけど、グレネーダーって届きそうか?」
「届くっすね。でも...当たるかどうかは微妙っす」
ですよねぇ。M79はちょっと厳しいよね。分隊火力が上がったのにもったいないけど我慢やな、しょうがない。
俺の隣ではそんな野暮な考えを笑うかのようにシエラの口を動き出した。
「風は味方よ、カルロ。それに当てなくて良いじゃない。奴らの後ろに撃てば良いのよ、大雑把にね」
すんごい色気たっぷりにシエラ先生が狩りを指南してらっしゃる。
後ろってあれか、逃げ出そうとした奴の逃げ道に撃つってことか?
おっかねぇよ。何考えてんだ。
「私もそれで行きますか?さー」
ふんわりボブのマリアも乗り気だよ。ふんすふんすしてるわ。
「じゃあこうしよう。カルロ分隊は北東の丘で援護だ、機関銃も迫撃砲もないからベースキャンプに近寄らないでのんびり狩猟しててくれ。グレネーダーはカルロの判断に任せる」
普段彼らは500mくらいで狩猟してんだ。半分の距離なんて当たって当たり前、頼れる援護になる。それにレミントンの弾はFMJだ。金属鎧も抜けるはずだ。数mmの金属なんか恐くねぇわ。
「俺の分隊はキャンプの北西から行こう。シエラとマリアのライフルでカルマン人を減らしたら、ウィンチェスターを持った俺を先頭にして戦果を確認する。マリアのグレネーダーは奥の手だ、俺の指示で撃て。質問はあるか?」
前より楽だ。サコーとウィンチェスターでやった時に比べりゃ雲泥の差だな。ライフル持った擲弾兵がM79で支援してくれるし、別のフォーマンセルの支援もある。
ちょっと人数が増えたくらいじゃどうにもなんねぇぞ。待ってろカルマン人。
「最後まで合流しないんすか?」
どうっすかなぁ...
あんましイキってもあれか。帰り道も考えると合流した方が良いよな。
「俺の分隊がベースキャンプに入ったのが確認出来たら、丘から下りてくれ。そのタイミングで合流しよう」
うっすと気の抜けたカルロ青年。
援護期待してるからな。ドンパチ始まったらシャキッと行こうぜ
俺は皆の顔を見る。
シエラは頷いてくれた。マリアはぴょんぴょんしてるしカルロは片目でウインクしてきたわ。皆自信満々やんな。
「それと最後、大事なことを決めておこう。シエラがサコーで射ったら自由戦闘だ。さぁ狩りを始めよう」
俺が手を叩くとカルロ分隊がすたこらサッサと動き出す。
なんかすげぇシュババって感じや。あれだな、気が抜けてるのは態度だけだ。
「俺たちは右に行こう。シエラ、先頭に立ってくれ。シエラの眼が頼りだ」
「ふん、任せなさい」
頼れるポイントマンは顎をしゃくって前に出た。
良い女だな。後ろ姿もウェーブの掛かった金髪が揺れて綺麗だ。
雑木林をゆったり進む俺たち。シエラを先頭にすぐ後ろに俺とマリアが続いて歩く。
この辺は平坦だな。歩きやすいし腐葉土に交じる小石も少ない。人の手が入ってる。人為的な林だな。
時折右に進路を変えながら進むシエラ。警戒しているんだろう。
カルロが言うには600ヨルドでそこから距離を詰めていくとなると時間は掛からない。400mちょい歩けば交戦距離だ。駅から5分を謳う住宅より近いわこんなん。
雑木林に切り株が混じり、切り株の方が多くなったところでシエラが止まった。
奴らのベースキャンプが俺にもそこそこ見える。そろそろやんな。
「この辺りでどうかしら」
シエラは背負い紐を首から外してサコーを両手でもつ。
ちょっと待ってくれ。双眼鏡で確認するから。
俺が岩だと思ってた片方は岩じゃないのが見える。どうも集められた石が重なっていたのを誤認したみたいだ。ダメだ、これからは全部エルフに確認しなきゃいけない。俺の目は信用できないわ。
でその信用できない目で色々観察することにする。
集められた石たちの右には2つの組み上げ式の井戸がある広場が見え、そのさらに向こうは不揃いな小さな畑がいくつかある。カルロが崖から下りたら見つかるって言ったのはこれのせいか。結構見通しが良いもんだな。前回はもっと自然が邪魔で見えなかったからな。
でさらに右には木造家屋が2軒ある。角度的に見えないところにもう1件あるかも知れない。
これさー、ベースキャンプってより宿泊できる山小屋って感じじゃねぇか?
