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(9)春一番が吹いたら

遅くなりました。

5時に(8)を投稿しています。

『“淑女のティアラ”から“聖なる瞳”が消えた時、最後にティアラを手にしていた者はたとえ何者であろうとも公開処刑に処すものとする』

(300年後の子孫たちよ、処刑方法はミランダに聞け)


 カリナの家の書庫に眠っていた300年前の製作日記の隅に書かれていました。


 これが元々の条文⎯⎯いえ、初代王妃が300年の時を超えて子孫に()てたメッセージです。


 ミランダとは広く“聖女ミランダ”として知られる女傑(じょけつ)

 歴史上最も有名な女性⎯⎯この国の初代王妃です。


 初代国王ロランとともに、(しいた)げられた人々を救うために戦い、彼らを導いて国を開き、未知の発明で様々な分野の発展を(うなが)し⎯⎯


 そして建国後、三年という短い年月を駆け抜けてこの世を去った、救世の聖女なのです。


 同時にあのティアラに関する非情な条文を定めた人物でもあります。


 それは歴史研究者たちを悩ませた歴史の謎、大いなる矛盾でした。


 カリナは、ターニャだけに、そのときの事情を教えてくれました。


「ミランダ⎯⎯ミラは聖女なんて呼ばれているけれど、それは後世(こうせい)(たてまつ)られた呼び名で、当時からそんな風に呼ばれていたわけじゃない⎯⎯」


 当時ミランダはこう呼ばれていました⎯⎯魔女ミランダ。


 そして、建国後たった三年で急逝してしまった理由は、魔女ならばすぐに思いつくことです。


「“命の花”……ね」


 ターニャは正解を口の中で小さくつぶやきました。


 “命の花”⎯⎯それは、魔女が生涯でただ一度、たった一輪だけ咲かすことができる、特別な花です。


 毎月、満月の次の夜明けに咲く“魔法の花”とは全く違うものです。


 “命の花”が散ったあとにできる“命の種”は“魔女の秘薬”とも呼ばれる特別な薬になるのです。


 それは、どんな怪我も病気もたちどころに治し、失った手足をも元に戻す薬。

 胸の鼓動を止めたばかりならば、その命を取り戻すことさえできるという奇跡の薬です。


 ただし、“命の花”は魔女の命と引き換えなのです。


 この花が咲いた時、魔女の命の残りを知らせる砂時計の砂が落ち始めます。

 この砂時計は本人以外、誰にも見えません。


 砂時計の大きさは魔女によってそれぞれです。

 一年で終わるもの。十年もつもの。時には一日しかもたないような小さなものだったこともあります。

 この大きさが何によって決まるのかはわかっていません。


 そして、“命の花”を咲かせるまでは、本人にもこの砂時計は見えないのです。



「ミランダが誰のために“命の花”を咲かせたかわかるかい?」


 カリナの問いに、ターニャはすぐに返しました。


「初代国王、かしら?」


「正解」


 カリナはとても懐かしそうに笑いました。


「新しい国の建国を宣言した年、初代国王、ロランは皆の盾になって死にかけた。

 その時ミラは迷わず“命の花”を咲かせたそうだよ」


 ミランダの砂時計が示した残りの時間は三年。

 ロランもミランダも、そして仲間たちもすべての事情を承知で、残る三年をともに精一杯生きたのです。


「私が初めてミラに会ったのは、ミラの砂時計の残りの時間が1ヶ月を切った頃だった。

 協力者になって欲しいと言って、訪ねて来たんだよ。

 魔法道具のティアラを持ってね」


 つまり“淑女のティアラ”の製作者はカリナではなく王妃ミランダ自身だったのです。


「この国を見守りたいのだと言っていたよ。

 ロランと自分が命がけで建国したのに、自分がその未来を見られないのは理不尽だ⎯⎯そう言ってね」


 そしてミランダは魔法でもう一人の自分を作ってしまったのです。

 この国の行く末を見守るために。


「でも、ミラはちょっと悪戯好きなところもあってね。

 この国を相手に賭けをしたんだよ。


 カリナなら300年ぐらいは大丈夫よね。

 その頃整備を入れましょうよ、と言ってね」


 ⎯⎯300年。私たちが作ったこの小さな国は300年後も続いているかしら?

 ⎯⎯その頃も人の命を大切にしているかしら?

 ⎯⎯人を差別するような国になってはいないかしら?

 ⎯⎯国王はちゃんと人の意見を聞いて、皆を導いているかしら?


