実感
ぷしゅり、とプルトップの隙間から気体の漏れる音。先輩は、缶を一気に傾けてビールをあおった。
「ぷはぁ〜、この一杯のために生きてる!」
先輩はドンッと机の上に手をつくと、幸せそうなため息をついた。
「…晩酌なら、自分の家でやってくれませんかね…?」
相変わらず他人の家に上がり込んでは、こうやってくつろいでいく。毎回文句を言ってるのだが、まるで聞いている様子がない。
「お、今日の豚キムチも美味しいねぇ。」
「料理褒めたくらいで誤魔化せると思ってるんですか…。」
ビール片手に、実に嬉しそうにご飯を食べている。今日も長く居座りそうだな…。
「先輩、こう見えても僕忙しいんです。課題とか。」
「へぇー、二年生は大変だね。」
「なので、今日は早めにお引き取り願えますか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。後輩くんの邪魔になるようなことはしないから。」
「いやそうじゃなくて。
「ん?」
箸を咥えたままこちらを向く先輩。ご丁寧にマイ箸を持ってきているのかこの人は、と今更気がついた。
「この状況が既に僕の邪魔になっているの理解してます?」
「そうは言ってもなぁ…。」
むむ、と唸る先輩。
「私にとってもこの生を実感するひとときは大事だし…。」
「他人の家で生を感じるなよ…。」
「いやいや重要でしょ、生きてるって感じることは。それがどこだろうと関係ないよ。」
胸を張る先輩。いや、そんなところで謎の主張をされても…。
「じゃあ後輩くんにはないのかい?『生きてる』って実感するタイミングは。」
「ん〜、急に実感とか言われても…。」
「え、じゃあ何を楽しみに生きてるの?人生つまらなくない?」
本気で心配されてしまった。
「あ、そういえば。」
「お?」
「空になったシャンプーとか、詰め替え用の袋からボトルに注いでる時に『ああ、生きてるなぁ』って思いますね。」
「うわぁ…。」
「ちゃんとボトル一本分、生きたんだなぁ…って聞いてます?」
先輩を見ると、ものすごい顔でドン引きしていた。
「それは流石の私でも嫌悪感を抱かざるを得ないよ後輩くん。」
「そっちから聞いといて何を…。」
「それあれだろ、ボトルにゆっくりと流れ落ちていくシャンプーを見ながら『ああ、このシャンプーに変えてからいろんなことがあったなぁ』って生活感に塗れながら醜い回想するやつだろ?うう、寒気がする。」
「いや、そこまでは言ってませんけど…。」
「後輩くん、もっと楽しく生きなきゃダメだよ!」
肩を掴んでガクガクと前後に揺さぶられる。
「私がもっと生きる楽しさを教えてあげるから。ほら飲んで!」
先輩の飲みかけのビールを無理やり入れられそうになる。
「だから僕は飲めないって、何度も言ってるでしょ!さっさと出てけ!」
今日もボロアパートに、声が響いた。