カルマン人が森に浸透してるのを実感するわ。1匹いたら100匹いるかも知れねぇ。施設に対して人が多すぎる光景が猶更そう思わせる。
で連中の動きは色々バラけてる。剣を砥石で研いでいたり、矢を自作してるのか細長い木を削っていたりと幅がある。他にも水を組み上げて何かを洗っていたり畑に何か撒いていたりと生活感全開だわ。さらに布張りの背の低いテントもちょろちょろあって出入りしたりとキャンプの中では連中は活発に動いてる。
そう、外に出ていくやつはいない。なんでなんだ?その原因くさい報告にあった白ローブの集会は見つからないしでよく分からん。
その代わりに数人のチームを作って動いているようなのがいくつかあった。そして武装している。この冒険者パーティみたいなのは出かけられる前に仕留めたいな。
「色々見えるけど、皆はどう?」
「いつでもいけるわよ?」
サコーの機関部にポチポチと.300WinMagを込めるシエラさん。
気が早いわ。何も決まってないからな。
「マリアは?」
「準備します。さー」
片膝ついて麻のリュックを置き、少し大きい木箱を取り出すマリア。装飾の入った木箱の紐を解いて開ける。箱の中には布袋があって小銃弾がそこに入っているみたいだ。
30-06ってそうやって持ち運んでんのか。大き目な寄木細工みたいな箱がお洒落でいいねぇ。
「優先順位を決めよう。全部殺すのは無理があるだろうから案がある人は言って」
正直分からん。俺達からしたら剣士が一番嫌だ。いるか分からないけど騎兵なんて一番最悪だ。でも奴らのほほんとしてんだよなぁ...どうすりゃいいんだこれ。
「奴らの家屋を吹き飛ばすのはどう?あのどれかに武具を集めていると思うし、襲われたと分かればそれなりの数が群がるでしょ。でも建物が優先ってのもおかしいかしらね」
そんなことないわ。凄まじく合理的だよ。
ただ40㎜グレネードで効果的に吹っ飛ぶか怪しいから、群がった奴らを吹っ飛ばすか。射線が通ればだけど。
「それで行こう。マリア、グレネーダーはいつでも撃てるようにしておいてね。グレネードは剣士に寄られた時と、建物に人が群がった時に使って」
エルフってグレネードはどれぐらいの距離で当てるかね?スペック的には200mくらいまで届くけど、いいとこ散弾銃と同じくらいだと思うんだけどな。こっちもヤバいのか分からん。
「殺れます。さー」
マリアはレミントンのリロードを終えたのか、布に包まれた40㎜グレネードを4つ地面に並べだす。
えっ!こっから当てる気なの?ここでお店広げてどうすんのよ。
「シエラ、ここからキャンプまでの距離は」
「200ヨルド切ってるわよ」
200m弱ね、はいはい当たる当たる...うん任せた!
俺も散弾銃準備するか。でもこっちはチャンバーに入ってないだけでマガジンチューブに7発入ってるし、ポーチに12発入ってるんだ。つまりグリップをスライドさせるだけ。
いつも俺だけやることないよな。
「カルロ達は退却しやすいけど、こっちは平坦で食いつかれたら面倒だ。剣士でも弓でも戦闘員を優先して射って。シエラ、始めて」
シエラが片膝立ててペチャっと座りながら切り株にサコーを預けて構える。左手はハンドガードではなくストックに当て、スコープを覗きこむ。右人差し指をトリガーガードを使って伸ばした。
そして俺はカールツァイスを再び覗き込んだ。
連中は変わらない。馬鹿みたいに無警戒だ。こっちが馬鹿みたいに思えてくる。
家屋から白ローブが出てくるのが見える。説法でもするのか?
―――ダァアン
開けた土地のキャンプに銃声が響き渡る。瞬間、白ローブの男から頭から血しぶきが弾けるように湧く。
「あなたの嫌いな宗教者が片付いたわよ?」
ボルトが動く音、空薬莢が抜ける音ともに艶のある声が俺の耳に届く。
知ってるか?日本じゃクソは根切りって決まってんだよ。一向宗でも本願寺派でもなんでも良いが同じ目に合わせてやるからな。
大きい銃声、頭が派手な死体に様々なリアクションを見せるカルマン人。畑で作物に向かって転ぶ奴。剣を抜いて俺たちがいる方角を見る奴。水の張った桶を落とす奴。白ローブの死体に駆け寄る奴。家屋の影に身を寄せる奴。首をブンブン降って近く奴とぶつかる奴。
選り取り見取りだな。
そんな中でカルロ分隊が選んだ最初の獲物は4人組の戦闘員だった。キャンプ北側の入り口近くに立っていた金属鎧の剣士3人に革装備の弓兵1人で武装済みカルマン人だ。奴らは白ローブと同じように頭に真っ赤な花を咲かせて倒れこんだ。
これが俺たちがたった7人で40人に襲い掛かった瞬間だ。そしてまだまだ終わらない。奴らの最後の一人を狩るまではな。