 ⎯⎯もしも300年後、この国が私との賭けに勝って、悲劇を出さずに乗り越えたなら……。

 そうね、その時には祝福してあげても良いわ。この国のその先を。




 ◇◇◇◇◇




 城門前広場は大勢の人でにぎわっています。

 特に広場の中央に設置された処刑台の辺りは大変な騒ぎになっています。


 ええ、処刑台です。


 でも、今はそこで美女が次々に襲いかかる敵をバッタバッタとなぎ倒している真っ最中です。

 そのたびに人々の明るい歓声が上がり、まるでお祭りのようです。


 美女の名前はミランダ。

 初代王妃様と同じ名前ですね。


 背中を覆う真っ赤な髪はクルクルとカールして小さな顔の周りを炎のように縁取(ふちど)っています。

 右目の目尻の下の泣き黒子(なきぼくろ)がなんとも色っぽい美女ですね。


 そして彼女に襲いかかる敵とは歴史学者、歴史研究者という名のおじさんたちです。


『我こそが偽物の化けの皮をはいでやる』と、ミランダに300年前の歴史知識の勝負を仕掛けてはこてんぱんにやられているのです。


 負けているのに妙に嬉しそうなのはなぜなんでしょうね。


 このミランダは人間ではありません。

 なんでも、“淑女のティアラ”に取りついている幽霊(?)みたいなものなのだそうです。


 それも、なんと本当に初代王妃様の幽霊だと言うからびっくりです。


 今、処刑台の真ん中に立派な台座が置かれ、その周りには兵士が四人で、台座の上の“淑女のティアラ”を警備しています。


 初めて目にする豪華なティアラが平民の見物客の注目を集めているのです。


 でも、それ以上に目だっているのがティアラの上に浮かんでいる美女です。

 ええ、浮かんでいるのです。さすが、幽霊。


 なんでも、この幽霊王妃様は普段はティアラの中で眠っていて、300年に一度、ティアラを修理した時だけ出て来られるんだそうです。


 そして、そろそろ歴史学者たちも全滅のようです。



「さあ、みなさーん。お待たせいたしました。

 歴史のお勉強もそーろそーろ飽きてきたことでしょう?

 いよいよ皆様お待ちかねの、公開処刑のお時間ですよーお。

 さあ、犯人さんいらっしゃーい!」


 なんだかやけにノリノリの幽霊王妃様の呼びかけに、覚悟を決めたように舞台袖から上がって来たのはアンナではなく、エマよりも少し年上に見える、侍女服の少女でした。




 ◇◇◇◇◇




 ケイトはこんなにもたくさんの人の前に立つのは初めてです。


 体が震えて、足がすくんで、階段を踏み外して転げ落ちてしまいそうです。


 でも、見苦しい振る舞いはできません。

 なりたてでもお城の侍女、侍女長代理アンナの部下なのですから。


 ケイトは自分がこれからどんな目にあうのかまだ知りません。


 魔法を使えるというあの幽霊に燃やされてしまうのかもしれません。

 それとも、風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるのかもしれません。


 いずれにしろ、自分で良かった⎯⎯と、本当の犯人として名乗り出る機会をくれた目の前の幽霊に、ケイトは感謝していました。



 早朝、緊急で呼ばれて行った部屋に集まった顔ぶれを見て、ケイトは緊張しました。


 同僚の侍女たちの他に、尋問官や裁定長、アンナもいます。元気そうです。

 すぐ隣に寄り添っているのは、裁定の時にいた男の人でしょうか? 今日はモモンガもフクロウもいません。


 そして、部屋の中で一番目だつ、派手な美女は誰でしょうか?


 真っ赤な髪の美女は金色の瞳でぐるっと部屋の中を見回し、それから言いました。


「それで? “聖なる瞳”が消えた時、最後にティアラを持っていたのは誰?」


 名乗り出ようとするアンナを、美女は強い視線で止めると、もう一度言いました。


「誰?」


 ケイトは名乗り出るチャンスだと思いました。それになぜか、美女は本当のことを知っているような気がしたのです。


 静かに目を伏せている侍女たちの中で、ケイトが顔を上げて前を見据えると、それに気づいたアンナが、あわててケイトを止めようと首を振るのが見えました。


 ⎯⎯ごめんなさい、アンナ様。私の代わりにアンナ様が処刑されるなんて、やはり私には耐えられません。


 だから、ケイトは名乗り出たのです。


 “本当の犯人は私です”と⎯⎯。


 あの時の美女の顔が忘れられません。

 獲物を見つけた猫のような、とても嬉しそうでどこか残忍そうな表情、今にも舌なめずりしそうな様子でケイトに近づき、耳元でささやいたのです。


「正直なかわいい()で良かったわ。

 私がとっても美味しく料理してあ げ る」



 あの時の声を思い出すと、今でも背筋がゾッとします。


 処刑台の真ん中でニンマリと笑いながら待ち受ける美女を見ながら、ケイトは目に涙をいっぱい溜めていました。


 ⎯⎯やっぱり、私焼かれちゃうのかしら? こんがりと……。



「はい、皆様ご注目くださーい。

 こちらが今回の犯人ちゃん。“聖なる瞳”が300年に一度、消える時に本当に“偶然たまたまとっても運悪く”ティアラを持っていたという、ある意味とんでもない強運の持ち主です」


 観衆たちは初め、戸惑っていましたが、つい先ほど偉そうな学者相手にやり合う美女に盛り上がっていたばかり。


 美女の軽妙な口上に、その場はだんだん盛り上がってきました。


「おお。うちの息子の嫁に来てくれ!」

「いいぞー! ねーちゃん!」

「負けんなよ!」



「ありがとうございます。ありがとうございますっ!

