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(4)彼女に何があったのか⎯⎯?

 その日、新人の侍女の仕事の後始末に追われ、自分の仕事の上がりがすっかり遅くなってしまったアンナは、真っ暗な窓の外をながめてため息をつきました。


 ⎯⎯今日はあの人のところに行けないわね。夕食はちゃんと食べたかしら?




 アンナは年越しパーティーからの自分の行動が、我ながら不思議でなりませんでした。


 今回の大晦日の舞踏会は十六歳になった王子殿下の嫁探しも兼ねるとあって、お客様の数も多く、城側の人手が足りなくなることは前からわかっていました。


 かといって、お城のパーティーでどこの誰ともわからない者を働かせるわけにはいきません。


 それぞれの(つて)をたどり、かき集めた臨時雇いの給仕の中に、なんだか場違いな印象の男性がいました。

 それがオリバー・サンテでした。


 オリバーは料理長から、身元も人柄も保証すると言われて紹介された人物です。


 たしかに人柄は良い。でも、とても不器用な人でした。


 はじめは飲み物を配って歩く役目を任せようかと思いましたが、おぼんを持つのにも慣れていないようで、危なっかしくて見ていられません。


 貴族ばかりの舞踏会の会場。ましてや、殿下の目にとまろうと精一杯のおめかしをしているご令嬢のドレスに粗相でもしてしまったら……。


 アンナは実地でオリバーの指導にあたることにしました。

 オリバーに付きっきりで、一挙手一投足に駄目出しをし続けました。


 こういう時のアンナの言葉はどうしてもきつくなってしまいます。


 そのため、相手はアンナに反発するか(おび)えるかしてしまうのですが、オリバーはそのどちらでもありませんでした。


 オリバーはとても頭の良い人でした。


「なるほど、そういう意味があったのですね」

「ああそうか。たしかにそちらのほうが合理的ですね」


 何かを注意するたびに、アンナの言葉の裏まで考えて、その意味を理解しようとする。


 そして、一つわかるたびに、まるで子供のように無邪気に嬉しそうに笑うのです。


 ⎯⎯なんだかとっても不思議な人。


 いつのまにかアンナも笑顔になっていました。

 侍女の仕事がこんなに楽しいと思ったのは初めてでした。




 “歴史編纂室(れきしへんさんしつ)の生き字引(じびき)”の噂は、研究棟に縁の無いアンナでも聞いたことがありました。


 噂を耳にした時は、きっと青白くて陰気な気難しい人に違いないと思っていました。


 でも実際は⎯⎯。



 娘さんが独立し、奥様とも離婚して、突然ひとりぼっちになってしまったと聞いて、いてもたってもいられなくなりました。


 信じられません。男性の一人暮らしの家を訪ねてしまうなんて。


 知り合いに見られたら、どんな噂をたてられてしまうでしょう。


 扉の前に立っていたアンナを、オリバーは驚きながらも家の中に入れてくれて、アンナの手料理を嬉しそうに食べてくれました。


 それから毎日のようにオリバーの家を訪ねるようになりました。


 毎日が幸せで、でも、毎日が怖くて。


 本当は迷惑なのではないでしょうか?


 婚期を逃した良い年齢(とし)をした女が焦ってつきまとっていると、思われてはいないでしょうか?


 最初の奥様を今でも愛していて、そのために、二度目の結婚が上手くいかなかったのだという噂も聞きました。


 最初の奥様はとても可愛らしい人だったといいます。


 女のくせに背が高く、きつい顔で、“可愛い”という形容詞に縁の無い自分の容姿を思い返しては泣きたくなる、この気持ちはいったい何なのでしょうか?



