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父、登場

 会場は熱気であふれていた。

 私と千代は、アニメショップの一角にある会場でパイプ椅子に座ってイベントの時間を待っていた。

 周りにも歳はバラバラだけどなんだか似たような雰囲気の人たちが、同じように座って待っている。

 この人たち、全員父のファンらしい。この空気の中にいると、さすがに父の人気を再確認してしまう。

 そして、私のすぐ横にも、


「ああああああああああ、緊張してきた。緊張してきた-」


 がくがくと震えている千代がいる。

 ここに来る前もほとんど前が見ていない様子だった。赤信号で渡ろうとしたり、歩道に止めてある自転車にぶつかりそうになったり、前から歩いてくるちょっと怖そうなお兄さんに突進しそうになったり、色々大変だった。前が見えていないってああいうことかと文字通り思った。

 正直、一人で行かせていたら無事にここまで来れたかどうかも怪しい。その点については本当に付いてきてよかった。大事な友達が事故にでも遭っていたらと思うと心臓が縮む。

 いや、これからのことを考えても心臓が縮みそうではあるんだけど。


「いよいよ藤沢さんが目の前に……。はああああ、おふう」


 千代は必死で呼吸を整えているらしい。


「えーと、手のひらに人の字を書いて飲み込んで……。ぐっ、空気が喉に詰まっ。ぐはっ」

「ちーちゃーん。落ち着いて~、落ち着いて~」


 なんだかもう訳の分からないことになっている千代の背中をさする。


「はあはあ……、ありがとう」


 今日一日運動会にでも参加してきたのかとでも思うくらいぼろぼろになっている千代がぐっと親指を立てる。


「本当に大好きなんだね」


 千代の姿を見てしみじみと言ってしまう。


「それはもちろん! 藤沢さんは私にとって、もはや神! ゴッド! だからねっ!」


 言い切った。

 いや、だから、それはうちの父で……。とか、もはや言い出せるような状況じゃない。

 そこまで褒められるとなんだかむずむずする。なんというか、これ、もう褒めているとか通り越して信仰されてる気がする。

 私はちょっと周りを見回してみる。

 なんだかみんなそわそわしてる。緊張しているというか。それと同時に、すごく嬉しそうでわくわくしている感じ。

 そして、この熱気。

 みんな父のことが大好きなんだなって伝わってくる。

 テンパってるのは千代だけじゃない。ここにいる人たち、みんなそうだ。

 すごいな、私の父。

 なんて、恥ずかしいを通り越してちょっぴりだけど感心してしまったり。


「それにしても……」


 千代がじっと私のことを見る。


「今になって気付いたんだが、天音っちのその格好は一体……」

「あー」


 千代が何も言わないので、もうこのまま帰るまでスルーされるかと思って安心しかけていた。本当に今の今まで見えてなかったのかもしれないけど。


「お、おかしいかな」

「いつも遊びに行くとき、そんな格好じゃないよね」

「あー、うん。今日ちょっと肌寒いかなーとか思って」


 あははーとごまかしてみるが、絶対わざとらしいに決まっていると自分でもわかっている。

 目深にかぶった帽子に、身体のラインが出ないだぶっとした服。更にマスクと、残念ながら目元はサングラスではなくいつものメガネだが、これはなんとか帽子でカバーしたい。

 正直パッと見、不審者に見えることは覚悟していた。

 それもこれも父対策の為だ。

 普段の格好で父になんか見られたら、すぐに私だとわかるに決まっている。うちの父がいつも見ている自分の娘を見間違えるはずながない。

 対して、千代はいつもより頑張っているのがわかる格好だった。きっと気合いを入れてきたに違いない。


「いやいや、天音っち。せっかく藤沢さんに会うのにそりゃ無いでしょう。私より可愛いのに、もったいない! もったいないよ!」


 私にツッコミを入れたことで、ちょっぴり緊張がほぐれたのか千代は力説する。

 けど、


「もったいなくないよ。私は別に可愛く見えなくてもいいんだから。せっかく、ちーちゃんが可愛い格好してきたんだからさ。今日の私はちーちゃんの引き立て役くらいでちょうどいいんだよ」

「はうあっ!」


 千代がのけぞる。


「ええと、か、可愛いかな、私。一応、その、私なりにおめかしはしてきたというか。うん。藤沢さんとお会いするのに恥ずかしくない格好をとは思ったんだけど」


 いつもはファッションに無頓着な千代が顔を真っ赤にしてそんなことを言う。

 愛の力ってすごい。それが父に向けられたものでなければ、もっと素直に応援出来るのに!


「今日のちーちゃん、すごく可愛いよ! 自信持っていいと思う」


 けれど、友人としては本心からそう言いたくなる。というか、言った。


「……ありがとう」


 千代の顔は完全に恋する乙女のものだ。

 うんうんと頷きつつ、私は少々遠い目にならざるを得ない。

 そんなこんなで、二人で話していたら時間になったらしい。司会のお姉さんらしき人の紹介の後、見慣れた姿が現れた。


「どうも~、藤沢和孝です~」


 うん。聞き慣れたいつもの声。だけど、ちょっと作ったような声。

 目深に被った帽子の下から父の姿をチラ見する。あんまり顔を上げると絶対気付かれる。

 父の服は一応私服だけど、この前からイベントに着ていく服はどれにしようか母と一緒にいちゃこらして選んでいたのを私は知っている。ファンの前に出るとき用の普段着よりはちょっといい服だ。

 ファンの皆さんごめんなさい。いつもはもっと普通のおじさんですよ。

 そんな私の心の中のツッコミなんか吹き飛ばすように、周りからは父が姿を見せた途端、爆発したみたいに黄色い歓声が上がった。もちろん、私の真横からも。

 こんな人たちに紛れていたら、さすがの父でも私のことになんか気付かないかもしれない。

 と、ちょっぴり安心しかけたときだった。父の方を、目線を合わせないように慎重にうかがっていたのに、


「!?」


 一瞬、父と目が合った気がして私は慌てて目を逸らした。

 気付かれた!?


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