 今日はこのかわいいお嬢さんを丸裸にしちゃいまーす!」


 うおおおおおーーっ!?


 観衆から雄叫びが上がります。

 舞台の下では、なにやら若い騎士が仲間たち数人がかりで押さえつけられています。


 パーン、パーン、パーン


 美女の打ち鳴らす拍手が大きく響いて、騒いでいた人たちが静かになりました。


「ダメダメ。

 本当に裸になったらお嫁に行けなくなっちゃうじゃない? 

 丸裸にするのはこの()の“こ こ ろ”。

 かわいい女の子が心の奥に秘めた思いを知りたくないかああっ!」


「やめてあげてー!」

「いや、俺、知りたい!」

「俺も俺もー!」


「知りたい人は、聞きたいことをどんどん質問してちょうだい。その中で面白そうなのを私が選ぶわ。

 さあっ、どんどんいってみよーーっ!」



 初めのうちはどうということのない質問ばかりでした。

 それがだんだん答えに詰まるような質問になってきて……。


「来ました来ました、待ってましたーーっ!

 こういう質問を待っていたのよお。

 さあ、答えてもらいましょう! 

 “好きな人はいますか?”」



 その瞬間、ケイトの心に浮かんだのは、幼馴染みの少年の面影でした。

 お城の騎士見習い。今日はこの広場の警備をしているはずです。


 ケイトの口は考えるよりも先に小さく言葉をつぶやいていました。


「います」


「えっ、えっ、なになに? 

 聞こえませーん。もっと大きな声で言ってえっ!」


 ⎯⎯もう良いわ、いっちゃったんだもの。かまうものですか。


 ケイトは目をつぶり、思いっきり叫びました。


「いますーーっ!」


 うおおおおおっ!


 大騒ぎの中でも、なぜかよく聞こえる幽霊の声が耳元で聞こえました。


『それは誰?』


 ケイトは涙に潤む目で無意識に辺りを見回しました。

 その視界に、大好きな亜麻色が見えたような気がしました。


 ⎯⎯言わなくちゃ。ちゃんと。お父様ごめんなさい。私、やはりあの人が好きなの。


 口を開こうとして、辺りが妙に静かなことに気づいたケイトは顔を上げました。


 その目の前には⎯⎯見習い騎士服? 


 もっと上を見上げれば、亜麻色の髪の少年が真剣な顔でケイトの顔を見つめていました。


 小さかった頃はケイトのほうが大きかったのに、今は見上げるほどに大きい。


 少年は緊張した様子で、一度咳払いをすると、大きな声で叫びました。


「俺、いや、私ライアン・シンガーは、ケイト・ランバート殿が好きです。愛していますっ!」


 ううおおおおおおおおおーーーっ!


「よく言ったあっ!」

「くたばれっ!」

「素敵ーーっ!」


 その時ケイトが呼んだ名前は人々の声にかき消されてしまいましたが、次の瞬間。


 キンコンキンコンキンコンキンコンキンコーーーン!


 いったいどこから聞こえるのか?

 広場に鐘の音が響き渡りました。


「だーいせーいかーいっ! 

 正直なかわいいあなたには、私からの祝福を大サービス!

 さあ、受け取ってちょうだーいっ!」


 美女が右手を突き上げると、(みやこ)の全ての通りを激しい突風が吹き抜けて行きました。


「うおおっ!」

「きゃあっ」


 目を開けていられないほどの強い風が吹き荒れる中、ライアンはケイトを守ろうと、しっかり抱きしめていました。


 やがて風が少しおさまり、顔を上げた人々は、まるで夢のような光景に呆然としました。


 春一番に咲くラムラの花の花びらが、(みやこ)中に舞い散っていたのです。


 それはまるで薄いピンクの吹雪のようでした。


 誰もが花びらに夢中の様子に気づいたライアンは、自分の腕の中にいるケイトを両腕に抱き上げました。


 そして、驚いて小さく悲鳴をあげる彼女を抱いたまま、舞台から飛び降りたのです。


 ライアンはケイトをそっと下ろすと、彼女の右手を握りました。


「行こうっ!」


 二人は広場の出口に向かって走りだしました。


 二人に気づいた人々が道を開けてくれます。


 口笛。拍手。祝福の声。たくさんの笑顔。


 二人はいつしか小さな子供のように大きな口をあけて笑っていました。


 舞台の下では、オリバーとアンナが仲良く寄り添い、微笑みながら二人を見守っています。


 その傍らでは二人の父親たちが苦笑しながら固く握手を交わしていたのですが、駆けていく二人はまだ知りません。


 そして隣国の使者は、花びらを同封した調書を本国に送ろうと決めました。『この国は聖女に祝福された国。敵対するべからず』と⎯⎯。


 広場の隅から様子を見ていたターニャは、舞台の上の幽霊が静かに、光の粒になって消えていくのを見送りました。


 消えていく魔女の向こうに一瞬、微笑んでいる屈強な男たちの幻が見えたような気がしました。



 春一番が吹いたら、もう春本番。


 二人は暖かい日差しの中を、どこまでも走り抜けて行ったのでした。





おしまい

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