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うちの父の声は聞くだけで人を幸せにするんです

 一瞬、部屋の中が静かになった。

 時間が止まったみたいだった。

 やっぱり私には無理だって、みんな思ったのかな。

 それでも、私は。


「何ぃいいいいい!」

「えぇえええええ!」

「……!」


 時間差で来た。


「天音、声優には興味ないって言ってなかったか!? 前に聞いたとき言ってたよな!?」

「そうそうそう! 天音っち、嫌だって言ってなかった!?」


 父と千代がぐいぐい迫ってくる。


「うん。前はね」


 前は確かにそうだった。

 声優なんて全然興味なかった。

 むしろ、私になんか出来ないって思ってた。目立つのだって嫌いだし。

 Vtuberをやる前は。

 今は違う。

 確かに前の私だったら、苦手だって、嫌だって思っていた。人前に出るようなことをするなんて。だけど、それよりもやってみたいと思う気持ちが大きくなった。


「どうして急に……」

「Vtuberやってみてね。色々わかったんだ」


 おろおろする父に私は答える。


「私ね、演技するのが嫌いじゃないみたい。自分じゃない人になれたりするのが楽しかった。次はどうやって話そうって思うのが楽しかった。それに、私の声を聞いて誰かが喜んでくれるのが嬉しかった。いい声だって言ってくれる人もいて嬉しかった。本当に、私なんてまだまだなのに。でもね、今まで私には何も取り柄なんて無いと思ってた。そんな私でも人に喜んでもらえることがあるんだって、誇れることがあるんだって嬉しくなったんだ」

「……天音」

「だからかな、他にも色々な声にもチャレンジしてみたいなって思って。私に出来ること、してみたいって。Vtuberもね、三人でわいわい出来て楽しかったんだけど。私がやってみたいと思えることを考えたら、Vtuberじゃなくて声優なんじゃないかなって、そう思って」

「け、けど。声優なんていいもんじゃないぞ? いいことなんか本当に一部でしかなくて、生活の保障もないし、上手くいくかどうかもわからない。声優として成功できる人間なんて一握りもいないんだ。見た目は華やかに見えるかもしれないが……」

「わかってる」


 私は父に向かって微笑んでみせる。


「それでも、私はお父さんを見て育ってきたから。……ううん。私、今まではよくわかってなかった。お父さんがどれだけすごいかってこと。だけど、自分で少しでもやってみて思ったんだ。お父さんが今、こうして人気声優でいられることってすごいことなんだなって。いつも演技の為の努力をして、ファンの人たちも大事にして。それでいて、いつも楽しそうに仕事してて。改めて見て気付いたんだよ。私のお父さん、すごいんだって」

「あ、天音……」

「え、お父さん。泣いてる?」

「な、泣いてない! 泣いてなんかいないぞ!」


 と、言いながら父は目の端を拭っている。


「だ、だが、それはそれとして、俺は大事な娘にそんな苦労はさせたくないんだ」

「自分はいいのに?」

「そ、それは……」

「さっきの言葉、訂正する。私、演技するのが嫌いじゃない、じゃなくて、好き。お父さんも、そうなんだよね」


 お父さんは黙ってしまった。

 それから、答えた。


「……ああ」

「だからね。私、お父さんみたいな声優になりたい。反対されても諦めたくない。諦めるなんてしたくない」

「そう、か。自分で決めたんだな」

「うん」


 私は頷く。力強く。


「最近の天音は楽しそうだったもんな。こうして家に友達が来るようになって、前よりも生き生きして、すごくいいことだとは思ってたんだ。それが、まさかこんなことになっているとは思わなかったんだが」


 父が困ったように笑う。


「もちろん、まだ全面的に賛成は出来ない。声優になるのがどれだけ大変なのか、もしなれたとしても生き残っていくのがどれだけ大変なのか、天音よりよく知っているからね。それに、これから他にもやりたいことが見つかって気持ちが変わることもあるかもしれない。だけど、それでもやってみたいと思ったら……。気の済むまでやってみなさい。天音の人生だものな。洋子さんにも相談しないといけないが」

「……っ! お父さん!」


 私は思わず父に飛びついた。子どもの頃、嬉しいことがあるとよくしていたように。

 中学校に上がったくらいからそんなことしてなかったんだけど。


「あ、天音っ」


 驚いたような父の声で、ハッと我に返る。

 ちらりと視線を移す。

 千代と三島君がじっとこっちを見てる。

 は、ははははははは、恥ずかしい!

 思いっ切りファザコンだと思われた!?

 というか、今のやりとり聞かれてたのって恥ずかしかった!?

 真剣になりすぎてて気にするの忘れてた!

 私は慌てて父から離れる。父が残念そうな顔をしている。


「うう、天音っち。よかった。よかったよぅ……」


 千代はもらい泣きしていて。


「……」


 三島君は何故か父を凝視してる。父がなんて言うか、そんなに気にしていてくれたんだろうか。


「いやあ、それにしてもびっくりしたなあ。急に天音が声優になりたいなんて」


 父がさっきまでの真剣な声とは打って変わって明るい声を出す。父が昔やっていた少年キャラみたいな声だ。


「思わず若かった頃を思い出しちまった。そうだな。俺も、天音に負けないように頑張るか。ずっと背中を追いかけてもらえるような父でいたいもんな」


 あっはっはと、父が笑う。


「あ、う。今の声、シェニっぽい。ああああああ、本当に本物だぁあああああ」


 それに反応した千代がありがたがって父を拝み出す。


「あ、やっぱりそう思った? 思った? 今の話を聞いていたら心が若返っちまって。つい、な」


 なんて今度はシェニそのもののおどけた声で父が言って、笑いが起きる。千代が嬉しそうに笑ってる。三島君も、私も。

 やっぱり、うちの父はすごい。本当にすごい。

 声一つで人を幸せに出来る。

 私もいつかはそうなれるだろうか。

 ううん、違う。なるんだ。


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