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それうちの父、とか言えない

「ちょ、これ聴いてみて! めちゃくちゃかっこいい。死ぬ! 聴くだけで耳が妊娠する!! ヤバい!」

「ほんと、好きだねー」

「いやいやいや、だって本当にヤバいんだって。溶けるって、この声」


 はあーん、と片耳にイヤホンをしてスマホからキャラソンを流しながらとろけているのは、この春高校に入学してから仲良くなった吉田(よしだ)千代(ちよ)だ。とろけているのは春の陽気のせいじゃない。イヤホンから流れる声のせいだ。

 私はというと、もう片方のイヤホンを強制的に貸されてキャラソンを聴かされている。聞こえてくるのは聞き慣れた声だ。


「良すぎるでしょ。藤沢(ふじさわ)和孝(かずたか)! ああー! ヤバい! ヤバい! ヤバみがすごい!」


 画面をのぞき込むと、他の視聴者も同じような状態になっているらしく、動画が見られないくらいの弾幕が発生している。


「うああああああ!」

「ちょ、ちーちゃん! ここ、教室、教室! そんな大声で叫ばない!」


 と、言ってみるものの千代が叫んでいるのはいつものことなので、というか他の子達も昼休憩で結構ざわめいたりしているのでそこまで目立っているわけでは無い。

 しかし、本当に千代は声優の藤沢和孝が大好きだ。もはや毎日といいほどキャラソンを聴いて身悶えている。そのうち本気で教室の床で床ローリングでもしないか不安になるくらいだ。

 なんだかんだと毎日こうしてオススメされて一緒に聞かされている。

 千代が幸せならそれはそれでいいのだが……。


「むー。これくらいにしといてやるか。後でまた聴こうっと。天音(あまね)っちは興味ないよね、藤沢さん。めちゃくちゃいいのにさ」

「う、うん。まあ、声の好みは人それぞれだし」

「まあ、そっか。私だって他の声優さんにあんまり興味ないもんね」

「それにしても、ちーちゃん結構渋いよね。もっと若い声優さんもいっぱいいるのに」

「えー! だって藤沢さん、最高じゃん! ベテランの凄みってのもあるでしょ! それに、私どっちかと言えばおじさんの方が好みだし。でも、その歳だからしょうがないんだけど結婚もしてるんだよね。う-」

「そりゃ、もうおじさんって歳ならそうでしょうよ」

「それに、娘もいるらしいよ。多分私たちと同じくらいの年齢なんじゃないかなぁ。いいなあいいなあ。はー、お父さんがあんなに声がいいなんて最高じゃない? 毎日家であんな声で喋られたら冷静でいられる気がしない。窓突き破って宇宙まで吹っ飛ぶわ」


 千代はうっとりと目を潤ませている。

 私だって、わからないではない。

 好きなアニメを見ていると同じような状況にはなるし、千代とは話が合うからこそこうして一緒にいるのだ。

 ただ、問題なのは千代の好きな声優が藤沢和孝だということだ。


「うちのお父さんなんて家にいたらごろごろしてるだけだし、臭いし。もう最低だよ-」


 千代が、はぁとため息を吐く。


「うちも一緒だって、それは」

「だよねえ。でも、きっと藤沢さんは違うんだろうな-。声がいいし、きっといい匂いがするに違いない……。あー、最高。てかさ、昔の動画とかも漁っちゃってるけどマジ最高だから。昨日も動画見ててさー。最近は悪役とかもやってるのがまたいいんだよね。昔は結構穏やか系というか紳士系というか、そんな感じの役が多かったみたいだけど。どっちも素敵すぎて……。はー、もう本当に好き!!」


 千代が再び叫ぶ。


「天音っちは、本当に藤沢さんに興味無いよねえ。最高なのに!」

「やー、でも他の人もいいよ。新居さんとかさ」


 そろそろ他の人の話にも持っていこうと自分の好きな声優を上げてみたりなんかしてみる。このままでは休み時間が千代の演説で終わる。

 好きなことの話になると止まらないのがオタクってものだ。

 案の定、千代は目を輝かせて食いつきてきた。他の声優に興味は無いと言っても、知らないわけじゃない。


「あー、なるほどなるほど。あの受け受けしい声のね。天音っちはそっち系が好きなのかー」

「そうそう、男性なのにどうしてあんなに可憐なんだろうとか思っちゃうんだよね」

「わかる! あの声は可憐! 天音っちもなかなかにいい趣味してますな。うんうん」


 千代がこくこくと頷いている。

 そんな千代を見ながらも私は、まだ内心ひやひやしている。



* * *



「ただいまー」


 高校から帰って、家のドアを開ける。表札には藤沢の文字。


「おかえりー」


 リビングから聞こえてくるのは、聞き慣れた父の声だ。ちらりと横目を向けるとパジャマ姿のままでソファに寝っ転がってテレビを見ていた。

 千代が言っていたとおりのごろごろしている父の姿だ。今日は休日らしい。


「高校はどうなんだ? 友達出来たか?」

「うん、まあ」

「そうかそうかー。それなら安心だな。うんうん」


 父の声を背中に聞いて、私はすたすたと二階の自分の部屋に向かおうとする。が、


「天音~。もう少し話してくれてもいいんじゃないか?」

「宿題あるから」


 無視。ちゃんと必要なことは答えてはいるんだから、反抗期って訳ではない。


「うう。昔はお父さんお父さんってついて回ってたのに。……お父さん、さみしい」


 しょぼんとした父の声が聞こえてくるが、無視。

 大体、高校生にもなって父について回っている娘がいたらそれはそれでファザコンとして問題な気がする。

 別にお父さんが嫌いという訳では無いけれど、最近ちょっと直視出来ない。

 それもこれも、


「何か学校で嫌なことあったならお父さんに言うんだぞ」


 私の学校でのことなんか心配しているその穏やかな声は、千代なら窓突き破って宇宙まで吹っ飛ぶというその声、なのである。

 千代にいくらいい声と言われても全くピンとこないのも仕方ない。

 だって、身内なんだから!

 きっと紹介なんかしたら千代が喜ぶことも目に見えている。本当に吹っ飛んでしまうかもしれない。なんなら爆発しそうだ。

 だけど、だけど、それはわかるけど……。

 恥ずかしすぎて絶対バレたくない!!

 さすがに名字が同じってだけで親子だとは思われていないのが救いだ。

 てか、熱烈なファンにただのオッサンしてるこんな姿、見せられないよ!


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