 ◇◇◇◇◇



 突然、胸の辺りで何かが激しく震えました。

 特別準備室の鍵が震えながら光を点滅させています。


 その部屋は、王族の儀式のための衣装や装飾品を宝物庫から出して、すぐに使えるように確認と手入れをするための部屋です。


 警備の兵士が常駐しているわけではありませんが、扉の鍵は特別製で、王族の他は、ごく限られた者以外開けることができないようになっています。


 この鍵も、本来ならば侍女長が持っているべき物なのですが、高齢の侍女長が体調をくずし、急きょ侍女長代理に就任したアンナが預かっていたのです。


 その鍵が、部屋の中の異状を報せるために震えています。


 誰かを呼んで来ようか? とも思いましたが、アンナがいる場所は特別準備室のすぐ(そば)でした。


 アンナはとりあえず一人で確認に行くことにしました。


 嫌な予感にアンナの歩みががだんだん速くなります。

 あそこには今、ある意味とても危険な物が置かれているのです。


 駆けつけた部屋の中には二人の人物がいました。


 一人は、今年五歳になる王女殿下のプリシラ様。

 泣いていたのでしょう。かわいそうに、床に座りこんで目を真っ赤に泣きはらしていらっしゃいます。


 もう一人は、先日侍女になったばかりのケイト。十六歳の少女で、アンナの実家であるシンガー男爵領のお隣、ランバート子爵家のお嬢様です。


 真っ青になって震えているケイトの手にある物を見て、アンナは自分の嫌な予感が的中したことを悟りました。


 “淑女のティアラ”⎯⎯国宝です。


 明日にひかえた王子殿下の婚約式に使用するために準備されていた物でした。


 このティアラを国宝たらしめている物、“聖なる瞳”と呼ばれる大きな宝石がありません。

 宝石がはまっていた場所が、ぽっかりと穴になっています。


 最悪の事態でした。


 このティアラは王家に嫁ぐ女性が婚約式と結婚式の二度、必ず身につける物です。


 身につけた瞬間に“聖なる瞳”が青く輝き、王家にふさわしい女性であると示すのだと言われている物なのです。


 アンナはまず、泣きながら震えている小さな王女様を抱きしめました。


「大丈夫。大丈夫ですよ、プリシラ様。アンナが参りました。もう、何も心配はいりませんからね」


 アンナの胸にしがみつき、声を出して泣き始めた王女様をあやしながら、ケイトから話を聞きました。


 ご機嫌ななめのプリシラ様が“淑女のティアラ”を見たいと駄々をこねたのだそうです。


 お母様である王妃様は、妊娠中で体調をくずし、()せっておられます。


 侍女たちも明日の儀式の準備で忙しく、プリシラ様のお相手は、まだ仕事に慣れないケイト一人に任されていました。

 プリシラ様はお寂しかったのでしょう。


 そしてケイトは、大人たちにかまって欲しくて我が儘を言う小さな王女様を慰めて差し上げたかったのでしょう。


 二人でこっそり特別準備室に忍びこんだのだそうです。

 プリシラ様も王族なので、鍵がなくても扉は開きますからね。


 そうして、ケースから取り出したティアラをプリシラ様の頭にのせて差し上げようと、ケイトが受け取った時、突然“聖なる瞳”がまばゆく赤い光を放ったあと、粉々に砕けて消えてしまったのだそうです。


 尋問官(じんもんかん)には、消えたなどと嘘をつくな。盗んだに違いないと疑われてしまうかもしれません。


 でも、二人は嘘をついてなどいません。アンナにはわかります。

 盗まれたのなら、なんとしてでも取り返すこともできますが……。



 泣き疲れて眠ってしまった王女様をケイトに抱かせ、アンナはティアラを受け取りました。




 この国は小さいながらも長い歴史のある王国です。


 誇るべきものもいくつもありますが、誰もが首をひねるような不思議な決まりごとや理不尽な法律も、いくつかございます。


 その中の一つに、代々の国王が改めようとして果たせなかった“悪法”がありました。


『“淑女のティアラ”を破損した者はたとえ何者であろうとも公開処刑に処すものとする』


 今から約300年前、初代国王陛下と王妃様が定めた法律です。


 虐げられた人々を救うために立ち上がり、三人の英雄たちとともに戦い、この国を建国した初代様と彼を支え、後に王妃になった聖女様。


 その二人がなぜ、このような悲劇を生むような法を定めたのか?


 他の英雄たちを含む優秀な側近たちが、なぜそれを承認したのか?


 歴史の大きな謎だと言われています。


 300年の間に大きな火災や内乱などいろいろなことがあり、当時のことを伝える物はほとんど残っていないのです。


 何人もの国王がこの法の改正を望み、そのたびに『初代様には何か深い考えがあったのだろう』という意見に流されてきました。


『ティアラを破損しないようにすれば良いのだ。なあに、ちょっとぐらい壊れても、内々で修理して、壊れていなかったことにしてしまえば問題なかろう』という思惑もあったのだと思われます。


 まさか“聖なる瞳”が消えてしまうなんて⎯⎯。




 アンナは真っ青な顔で今にも倒れそうなケイトに優しく微笑みました。


 領地が隣なので、王都への行き帰りが一緒になることが多く、子供の頃からの顔見知りです。


 小さい頃は弟と一緒に、アンナの後ろを子犬のように追いかけていたものでした。

 アンナにとっては妹のようなものです。


 そして、弟が彼女に寄せる思いにも気づいていました。



「ケイト、いえ、ケイト様。あなたはすぐにプリシラ様のお部屋に戻って王女様をベッドに寝かせてください」


 ケイトがしっかりうなずくのを見て、続けました。


「よろしいですか? お二人とも今夜はずっとプリシラ様のお部屋で遊んでいました。良いですね。

 二人とも、この部屋には来なかったのです」


 ケイトが目を見開きました。

「でもそれじゃ、⎯⎯」


 アンナはケイトの言葉を遮るように首を横に振りました。


「ケイト様、今あなたが守るべきお方は誰ですか?」


 ケイトははっとして、眠っているプリシラ様の顔を見ました。


 プリシラ様は王妃様の娘とされていますが、じつはそうではないことは公然の秘密です。


 王家にも複雑な事情がございます。


 亡くなった前の王妃様がお生みになった王子殿下。今の王妃様のお腹の中のお子様。そしてプリシラ様。


 王家の皆様はとても仲の良いご家族でいらっしゃるのに、悪く取れるような噂を流す、くちさがない者たちもいるのです。



「お行きなさい。誰かがここに来る前に」


 ケイトはプリシラ様をしっかりと抱きしめて行きました。

 しっかりした()です。大丈夫でしょう。


 どんな法でも、王家に仕える者がそれを破るわけには参りません。


 でも、少しばかりの融通を利かせることくらい、きっと初代様も許してくださるでしょう。


 アンナは、この部屋の鍵の他の持ち主が気づいて駆けつけて来るのを、“淑女のティアラ”を手に、静かに待ったのです。






 

次の更新は少し遅れます。

ごめんなさい。

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